冒険者と指名手配書

 頭痛が痛い。


 レニーは冒険者カードを返しながら、現実を受け止めきれない自分に戸惑っていた。


「……オレはカッ……あ、いや、ルビー冒険者のレニー・ユーアーンだ。ロールはならず者ローグ


 ひとまず相手が自己紹介をしたのだから自分もしたほうがいいという考えの下、自己紹介をする。


「知っている。ここで会えたことをとても光栄に思う」


 大きな手を差し出され、レニーは応じる。


「そんな大したもんじゃないさ」


 レニーが答えると、フロッシュは首を振った。


「あれだけの賞金首を狩ったのだ、感謝しかない」

「そりゃどうも」

「それに……」


 フロッシュは両手で握手しているレニーの手を撫でた。


「とてもいい手だ。形がいい」


 いびつな笑みを浮かべられる。


「顔も良い。目がじとっとしていて、左の泣きぼくろもポイント高い。風紀委員として一緒に仕事してみたかった」

「キミの欲望十割では」

「欲望がなければ変態パバートではない」

「……これほどロールが説得力を持つとは思わなかったよ」


 反論する気も起きない。


「一緒にいる女性もレベルが高かった。銀髪オッドアイに、金髪パツキンエルフ。素晴らしい」

「なんか、ラウラ思い出すな」


 荷物持ちの冒険者を思い出しながら、呟く。あれは可愛いものなら何でも好きなだけで、またフロッシュとはまた違うタイプなのかもしれない。


「その人も変態パバートか」

「いや、運び屋クーリエだけど」


 フロッシュは首を振る。


変態パバートは生き様だ、語らないとわからない」

「あ、はい」


 本当に、変な奴に捕まってしまった。レニーは困惑しながらも、フロッシュに問う。


「何か目的があったんじゃないのか。風紀委員がわざわざオレを尾行する理由はないだろ」


 フロッシュは瞬きをすると、手を叩いた。


「そうだった。忘れていた」


 大丈夫か、この人。

 フロッシュはローブのボタンをはずし、中に手を入れた。ローブの隙間から、薄い腹筋がちらりとうかがえた。


 ……レニーは見なかったことにした。あるひとつの可能性が、頭をよぎったせいだった。


「こいつだ」


 取り出した筒状の紙を広げる。そこにはハゲ頭でメガネをかけた男性が描かれていた。

 名前は、ティングル・テータ。

 指名手配犯であるようで、少なめではあるが賞金がかけられていた。


「あるマッサージ店を経営していた男でな。特殊なスライムエキスを利用して非常に悪質・・な商売をしていた」


 足を洗って真面目な経営をしているマッサージ屋シルバルディが聞いたら、怒り心頭になりそうな話だった。


「この間取り逃がしてな。もし見かけたら捕まえたりして連れてきてほしい。街のそこらに風紀署という小さな建物がある」

「……協力しろと」

「そうだ。ローグであれば、犯罪者の思考や動きを素人よりは理解しているはずだ」


 確かにそうかもしれないが。まさか旅行先で頼まれるとは思わなかった。


「あー、報酬は」

「ない。だからお願いになる。無論、探せというわけではない。出かけるときなどに少し意識してもらえればいい」

「まぁ、いいけど」


 その程度であれば、いいだろう。レニーは了承する。するとフロッシュは思い出したかのようにレニーの手に両手を添えてきた。


「もし報酬がほしいというのならフロッシュにできる範囲なら、何でもするぞ。もちろん捕まえたらの話だが」

「……賞金もらえればそれでいいけど」


 何でもと言われても何も思いつかない。特にモチベーションに繋がるものもないので、そう答えるしかなかった。


「本当にいいのか、何でもやるぞ」

「やらなくていい」

「そうか、残念だ……」


 何が残念かはあえて聞かないことにした。聞いてしまえば、とんでもない言葉が飛び出してきそうな気がして、恐怖ですらあったからかもしれない。


「ではこの紙をお前に預ける。フロッシュの大事な指名手配書だ。いつかきっと返しに来い」

「じゃあ帰るときに返すよ、どこにいるの」

「この建物の中にも風紀署がある。そこに置いておけばいい」

「わかった」


 指名手配書を受け取る。フロッシュはレニーに背中を向け、離れていく。


「なんか、無駄に会話するのが疲れる子だったな」


 レニーは抱えている入浴セットを見ながら呟いた。


「ゆっくり温泉に入って疲れをとるか」




 ○●○●




 脱衣所でやたら他の客に二度見されたりしたが、レニーはいくつもある露天風呂のうち、一番熱い風呂に浸かっていた。


「ふぅ……」


 風呂の説明がかかれた看板には「高温注意!」とあった。隣の中年男性が顔を真っ赤にしてレニーを睨んでいる。後から自慢げに入ってきた男性だった。

 どうやら根競べをしているようだったが、レニーは涼しい顔で首のところまで風呂に入ってたままでいる。熱い湯が好きだからこの湯を選んだだけで他意は全くない。気にする必要もなかった。


「あー気持ちいい」


 女湯の方は知らないが、男湯のほうは平均的な温度の温泉が一番広く、脱衣所から出てすぐ目の前にある。ほとんどの客がそこで体を温めていた。出入口から見て、左側に洗い場があり、そこで体を洗ってから風呂に入るように案内がされていた。

 右側に階段があり、上るとレニーが今浸かっている高温の風呂や泡風呂、水風呂といった類のものがあった。どれも石で囲われている。


 念のため、一通り男性風呂を利用している客を見てみたが、指名手配犯のティングルらしき人物はいない。まぁ、このカンナギを利用しているとも限らず、更には指名手配されているので真っ当な場に堂々と出てくることはないだろう。


「ふぃー」


 息を吐く。

 隣の中年男性はぷるぷる震えながら急いで湯舟を出ていった。


 体の芯まで温まっていく感覚がたまらなかった。気のせいかもしれないが、筋肉がほぐれていくような感覚がある。


 子どもが手だけお湯につけて大声をあげながら離れていく。


 ひとりの時間を満喫しながら外へ目を向ける。といっても屋根と仕切り板がある為、その隙間から空を眺める程度しかできないのだが。


 休んでいる日がないわけではなかったが、こうしてのんびりできている日は久しぶりな気がした。


 たまにはこういうのも悪くないのかもしれない。


 満喫しよう。


 ソロ冒険者レニーはそう思った。

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