冒険者と答え合わせ
レニーはひとりでエレノーラの店に来ていた。
「魅了が効かなかった理由?」
エレノーラが胡散臭そうにこちらを見ながら、聞き返してくる。
「あぁ。別に魔眼に対するスキルを持っているわけじゃないのに、効かなかった理由って何なんだろって思ってさ」
耐性スキルというものは存在するが、ずっと魔眼に魅入られて抵抗している経験がない限り、魔眼への耐性スキルなどつかない。レニーの人生で魔眼付きの冒険者と知り合ったのは今回が初めてだ。
「……ふむ。別に魅了された瞬間に魔力で
魔眼の対抗策が何もないわけではない。マジックアイテムで単純な魔法耐性を付与すれば効力を弱められるし、魔眼の効果にかかった時点で自分の魔力を外部に放出すれば、効力を外に押し出して
「……しまった、その手があった」
「うん? 何か言ったかね」
「いいや。気のせいじゃない?」
聞き取られなかったことをいいことに、レニーは魅了になど一切かかったことがない風を装って、平気な顔のままでいた。
魅了であっても、レジストは可能だ。ただ、精神汚染の類はかかった時点でそのレジストの思考を放棄させる。正常な判断ができない為に、滅多に行わないレジストという工程を思い起こして実践することが難しいのだ。
「理由についてだが、憶測で良いかい?」
エレノーラの問いに頷く。そもそも完璧な答えを得ようとは思っていない。少し疑問に思ったから一番適切に説明できそうな人物を頼っただけだ。
「キミ、恋をしたことないだろ」
「……なんか関係ある?」
レニーが少し考えた程度ではその関連性が全く見出せなかったが、エレノーラは違うようだった。
「人は大なり小なり恋をするものだ。それは身近な年上であったり、同い年であったり、あるいは親族に。無自覚にしろ、自覚するにしても、だ。何か思い当たる人物は」
名前も、顔も一切出てこない。心当たりがなさすぎる。エレノーラは予想通りといった風に、手をレニーに向けた。
「君は嫌悪を抱きづらいが、同時に好意も抱きづらい。接していてそう感じるよ。親しくはなるが、それ以上はない。君の中で、線引きがなされているのだよ。超えないラインというものが」
一呼吸置く。
「魅了というのはそのラインを超えさせるものだ。普通はね」
「じゃあなんで」
「その恋の経験がないことと君の性格かな。感情が溢れないように蓋で密閉されてる状態だと思えばいい。魅了でいくらひっくり返しても、蓋がされていれば意味がないだろう」
中身がどれだけ外に出ようとしても、塞がれていてはどうしようもない。つまり、魔眼ではレニーの感情は溢れてこなかった。
「……まぁ、確かに」
「誰が君の蓋を開けてくれるのやら」
「……さぁ。別に困ることなんてないし」
これまでも問題なく生きてこれている。恋愛に興味があるわけでもなし、気になる女性がいるわけでもない。現状に不満がないのだから、わざわざこじ開ける必要もないだろう。
「そうだな。しかし他人の恋愛は見ててとても面白い。だからぜひ恋をしてくれたまえ」
「悪趣味だな」
「好奇心が強いのだよ」
得意げなエレノーラの態度に、レニーは呆れた。
「ま、魔眼が弱かったゆえの結果だろうさ。強ければそんな個人の性質など関係なく魅了するがね」
「……ふーん」
つい先日、魅了されたが。何が違ったのだろう。恋の経験も最近したわけでは無論ない。
何かしらの影響で魔眼が強くなってしまったのだろうか。
「ありがとう、参考になったよ」
「冷やかしなら帰ってくれたまえ」
質問をするだけで何も商品を探していなかった。エレノーラは手を振ってレニーに帰るように促してくる。
さすがに店に来ておいて、これだけで帰るのは相手に申し訳ない。
「なんか買うよ……そうだな、ポーションを見繕ってくれ」
「女体化の薬は」
「……買わせないでくれるかな?」
本当に、笑えない冗談はやめてほしい。
○●○●
レニーは酒場ロゼアでくつろいでいた。酒場に入って左側、角の席。店員のデジーに案内されて、お気に入りの席に座れていた。
ぼうっと酒を飲みながらそれを眺める。
「ほう、それがルビーの冒険者カードか」
勢いよく、ジョッキが置かれる。
「ん? あぁ、そうだね」
赤色の冒険者カードをテーブルに置きながら、レニーは答える。いつもの気の良い笑顔で、男が相席をしてきた。
「聞いたぜ、レニー。あのキングバンディットのメインメンバーを全員倒しちまったってな。ボーガルも、賊狩りには敵わなかったってわけだ」
大笑いをしながら、酒を煽る。口ひげをいじり、まるで自分のことのように胸を張った。
