慰安の話

冒険者と休業

「旅行に、行きたいかぁああ!」


 応接室で拳を振り上げるフリジット。その姿を、レニーは理解の追いつかぬまま見つめていた。


「……おー」


 隣でルミナが拳をあげる。無表情のままだ。流れに乗っただけのようだった。


「……その、何?」

「一定の功績や勤務年数を終えたギルド職員に、旅行をプレゼントする計画を立てております! ただでさえ、人が少ないのでっ! 個人か数人で行ってもらいますけれども! 旅行費と休日の確保、宿を事前予約する場合、手続きもこちらでやります」


 拳を握りしめながら力説するフリジット。


「……予定ですけど」


 ぼそっと呟かれた言葉のせいで、全てが台無しだった。


「ちなみに行きたくない人は」

「休日とボーナスに変換します! ……予定ですけど」

「おぉー」


 ルミナが拍手する。正直あまりわかっていなさそうだが。

 要はロゼアで働き続ければ、お得なボーナスがやってくるというわけだ。


「でもまだ基準がまだ定まっていないのと、こちらで用意できる旅行の場所をどうしようかみたいな話になって……なので、下見に行きます。全て、経費で! ……あ、個人的な買い物は経費にはなりません。旅行費用だけです」

「まぁ、十分破格だと思うけど……で、その話をした理由は」

「私が下見役に選ばれました!」


 非常に嬉しそうに両手を合わせ、笑顔になるフリジット。レニーはゆっくり立ち上がる。


「自慢話なら帰るけど」

「わーわー待って! レニーくんとルミナさんにもついてきてもらいたいと思いましてですね!」


 座りながら、レニーの頭に疑問が浮かぶ。

 ギルド職員が対象なのだから、自分たちは関係ないはずだ。


「わかるよ、レニーくん。君の言いたいことは」


 得意げに人差し指を立てながら、フリジットが言う。


「私、ギルド所属の冒険者も対象にしたいと思ってまーす!」

「対象者増やすと負担でかいんじゃないの」

「ふっふーん。デカいです。なので、旅行をプレゼントできる社員もギルド所属冒険者も限られるでしょう。ま、細かいことをあとで決めるってことで! とりあえず下見です下見。レニーくん、ルミナさん、旅行に行くとすればどこに行きたいですかっ?」


 旅行。

 冒険者の旅とは違う。目的地や次の拠点を目指すわけでもない。完全な遊びの旅。

 そんなこと、レニーは考えたこともなかった。


「ボク、行ってみたい場所、ある」

「……へぇ」


 ルミナが行きたい場所があるというのは意外だった。

 とはいえ、ルミナも食事は好きなようだし、おいしい食べ物が有名なら興味がある場所はいくつかあるのかもしれない。


「ディバング、行ってみたい」


 癒しと出会いの街、ディバング。


「温泉、入りたい」


 ディバングは温泉で有名な街だ。宿に入浴場が設けられているものも少なくない。レニーも長く滞在したわけではないが、ちらりと寄ったことはある。


「ふふん」


 フリジットは腕を組む。


「そのディバングに行きます」

「おぉー」


 ルミナの声音が少し上がり、瞳が輝く。


「と、いうわけで」


 テーブルにどさっと紙の束が置かれる。


「こちらに全部目を通して頂いて、契約お願いします~」


 ルミナはさっと紙の束を掴むと、真剣に目を走らせ始めた。よほど行きたいのか、いつになく積極的だ。


 レニーはゆっくり、紙に目を通していく。


「支援課の仕事はどうするわけ」

「モーンさんがとっても優秀なのでお留守番をお願いしてます」

「新人になんてことを」

「まぁ支援課の仕事も抑え気味にして頂きますし。そのうちモーンさんにも行ってもらいます。家族と一緒とか」

「個人支給じゃないんだ」

「個人に支給される総額は同じですね。ひとりで贅沢するか、少しグレードを落として家族でいくかみたいな話になってきます。まぁ単純に行かない意志を示せば休日とボーナスに変換されるので、家族で旅行するかのんびり過ごすかも自由です。選択肢は広く用意しておこうかと」


 なら、既婚者や子どもがいる職員にも優しい制度にはなるのだろう。

 理想が形になるかは未定なわけだが。


「今回はワイルドハントを退けたり、ルビー級の魔物を倒してくれるルミナさんと、最近賞金首をまとめて狩って賊を震え上がらせたレニーくんへのご褒美も含んでます」

「そりゃ、ありがたいけど」


 体を休めるという考えはレニーにはあるものの、こういった完全にリフレッシュ目的の旅は考えたことがなかった。


 冒険者はその日暮らしな生活になることも少なくない。レニーこそソロで活動している為、報酬をひとりで受け取れることも多いが、パーティーだとそうもいかない。


 依頼のついで、あればまだしも、息抜き目的の旅は滅多にないだろう。


「ま、貰えるものはもらっておきますか」


 レニーは紙を置き、契約することを決める。


 隣でルミナも、拳を握りしめながら頷いた。

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