冒険者と変態

 馬車を使い、数日かけて、そこにたどり着いた。


 隣にいるルミナも、フリジットも目の前の光景に瞳を輝かせた。道に沿うように、川のように水が流れている。しかもそれは湯気が出ている。


 石造りの大通り。並ぶ大きな白い建造物たち。そして流れている温泉。大通りを歩く観光客は男女ペアであることも少なくない。誰もが笑顔で歩いている。


 癒しと出会いの街、ディバング。


「えっと宿は」


 フリジットはポーチから地図を取り出すと、道を示す。


「こっちですこっち! 凄くいいところ予約させてもらいましたので」


 スキップするフリジットの後ろをついていく。道を中心に商店や入浴場など、所狭しと並んでいる。その中で足だけ温泉に浸かれるスペースが設けられていたり、食事場があったりと、どこもかしこも観光客であふれている。


「じゅるり」


 ルミナは食べ物に目を奪われていた。


「あとで行こうね」


 レニーが声をかけるとルミナは子犬のように頷いた。後ろで縛った髪が、垂れた犬の耳のように揺れる。


「二人とも早く早くぅー」


 離れた場所で手を振るフリジット。その先の橋を軽やかに渡っていった。


「テンション高いな、フリジット」

「レニーと旅行、だから」

「うん、なんでオレ? 単純に旅行だからじゃない?」

「ボク、フリジットとレニーが一緒。だからちょっとワクワク増えた」


 気心を知れた間柄だから、楽しく感じるということだろうか。

 フリジットについていった先には見るからに大きな建物があった。見渡しても全貌がつかめないほど広く、赤い壁に黒い屋根といった外見の建物が並んでいる。屋根から立ち上る湯気から、施設の中に温泉があるのだと推察できた。


「ここが今回私たちが泊まる宿」


 両手を広げ、満面の笑みでフリジットが告げる。


「カンナギでございます!」


 扉をあけて、三人で中にはいる。ざっと百人いてもスペースに余裕があるのではないかと思うほどの広さのエントランスの先に受付があった。多くの人が並んでいるが、混み合ってはいない。対応する受付の数も多く、手際の良さもかなりのものだった。


 冒険者の客も珍しくはないらしく、武器を背負った者もみかける。武器専用のマジックバックがあるようで、受付から取り出された番号の書かれたマジックバックに武器を入れ、預けていた。


「へぇ、凄いね」

「人、いっぱい」

「なんて言ったってここは出会いの場としても大人気ですからね」


 フリジットと共に列に並ぶ。


「温泉は男湯、女湯はもちろん、混浴もあるんですから」

「混浴……」


 ルミナの視線がレニーに向けられる。


「出会い、ほしい?」

「特には」


 疲れを癒しに来たのに、出会いまで求める必要もないだろう。


「良かった」


 なぜだか嬉しそうなルミナに、レニーは首を傾げた。


「お待たせしました、何名様でしょうか」


 ほどなくして、レニーたちの番になる。


「三人です。二人部屋と個室を予約しました、ギルドロゼアのフリジットです」

「確認いたします、少々お待ちを」


 受付が何やら紙の確認を始める。


「チケットはお持ちでしょうか」

「こちらです」

「……ありがとうございます。確認取れました」


 受付は頭を下げると、マジックバックをひとつ取り出した。


「武器の方をお預かりさせていただきます」


 レニーは剣と杖を。ルミナは大剣をマジックバックに入れる。それを受付に渡した。


「ありがとうございます。こちら、カギになります」


 カギが二本、フリジットに手渡される。そのうちに一本をレニーに差し出してきた。


「はい、これが個室のカギ」

「ありがとう」

「ルミナさんは私と一緒です」


 ルミナは頷いた。


「では、ごゆっくり」


 受付に見送られながら、レニーたちは宿の部屋へ向かった。




 ○●○●




 レニーは入浴用セットの入ったかごを片手に廊下を歩いていた。個室は高級な宿といった感じで広いスペースと上質なベッド、テーブルが用意されていた。正直、ひとりで過ごすには広すぎてあまり落ち着かない気がするが。


 夕飯の時間に施設の食堂に集まることにして、フリジットとルミナは買い物に行った。


 レニーはとりあえず温泉を体験しようと男湯へ向かっているところだ。


「……で、何でオレは後をつけられてるのかな」


 後ろの曲がり角を見つめながら、レニーは問いを投げた。


 ひとりになってからずっと、尾行されていた。


 レニーは無論、この土地に縁が深いわけでもない。尾行される理由に心当たりはなかった。しばらく待っていると、黄緑色のローブに身を包んだ女性が出てきた。被ったフードにはカエルの目玉のような膨らみができている。魔物の素材を加工したものなのか、布らしさのないつるりとしたものだ。


 紺色の髪がフードからわずかに確認できた。垂れ目の青い三白眼がレニーにむけられており、口元はいびつな笑みを浮かべている。

 ローブの左の上腕あたりには赤い腕章がある。そこには馬の横顔が描かれた盾に二本の剣が交差された状態で納刀されている紋章があった。背中には弓を背負っている。


 客の武器は宿に預ける決まりとなっているので、宿の人間か、あるいは……

 レニーは足元の影を確認し、魔力を全身に巡らせる。


 ゆっくり、女性の口が開かれる。


「……マジ男の娘」


 ぼそりと理解できない言葉が呟かれた気がした。


「は?」


 ぐいぐいと歩み寄ってくる。質問への回答がなく、いきなり距離を詰められるという状況に、レニーは思わず身を引く。


 敵意がなさそうなことだけはわかった。


 近づいてくると、レニーより頭一つ分身長が高かった。三白眼が見下ろしてくる。フードで顔に影ができているのもあって、威圧感があった。


「賊狩りのレニーだな」

「え? あぁ、うん」

「フロッシュは、フロッシュ・シンシィ。この宿専属の風紀委員だ」

「風紀委員って?」

「ここは癒しと出会いの街、ディバングだ。そしてこのカンナギには混浴がある」

「あぁ、聞いた」

「浮かれた連中がとんでもない・・・・・・ことをしでかさないよう監視するのが風紀委員の仕事だ」


 レニーは納得する。

 要は公共の場でラインを超えた行動に出ようとした連中を取り締まる、自警団のことをここでは風紀委員とするのだろう。

 ならば、武力行使が必要な場面も出てくる。武器を背負っているのも納得だ。


「風紀委員は温泉の秩序を守るとても重要な仕事。なので合法的に男湯も女湯も混浴も見放題で入り放題、とても素晴らしい仕事だ。入りたいか?」


 視線が入りたいだろう?、と言っていた。レニーの入りたいという言葉を待っているような期待の込められた表情がそこにある。

 風紀委員の仕事をしているとは思えない発言にレニーの思考が停止する。耳から受け取った情報の理解を、頭が完全に拒んでいた。


「いや全く」


 ひとまず、質問に答えるのがやっとだった。


「しかし風紀委員の仕事は男性禁止なのだ。なので、あなたは入れない。ごめんなさい残念だ」

「……話聞いてた?」


 あまりに理解の追いつかない状況に、レニーは頭痛がしてきた。


「ちなみに冒険者の仕事もたまにしている。これがカードだ」


 ローブの中からカードを取り出してレニーに渡してくる。


 赤い・・カードを。


「……は?」

「風紀委員兼カットルビー冒険者。フロッシュの役割ロール変態パバートだ」


 両手とも、二つの指を立てて、顔の横に並べるフロッシュ。

 レニーはカードとフロッシュの顔を何度も見直した。


 カットルビー冒険者フロッシュ・シンシィ。コンフィデンスラインは。質の高い仕事を保障するライン本数だ。カットルビーとしてかなり優秀な人物であることをカードは示している。


 目をこする。


 ……夢ではなかった。


「……は?」

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