「やつらには稼がせてもらったよ……あぁ、そういえばマッサージの店。思った以上だったよ。教えてくれてありがとう」
「なぁに、いいもんはみんなで共有しなきゃな」
決め顔で言う男に、レニーは笑みを浮かべる。
「ついにレニーもルビーか。遠い存在になっちまったな」
「そんなことないさ」
店員を呼んでエールを二つ頼む。そうして、レニーと男の前にそれぞれジョッキが置かれた。
レニーはそれを持ち上げて男に向ける。
「気持ちが追いつけてない。気分的にはトパーズに毛が生えたみたいな感じなんだ」
男はジョッキを持ち上げると、レニーと突き合わせる。
「剣も新しくしたけど、正直、身の丈に合っている気がしない」
「……なぁレニー。おせっかいかもしれないが、お前さんは自分に自信を持ったほうが良い」
穏やかな表情で酒を飲みながら、男は言う。
「ロールのせいか、最近
男は手を天井に向けて伸ばして、虚空を掴んだ。そして、寂しげに、その拳を顔の前まで持ってくると、見つめる。
「俺がもしお前さんと同じスキルと武器を持っても、お前さんの代わりにはなれねえ。ルビーには届かないだろうさ」
「そうかい? 案外たどり着きそうだけど」
「ふん、俺の自慢は諦めの良さなんだ。だから、お前さんとは物事の向き合い方ってもんが根本から違う」
男は自分の胸を叩き、そして拳をレニーに向けた。
「強いスキルが天から降ってこようが、強い武器が突然手に入ろうが、英雄になれねえやつはなれねえし、なれるやつはなれる。レニー、違いは何かわかるか」
「……性格?」
男は首を振った。
「間違っちゃいねえが合格にはできねえな」
「厳しいね」
「大人だからな」
不器用にウインクをしてくる。鼻筋が酔ったせいで赤くなっていた。
「正解は、向き合い方さ。そんでもってレニー、きっとお前さんが一番得意なんだ」
「……向き合い方?」
「善人ぶってもいけねえ、悪人になるのは言うまでもねえ。どれだけその強さに振り回されず、誰かの心に
そして人は、それを勇者と呼ぶ。
「そんな大層なこと、した覚えがないけど」
「大層じゃなくていいのさ」
男は周りを見る。その視線の先には、フォークを落とした冒険者と、そのフォークを拾って店員に声をかけるライたちの姿があった。店員に新しいフォークを用意してもらい、冒険者がライたちと店員に頭を下げる。
「小さな落としものを拾ってくれるだけで、人は案外救われる」
赤い冒険者カードを指差す。
「そのカードはな、お前さんがそれだけ誰かの落としたものを拾ってきた証だ。スキルも武器も、お前さんの拾ってきたものの、結果でしかない」
スカハのスキルに、クロウ・マグナ、ミラージュ。そしてルビーの等級。
「全部、お前さんだから掴めたもんだ。運が絡んでようが、お前さんにしかできない仕事をしてきた証明なんだよ」
最近、ニコイルに同じようなことを言われたのを思い出した。ミラージュを、正確にはあのときミラージュとわかっていたわけではないが、購入すると決めたきっかけだった。
とはいえレニーはあまり実感を抱いてなかった。武器を購入するにあたって、それに限っての話だと勝手に思っていたからかもしれない。
けれど。
出会ってきて、そして別れた人たちを思い出す。
それだけじゃなく、今も繋がっている人たちのことも。
なんだか自分でもびっくりするくらい、腑に落ちた。
「――あぁ、なんだかしっくりくるな」
カードを手に取って、何度も親指で撫でる。以前感じていたのは、行き詰まっていたものが動いたという喜びだけだった。
今も喜びはある。けれど、今はこの等級を、咀嚼するようにじっくりと自分に馴染ませていくような、そんな感覚だった。
「さすがベテランだ、尊敬するよ」
「よせやい。ルビーの冒険者に言われちゃ、照れちまうだろ」
嬉しそうにひとしきり笑った後、男はある一点を見て「あっ」と声を漏らした。
「そんじゃ、お邪魔虫は退散しますかね」
ジョッキを持って立ち上がる。その視線の先にはルミナがいた。
「……お邪魔?」
「ソロ同士仲良くやんな。あぁ、こいつは奢りでいいんだよな?」
「奢り足りないくらいさ」
「そうか。そんじゃ、また今度奢ってもらうさ。ごちそーさん」
男が席から離れていく。
レニーは頬杖をついて、あることを思い出した。
「……あ、名前」
まぁ、仕方がないか。
レニーは冒険者カードをしまい、こちらに歩み寄るルミナに手を振る。
ルミナも胸の前で小さく手を振って返してくれた。
ルビーの冒険者、レニーは今日も、相席をする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます