冒険者と魔弾

 嵐のような猛攻を耐え凌ぐ。繰り出される剣撃や、スピードを考えるに、以前レニーを殺しかけたレッドロードくらいは真正面から斬り伏せられるのではないだろうか。


「オラオラァッ! さっきまでの威勢はどぉしたァ!」


 攻撃をミラージュで捌く。致命傷を避けてはいるが、完全に捌ききれる気がしなかった。

 剣に特化した相手に、レニーは剣で勝てない。


「ちっ」


 シャドーステップを発動させて、距離を取る。しかし、その速度を上書きして、ボーガルが間合いを詰める。


「ヒャッハー!」


 カットラスを二本同時に振り下ろす。レニーはミラージュで受けて、後ろにさがった。


 攻撃には転じない。その隙をみせてはならない。


 左のカットラスが伸びる。そしてレニーの左大腿部に浅いが傷ができた。


「ぐっ」


 苦し紛れにミラージュを振るう。ボーガルはからかうように間合いから外れると、レニーの血がついた刃を舐めた。


「どうした? 俺を狩るんじゃなかったのか」


 歯噛みする。

 ボーガルはずっとホルスターに納められたクロウ・マグナを気にしている。少しでも早撃ちの素振りをみせれば、避けられるだろう。


「さすが、キングバンディットの親玉やってるだけはあるよ」

「お前のせいで大事な戦力をごっそり持ってかれたんだ、責任とってもらうぜ」


 カットラスを軽く掲げると雷光を纏う。

 魔法だ。


「まずっ」


 レニーは急いで走り出す。


 ――雷撃が飛んできた。


 それを転がって避けると、頭上にボーガルが迫ってきていた。雷光を纏わせたカットラスを振り下ろすべく跳び上がったところだった。


 斬られる。


 慌てて後ろに飛び退く。


「おせぇ!」


 レニーの胸部を二つの斬撃が襲った。雷光が散り、全身に痛みが走る。

 それでもレニーはボーガルの鳩尾に蹴りを入れ、距離を取りながらも、ボーガルをひるませた。


「……はぁ、はぁ」


 大量の汗が頬を伝って涙のように落ちる。鎖骨と肩の間あたりから腹の直前まで、二つの大きな傷ができていた。見た目は派手だが、浅く済んでいる。


「顔は傷つけやしねえから安心していいぜ。その顔、高く売れそうだからな。結構需要あるんだぜ、男でも・・・よ」

「……首斬られたほうがマシ、だ」


 カットラスから雷光が消える。どうやら一時的なもののようだった。効果時間が短いあたり、バフではなさそうだ。


 両手でミラージュを持つ。


「ほら、もっと泣け。喚け。もしかしたら近くの冒険者が助けに来るかもよ」

「それは、困るからお断りだね。死ぬならひとりだ」

「なら、体に刻み込むしかねえな!」


 カットラスが迫る。ミラージュで弾くが、少しずつ押されていく。


『どうせ君は無茶するから。それに、無茶できる君だから、助けられる人はたくさんいる』


 脳裏で、フリジットの言葉がよぎる。


『でもちゃんと帰ってきて。いなくならないで』


「……ちゃんと帰るさ」


 カットラスを叩きつけられて、怯む。


「シャァ!」


 挟み込むように振るわれるカットラス。


『レニーが今まで用意してきたもの、努力してきたもの。たまたま揃ってたんじゃない、その時の為に揃えられてたもの。だから、運じゃない』


 いつかのルミナの言葉。それを思い出しながら、レニーは笑う。

 シャドーステップで後方へ逃げる。それでカットラスを避ける。


「逃げられるとでも思ってんのかァ!」

「カットレンジ」


 シャドーステップの残像を突っ切る・・・・。それはつまり、今までとは真逆の方向に動いたということ。


 レニーはカットレンジで加速をし、ボーガルとの間合いを詰めた。

 ボーガルが驚愕に目を見開くのがわかった。


 そうだ、レニーは剣でボーガルには敵わない。活路を見出すとしたら、距離を取りながら魔弾で攻撃すること……と、普通なら思うだろう。


 だから必死に距離を取りたいように見せかけた・・・・・。カットラスはミラージュで受けて防御に徹するしかないと。ボーガルの間合いのうちなら反撃に転じることができないと、思わせる為に。


 近距離ではレニーは勝てない。この認識は半分正しい。レニーでは剣技でボーガルを上回ることができないからだ。しかし同時に、半分間違っている。


「チェック、だ」


 ――早撃ち・・・至近距離・・・・でも撃てる。


 黒い魔弾がボーガルを襲う。咄嗟にカットラスで魔弾を受けるが、ボーガルは間合いの外まで押し出される。


「ぐっ、たかだかカースバレットごときで」


 ボーガルが腕に力を込めて魔弾を弾こうとする。


 ――が、弾けない。


 魔弾はその場に存在し続ける。そして。


「う、動けねえ。なんだ、この魔弾!?」


 ボーガルを縫い付けたように放さない。


「言っただろ、チェックだって」


 ミラージュを魔弾を撃つ持ち方に変える。そして、自分の影を剣先ですくうようにして、影を纏わせた。影を変形させ、クロウ・マグナのような形をとる。ミラージュよりも大きい為、クロウ・マグナよりもずっと大型な、影の杖ができる。


 今までこれを行えるほどの魔力はなかった。だが魔力は、狂性魔力のスキルで回復できる。


上位魔法・・・・って難しいね。教わったのはいいんだけど全く使えなくてね」

「じょ、上位魔法だと……!?」


 以前、クーゲルという魔弾を扱う冒険者と知り合った。そのときにいくつか魔法を教えてもらったのだが、レニーはいまいち使いこなせずにいた。


 強力なものはそれなりに時間がかかる。そして大技は当てるのが難しい。一瞬で決着しかねない戦闘の場で、試すにはあまりにもリスキーすぎた。


 魔弾を撃てるのがクロウ・マグナだけだったというのもある。指でやるには威力が下がるし、クロウ・マグナは早撃ちがメインになってしまう。


 無論、今は違う。


「そんな魔法の準備なんて素振り欠片も……」


 そこまで呟いて、ボーガルは気付いたように目を見開く。


「わかったか? オレはキミが強くて魔弾を撃てなかったんじゃない、魔力を練っていたから魔弾を使う余裕がなかっただけだ」

「ば、バカな。お前は、上位魔法なんて使えるはず、ない」

「オレはそんなこと一言も言ってない。使えるとも、使えないともね」


 なら、使えてもおかしくはないはずだ。


「でたらめ言いやがってぇ……!」


 ボーガルの表情が怒りで染まり、赤くなる。レニーはその様を鼻で笑った。


「キミが初めての実験台だ。派手に散ってくれ」

「ま、まて! そんな魔法使ったら俺を殺したなんて証拠は残らないぞ、賞金はパァだ。いいのか、それで」


 レニーは口の端を吊り上げる。


「……何言ってるんだ、この方がすっきり爽快だろ」


 影の尖兵のバフをかけ、ミラージュから魔弾を発射する。


「くそぉおおおお!」


 ボーガルを拘束していた魔弾とレニーの放った魔弾が衝突する。

 其の魔法の名は――


「――ムーンレイズ」


 黒い爆発が起こる。それが、ボーガルの叫びを消し飛ばした。


「死ぬならひとり。もちろんキミのことさ、ボーガル」


 レニーはクロウ・マグナを手で回しながら、ホルスターに納めた。

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