冒険者と魅了
ギルドの応接室。アルリィはレニーと向かい合って座っていた。自分でも心臓の鼓動がうるさく聞こえる。
――もうすぐ、アルリィとエルはこのサティナスを離れる。
ボーガルから逃げる必要はなくなったとはいえ、魔眼はいらぬトラブルを招きやすい。いくら魔眼の効果を抑えられているからといって、何か気を抜いたときに誰かを魅了しかねない。そうなったとき、長くいた土地を離れるのは辛いのだ。
その辛さを少しでも軽くする為に同じ場所に留まっているわけにはいかない。
だから賭けをするのだ。
「レニーさん。わたし、もうすぐここを離れるんです」
レニーは驚くわけもなく、微笑んだ。
「そうか。夢もちゃんと叶えられるしね」
「はい。本当にありがとうございました。お金はちゃんと返します」
「あぁ、気にしなくていいよ」
手を振られる。
「キミで賞金首が釣れたようなもんなんだ。その賞金がたんまり入るから、面布はそのお礼ってことで」
「……でもわたし、レニーさんを危険な目に」
「遅かれ早かれことを構えてただろうさ。犠牲が少なく済んだ分、得してる」
本当に、心からそう思っている物言いだった。
「返す返さないは任せる。オレはたぶん忘れるから」
あぁ、なんでこの人はこんなにも優しいんだろう。
胸が苦しくなって、服を掴む。アルリィの心中に浮かぶのはひとつの想いだった。
「あの」
カチューシャに手をかけて、外す。そして両目を晒して、真っすぐレニーを見た。
「何もかも救って頂いて、レニーさんはわたしにとって英雄です」
「そんな大げさな」
「大げさじゃないです。それで、わたし、もっとレニーさんと依頼をこなしたりしたいなって思ってて……」
自分にとっては、白馬に乗った王子様を思わせる人であった。しかし、レニーにとって自分はお姫様ではない。
わかってしまったのだ。レニーにはあの銀髪の受付嬢も、エルフの冒険者もいる。二人とも飛び切り――自分じゃ敵わないくらい魅力的で、それもレニーと仲が良いことを。
アルリィがレニーと親しくなるには出会うのが遅すぎたのだ。そんな気がする。
だから。
――瞳に魔力を込める。
「わたしとパーティー、組んでくれませんか? エルもレニーさんならぜひって」
魔眼は魔力を込めれば強制力が増す……はずだ。魔眼とはそういうものだ。感情が昂ると自然と瞳に魔力が集中して効果が増す。ボーガルから逃げるときも魔眼を意図的に使ったからくぐり抜けられた。
効果を弱めた状態なら効かなくとも、これなら効くはずだ。精神力で魔眼の効果を跳ねのける人物がいないわけではない。ただ、レニーは特段魔眼に抵抗している素振りはなかった。
だから効果を強めれば、魅了できるはずだ。
魅了して、パーティーに引き込めれば、親しくなる為の時間をつくれる。あの二人よりも。
そうしてちゃんと自分のことを知ってもらって、好きになってもらって、告白するのだ。
惨めなくらい卑怯な手段かもしれない。今まで散々忌み嫌ってきた力に頼るしか、今のアルリィには思いつかないのだから。
でも、それでも。
それに手を染めてでも、アルリィはレニーのことが――
「――ごめん」
レニーのたった一言が、アルリィの想いを切り捨てたようだった。胸を裂かれたような、そんな気分になる。
「オレはソロ冒険者だから。キミについてはいけない」
「……どうしても、ダメ……ですか」
苦しい。
この前まで嬉しかったことのはずなのに。なのに、真逆に感じることが辛い。
「ソロだからキミを助けられた」
レニーは手を組みながら、静かに言う。
「オレはソロで、ここで、やっていきたいんだ。それだけは、多分この先もずっと変わらないんだと思う。この仕事をしている限り」
知っている。そんな気がしていたから。
だから嫌いな魔眼まで使ったのだ。
――なのに意味はなかった。
「だからごめん」
「……そう、ですか。そうですよね」
アルリィは精一杯笑った。そして、立ち上がる。
「変なこと頼んじゃってすいません。いつまでもレニーさんに頼ってられないですよね」
「……ちゃんと、見てきな。キミらしい冒険をして、キミの望んだ世界を」
驚いて、思わずレニーの目を見る。真剣な眼差しがこちらに向けられていた。
「きっと、キミらしい冒険をするにはオレは邪魔になるだろうから」
だから。
「キミがまた困ったとき、オレを頼ってここに来るといい。出来る範囲にはなるけど、力は貸すから」
その言葉を聞いて、アルリィは頷くしかなかった。
――あぁ、ダメだ。
こういう人だから好きになってしまったんだ。
こういう人だから叶わない恋だって、思い知らされてしまうんだ。
きっとこの人は、自分には似合わない。もし想いが叶ってもそれはこの人が自分につき合ってくれるだけだ。
きっと、本当の愛まではもらえない。
「本当にレニーさんは、優しいですね」
「そんなことはない。それはキミとちゃんと
「できますかね」
「できるさ、まずエルさんいるしね」
「……そうですね」
ゆっくり、気持ちを落ち着かせるために息を吐く。あまり長居すると、心が持たなそうだった。
平静を装いながら、頭を下げる。
「レニーさん、本当にお世話になりました」
「……あぁ、うん」
カチューシャをつけて、応接室から出る。階段を降りてから階段下の手洗い場に入った。
個室に鍵をかけて、震える口元を抑える。
どうしようもなく、涙があふれてたまらなかった。胸が締め付けられて、そこからあふれた水が涙として出てきているみたいに、止まらない。
「うっ、ひぐっ」
ダメだった。わかっていたが、突きつけられると悲しくて、辛くて、張り裂けそうだった。
魔眼が効かないから好きになったのに。魔眼がイヤで、だからこそ、それを抑えるアイテムが嬉しいのに。
――こんなにも魔眼が効いてほしいと思うなんて――
ひどい矛盾だ。
○●○●
顔が熱い。心臓の鼓動がやけにうるさい。
「――あっぶな」
応接室にひとり残ったレニーは、顔を真っ赤にして衝動に抗っていた。
――あのか弱い体を抱きしめて慰めてやりたい。
明らかに正常な欲求じゃない。こんなもの、自分の感情じゃない。どうして今更、アルリィの魔眼が効いたのか全くわからない。
レニーは目を瞑って精神を落ち着ける。
「すぅ」
拳を握りしめ、大腿部を叩く。そうしてから頬を何度も手で叩いた。
「はぁ……はぁ……」
収まってきた鼓動に、安堵する。
こっちが魅了にかかっているのを悟られた様子はなかった。大丈夫なはずだ。
自分の感情をコントロールするのは慣れている。ウソをつくのも、得意だし、感情を隠すのも、上手い方……のはずだ。
あの子の魅了にかかったことだけは絶対にバレてはならない。自分は魅了にかかっていようがかかっていないフリをしなければ。
そも、誰であろうと魅了されたことを悟られるような事態はごめんだが。
だが、アルリィは特にダメだ。
彼女が信頼して目を晒したのだから、自分はそれに答えなければならない。
自分は彼女にとって安心できる、心強い味方でなければならない。
決して孤独ではないことを、男でもそういう相手ができる希望を見せなければならない。
――だって冒険者は、夢をみせるものなのだから。
だから、こんな小さな隠し事は、しっかり墓に持っていくのだ。
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