冒険者と羨望

 ルミナはフリジットの意外そうな顔を見上げる。


「フリジットとレニー。話、楽しそう」


 ――人間味を感じない。

 誰かに言われたことを、ルミナはいまだに引き摺っている。レニーは、自分と会話して、楽しいと感じてくれているのだろうか。

 自分はレニーといて安心できるが、レニーはどうなんだろうか。


 正直、いつも不安があった。会話中はレニーがこちらの感情を読み取ってくれたり、話を振ってくれることが嬉しくて、安心できて、もっと居たいと思う。


 けれどひとりになるとふと、レニー自身は自分と話してどうなんだろうと怖くなる。


 フリジットのように、冗談を言い合ったり、からかったりする仲が羨ましかった。それに、フリジットは受付嬢で、レニーは冒険者。立場が違うのに、気軽にやりとりをして、楽しげに話している。それが羨ましくてたまらなかった。


 ルミナは、ソロ冒険者という共通点に縋るしか、ない。


「……そうですかね。私はルミナさんが羨ましいと思いますけど」


 思いがけない言葉に、ルミナは戸惑う。


「……そう?」

「ソロ冒険者同士、一緒に依頼をこなしたり、話を共有できたりするじゃないですか」


 フリジットの懐かしむような表情が、印象的だった。


「ちょっと、冒険者続けてたらなぁって思う時あるんですよ」


 フリジットも冒険者として活動しようと思えばできる。カットサファイアの等級は維持しているだろう。しかし、フリジットは受付嬢の仕事を大事に思っている。ただでさえ忙しい受付嬢の仕事に支援課の仕事があるのだから、意欲もあれば生き甲斐も感じてもいるのだろう。


 ギルド所属として仕事を手伝っているとそう思うことがある。だから、フリジットにとって冒険者としての活動は終わったことなのかもしれない。


「お互い様、だった?」


 ルミナの問いにフリジットは気恥ずかしそうに頬をかいた。


「お互い様でしたね」

「……敬語」

「はい?」

「いらない。ボク、レニーとフリジットみたいに、普通に接したい」


 冒険者と受付嬢。この関係性だから距離感が大事なのはわかる。しかし、ギルド所属であるし、ここで確かめたように好きな人が同じでもあるし、何より、もっとフリジット自身とも親しくなりたいという想いが、ルミナにあった。


「ダメ?」


 ルミナが尋ねると、フリジットは首を振った。


「わかった、やめるねルミナさん。よろしく」

「うん、よろしく」


 二人で笑い合う。


「ルミナさんはレニーくんをいつから好きになったの。私は結構最近なんだけど」

「最、近?」

「うん。自覚したのが、ついこの間で。ほら、キングバンディットのとき」


 最近すぎて唖然とした。ルミナの勝手な想像ではあるが、もっと前から好きなのかと思っていた。思った以上に自分の感情には鈍感だったのかもしれない。


「ボクは、いつの間にか」


 ソロで仕事を共にしたり、話をしたりする中でいつの間にか惹かれるようになっていて、好きになっていた。何がきっかけとかそういうものは、ルミナにはなかった。

 全てがきっかけだったと言い換えてもいいかもしれない。


「レニーは、ソロ仲間って言ってくれた。どう動けば戦いやすいのか、訊いてくれた。ボク、話すの苦手……でもレニーは話すまで待ってくれる、答えに困ったら、聞いてくれる」


 そういうものの積み重ねが凄く嬉しかった。だから好きになった。


「誰にでもきっとそう。だから、安心」


 誰にでも、ということは裏がない。疑わなくていいということだ。何かを期待されていない、何かを求められているわけでもない。


 逆に、それが切なく感じることもあるのだが。


「そう、だね。だから……その、恋人のフリ……依頼、できたんだし」


 顔を赤らめながらフリジットが呟く。

 それから切り替えるように拳を握りしめた。


「でもさでもさ、ちょっとは意識してくれないと困るじゃない?」

「ボク。このままで、いい」


 ルミナは膝を寄せる。


「どうして」

「こわい、から」


 自分の感情を否定されるのが怖い。それで関係を続けられなくなるのが、もっと怖い。


「ボクは、ずっとレニーとソロ仲間でいたい」

「……ルミナさん」


 レニーには親しい誰かがいても、ルミナにはいない。


「うん、でも、アピールしよう」

「なぜ」

「だって、ルミナさんには少しでも報われてほしいし」

「フリジットだって、好きなのに」


 フリジットは唇を尖らせた。


「それとこれとは話が別なんです。恋を叶えるなら対等な立場でいたいし」


 だから、と。フリジットは人差し指を立てる。


「明日、混浴しましょう。三人で」


 混浴。

 とはいっても、女湯男湯のように裸で入るわけではない。ミズギと呼ばれる水浴びや入浴などに使える特別な衣類を着用して入る。借りることもできるし、購入することもできる。


「……ムリ」


 自分の体を見る。フリジットのしなやかそうですらりとした体と違って、肉がある。筋肉もある。


 ミズギはほとんど下着と変わらない露出になる。そうでなくても体のラインが出るものが多い。


 冒険者として装備に身を固めた姿とは全く違うのだ。

 レニーは、自分の体を見て、どう思うのだろうか。


 それ以前に。


「はずか、しい」


 肌を、普段晒されていないところを見られるのが、恥ずかしい。それが一番だった。


 フリジットはルミナの肩に手を置く。


「大丈夫、ルミナさん絶対可愛いから。レニーくんも絶対喜ぶよ。こんな機会、滅多にないんだからやろう」

「……レニー、喜ぶ?」


 本当だろうか。

 フリジットは強く頷いて、胸に拳を置く。


「じゃないと私と二人きりになっちゃうよ?」


 挑発的な笑みを浮かべるフリジットだが、その口の端は若干ヒクついている。


「……というか二人きりだと露骨すぎてたぶん気まずくなるから三人で入ろ? 助けて」


 涙目で懇願するフリジット。それを見て、意外と臆病チキンなんだな、とルミナは思った。

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