冒険者と再びの天井
レニーが目覚めると白い天井があった。
「……知らない天井……じゃ、ないな」
ベッドの上で、どうやら仕切りで区切られた部屋らしい。少し見慣れてしまった光景に、レニーはため息を吐いた。
ギルドの中、医務室だ。
全身激しい痛みがあった。久しぶりの強化痛だろう。
「……二度寝しよ」
「あら、私がいるのに寝るの? レニーくん」
聞き覚えのある声がする。レニーはおそるおそる視線を向けた。
満面の笑みのフリジットがいた。
「……やぁフリジット」
「アルリィさんとエルさんがここまで運んでくれたの、覚えてる?」
「お、覚えてるよ」
目をそらす。
すると、腕を掴まれて捻りあげられた。
「あだだだだ痛い痛い、ちょ!」
「残念レニーくんをここまで運んだのはルミナさんですっ! ……また無茶したでしょ!」
ギリギリと締め上げられる。
痛みに悶え、そして悶えたせいで強化痛がして苦しむ。
「いやそんなに無茶なことはしてな」
「あんだけの賞金首相手にしといて無茶してないですってぇ!」
「いだあ! ごめんっ、ごめんって!」
手が離れ、安堵のあまり息を吐く。痛みをこらえながら涙を拭った。
死ぬかと思った。
「……確認するけど、あの場の三十人強の賞金首、全員レニーくんがやったんだよね」
「そうだね」
「一気に大金持ちになったなぁ」
フリジットは遠い目で言う。
「ボーガルの体、ぐちゃぐちゃだったけど何したの」
「ムーンレイズっていう上位魔法で倒した」
第一の弾丸で相手を拘束し、第一の弾丸に第二の弾丸を衝突させることで魔力爆発を起こす。闇属性の魔弾の魔法だった。クーゲルは無属性に特化していたので、使えないが知っている魔法として教えてくれた。
この魔法の利点は第一の弾丸と第二の弾丸の魔力量や当て方で威力や範囲を調整できるところだ。
『お前さんの長所は単純な早撃ちじゃねえ。適切な威力や速度も反射的に叩きだせる器用さだ』
だからこの魔法が一番似合う。そう言って教えてもらったのだ。
今まで使うほどの相手はいなかったし、敵に隙がなさすぎて使えなかったのだが。
「たぶん防御系のマジックアイテム持ってたんだけど、全部壊れてた」
「だろうね」
一大組織のリーダーだ。馬鹿正直に戦う人間でもないだろう。通常なら死ぬ攻撃でも生き残れるように準備はしているはずだ。
そう思ったから確実に殺せるように上位魔法を選んだ。
ボーガルのスピードと剣技では早撃ちは難しい。カースバレットを浴びせ続けても埒があかなかっただろう。エンチャントカートリッジは交換している間に致命をとられかねない。
だからこそレニーはムーンレイズの魔法での短期決着を望んだ。第一の弾丸を早撃ちできるように魔力を左手に集中させておき、攻撃を剣で凌ぎ続けた。
上位魔法を発動させる魔力を補充する為に
レニーの経験、スキル、思考。全てを総動員して、ムーンレイズを成功させ、ボーガルを屠ったわけである。運も賭けもない、全て計算ずくの、レニーの実力だ。
「賞金は一気に支払えないから時間かかるけど大丈夫?」
「平気さ」
大丈夫も何もそれしかないだろう。
「……これは、ルビーに昇格かなぁ」
しみじみとフリジットが呟く。
「え、良いの」
「良いのも何も、立派な偉業だよこれ。人さらいをしてたのもキングバンディットだろうし」
フリジットはレニーの額を指でつついた。
「試験をちゃんと突破すること。まぁ、ルビーだから流れ作業なところあるけど」
レニーは呆けるしかなかった。
感覚としてはまだトパーズを引きずっているくらいだったからだ。カットルビーにだってなれたのが幸運くらいに思っていた。
だというのにルビー。
そうすれば、ルミナやツインバスターズと同じ等級である。
「ルビーになってもよろしくね、レニーくん」
心底嬉しそうな、それでいて穏やかな笑みで、フリジットが囁いた。
○●○●
フリジットが仕事に戻った後、レニーはぼうっと天井を見上げていた。
「レニー」
仕切り越しにルミナの声が聞こえる。
「ルミナか」
「入って、良い?」
「どうぞ」
仕切りをあけてルミナが入ってくる。イスを引き寄せて、座った。
「ここまで運んでくれたんだって? ありがとう」
「ん」
コクリと頷かれる。
「運ぶ時。レニー、寝てた」
「記憶ないのはそのせいか」
しかしいつ寝たのだろうか。ボーガルを倒してからの記憶がないからそのまま気絶したのだろうか。
「周り死体だらけ。死んだかと思った」
頬を膨らませるルミナ。
「体を抱き上げたら、ヨダレ垂らして寝てた」
「疲れてたんだろうなぁ……」
襲ってきた賞金首を全滅させたのだ。思っていた以上に体に疲労があったのだろう。
魔力がなくなって気絶。そのままルミナに助けられたというわけだ。
「あまり、心配させないでほしい」
「ごめんごめん。でも、今回はちゃんと勝算あったんだ」
「……今回は?」
眉間に皺を寄せるルミナ。普段無表情なのもあって、表情が表に出るとそれが本当に感じている事なのだとわかる。
「……正直、今までオレ自身が死のうがどうでもいいって、思ってた」
誰だって好き好んで死にたくはない。それはレニーも同じだ。しかし、他者の何かと己の命を天秤にかけたとき、己の命は非常に軽くなった。
例えばレッドロードのとき。例えばシラハ鳥のとき。例えば、スカハの偽物のとき。
誰かの為に。そんな善人じみた思考ではない。単純に、己の価値が軽かった。
空っぽの自分。何か信念があるわけでもなく、追うものがあるわけでもなく。ただ運よくスキルを手に入れてカットルビーに
冒険者として駆け出したばかりのライ、またパーティーメンバーに会いたいラフィエ、大事なソロ仲間のルミナ。
それらは、自分の命よりも重い。価値がある、というよりは尊重されるべき、と思っている。
そしてそれは今も変わらない。
「でも、最近思ったんだ。誰かと飲む酒は、死にたくないと思えるくらい美味いって」
スカハの偽物との一件が終わった後、ルミナと飲んだ酒は今までにないくらいに美味しかった。失いたくないものを失わずに済んだからだろう。
「……レニー」
「だからとりあえず、意地でもここには帰ってくるさ」
人間の本質は変えられない。スキルツリーと同じで、自分で育て上げたものだから。
しかし、その先を育むことはできる。
例え怒られるとしても、帰りを待ってくれてるのなら、ちゃんと帰ろう。
「だからこれからも、ソロ仲間として頼むよ」
「うん、ずっとソロ仲間。約束」
ルミナが小さく小指を出してくる。レニーはそれに自分の小指を絡めた。
「それは、それとして……」
ぐっと小指を引っ張られる。小指なのに全く脱出できない力でしっかりと引き寄せられた。
「……へ?」
「無茶した罰」
鎖骨の真下あたりの筋肉に親指を入れられる。急所、というわけではないが人体で痛みが伝わりやすい場所だった。
「ルミナ、さん……? まさか」
そして今、レニーは強化痛の真っ最中である。
「グリグリ……グリグリ……」
「イダァーッ!」
レニーの悲鳴が医務室に響いた。
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