冒険者と拍子抜け

 立食形式の夕食を済ませた二人は、女湯に来ていた。


 メインの温泉に、フリジットはルミナと共に浸かっている。フリジットもルミナも、長い髪を後ろで球状にまとめ上げて温泉に入っていた。ルミナは不思議そうに鼻を動かして香りを嗅ぐ。


「髪、良い匂い」


 ルミナが不思議そうに嗅いでいるのは、洗髪液の匂いだった。

 昼の買い物で、美容専門店の洗髪液をいくつか購入したのだ。髪にも良いらしく、潤いをもたらし、髪質改善の効果があると謳っていた。ここには三泊四日の予定なので、小瓶タイプのものを三種類購入し、毎日別種のものを使って、帰るころに気に入ったものを大きなボトルタイプで購入するつもりだ。ルミナにもそんなやり方をおすすめして、同様のことをやっている。


 ちなみに旅人などにも優しい、水で洗い流さなくてもいいドライタイプの洗浄液も売っていて、こちらは通常のものよりもだいぶ質が落ちるが――それでも便利であるのには変わりないので、ルミナは多めに買っていたし、フリジットも購入した。


 他にも香水やら、石鹸やら保湿クリームやら……いろいろなものを買ってマジックポーチに詰め込んだ。

 ルミナはあまりそういった物事にこだわりがあるようではなかったが、興味自体はあったようで、フリジットや店員の説明を聞きながらいくつか購入していた。


 ……ロゼアの提携店にして、サティナスにも店を構えてくれないだろうか。


「骨身に染みるぅ……」


 肩を揉む。体の奥の方の、凝り固まっている筋肉をほぐしながら、温泉を堪能する。

 湯に浸かるだけなのに、なかなかそうしてこんなにも心地いいのか、不思議だ。何なら美肌効果もあるのだというのだから入らない理由はない。


 温泉最高。


 ちらりとフリジットはルミナに視線を向ける。

 上質なミルクのようになめらかで白い肌。その肌に、赤色がうっすら浮かんでみえている。温泉の熱で赤くなったのだろう。普段、胸当てや戦闘に適した下着によって抑えこまれていた凶悪な武器バストが露わになっている。大きさも形も程よく、芸術品のようであった。お腹周りも、重戦士をしているだけあってか、キュッと引き締まっており、腹筋が薄っすらある。


 出るとこは出ていて、引っ込むところはしっかり引っ込んでいる。その優美な体つきに、フリジットは眩しさを感じた。普段冒険者としての装備を身に着けていても目立っているのに、こんなに無垢な姿のルミナはもう女神といってもいいのではないだろうか。


 自分でも唇が震えるのがわかった。


「る、ルミナさんって、体型維持とか何か努力してたり……します?」

「……努力?」


 無垢な瞳で見つめられる。


「魔物いっぱい、倒してる」


 右腕を上げ、力こぶをつくりながら鼻を鳴らす。


「あはは、デスヨネー」


 天然でこの計算しつくされたような顔とスタイルの良さは反則だと、フリジットは思った。

 ルミナはフリジットの体を見つめてくる。


「フリジット、体も綺麗」


 羨ましそうに呟かれる。


「ふふん、努力してますから」


 腰に手を当てて、胸を張る。


 継続は力なり。


 休憩の時間や寝る前、ちょっとした隙間時間でストレッチなどを行っている。シルバルディのアドバイスを実行してみたりと、やれる範囲のことはやっているのだ。


 くびれも維持できているし、足もすらりとした細く綺麗なラインにできている。

 自分の容姿にはそこそこ自信があった。


「……あの、ルミナさん。話変わるんですけど」

「何」

「あの、ですね。お話がありまして」


 体が緊張するのを感じながら、ルミナと顔を合わせる。


 ――言いたいことがあった。


 最近自覚した、感情のこと。そして、ルミナと同じ、感情のことだ。

 湯の中で手を擦りあわせる。ルミナとは仲良くしていきたい。だが、この言葉を口にすれば、仲良くはなれないかもしれない。


 ただ、言わないと。


 大きく息を吸って、吐く。決意を固めて、口を開いた。


「――私がもし、レニーくんのこと好きって言ったらどう思い、ますか?」


 はっきり言うのが怖くて、そんな曖昧な言い方になってしまった。これでルミナの機嫌を害したら冗談で済ませてしまうかもしれない。


 しかし、知り合いが近くにおらず、確実に二人で話ができるのはここでしかなかった。ごくりと唾を呑み込みながら返事を待つ。


 ルミナは小首をかしげた。


「……今更?」


 にべもなく、ルミナは言い放った。


「……へ?」


 思考が停止した。


「フリジット、レニーのこと好き」


 顔を覗き込む。真顔だった。


「えと、好きって、あれですよ? 恋愛的な意味で」

「今更」

「……えぇ」


 結構勇気を振り絞って言ったのに、ルミナの当たり前のような態度に力が抜ける。


「普通は看病で食べさせたり、しない」

「そ、それはほら、恋人のフリの延長とかで」

「言い訳、いらない。結局好き」

「……はい、スミマセン」


 有無を言わせない物言いに、フリジットは折れるしかなかった。


「ルミナさんは、いいんですか。その、私がレニーくんのこと、す、好きでも」


 コクリと、頷かれる。


「レニー、好きなの。ボクもわかるから。だからイヤとか、ない」


 顔を赤らめて、ルミナは俯く。膝を抱えて、その上に顎をのせる。


「……でもボク。フリジットが羨ましい」

「え」


 ルミナの言葉にフリジットは驚くほかなかった。

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