冒険者とソロ同士

「あ」


 自分の声と相手の声が重なる。掲示板に貼られていた依頼書に手が届いたのが同時だったからだ。ルミナがそちらに目を向けるとちょうど相手もこちらを見ているところだった。


 見覚えのある顔だった。

 アメジストの瞳がこちらを姿を映している。泣きぼくろがあって、あぁそんなところにほくろがあるんだと思った。


「えーっとキミは確か……」


 頭をかきながら困ったように呟く相手に、ルミナは淡々と告げる。


「ルミナ」


 相手は指を鳴らした。


「そう、ソロ仲間のルミナさん」


 ルミナは自分の記憶を掘り起こす。


「レイニー?」

「惜しい、レニーだ。レニー・ユーアーン」


 レニーは依頼書から手を離す。


「依頼はキミが受けるといい」


 依頼に魅力を感じて手を出したはずだが、レニーは何ともあっさりと引き下がった。


「……いいの」

「等級高いほうが依頼者も安心だろ」


 別の依頼を探し出すレニーに、ルミナは思案する。


「等級」

「うん? オレはトパーズだよ」


 言葉足らずな問いにレニーは戸惑うことなく答えた。

 ルミナは依頼書を見る。依頼内容は行商人の護衛だ。条件はパール級パーティーだった。ルビーの依頼で稼いではいるし金に余裕はある。

 報酬が少なくなる分には別に構わなかった。


「……依頼。一緒に、受ける?」


 レニーの視線の動きが止まり、ゆっくりこちらに戻る。


「キミが気にしないなら」

「へいき」

「なら、よろしく」


 ルミナは静かに頷いた。




  ○●○●




 思えば誰かに協力を依頼されることはあっても自分から共に依頼をこなすことを提案したのは初めてだった気がする。


「あはは! おとーさんってばぁ!」


 後ろでは行商人の親子が楽しそうに会話をしている。中年の父親と十歳程度の娘だった。どちらも背中には商売道具の入った木箱がある。


 レニーとルミナが先導しつつ、森の中を歩いているところだった。


 今のところ、いたって平和だった。整備された道を歩いているので魔物が襲ってくることも少ない。のんびり進みながら、レニーの顔を見る。


 互いに必要最低限の話しか振っておらず、していない。


 初めて会ったときから、少しだけ彼のことを知った。トパーズ冒険者レニー・ユーアーン。賊狩りのレニー。

 

 二つ名なんてものは噂が広がればいい。自称でも、構わないのだから称号スキル等と比べたら戦闘では全く役に立たない。

 レニーの性格からして自称はしていないだろう、ギルドが意図的に広めたか、周りに呼ばれたかである。それだけ実力が認められている、ということだ。


「オレの顔に何かついてる?」


 ルミナの視線に気づいたのかレニーが聞いてくる。


 ルミナは首を振った。


「何でも」

「そう」


 特に気にする様子もなく、歩み続ける。 


「じゃ、とりあえず」


 レニーはホルスターから杖を引き出して魔弾を撃った。


「ふげぇ!」


 木の向こう側で男の声が聞こえる。


 レニーは杖をしまい、ショートソードを引き抜いた。ルミナも大剣を抜く。


 ぞろぞろとルミナたちを囲むように賊どもが現れた。ざっと十人はいる。前方、後方に五人ずつだ。


 ルミナは商人の二人を守るように後方に立つ。

 レニーは前方でショートソードを担いでいるだけで動きもしなかった。


「へへへ……この人数、わかるよな」

「キミらじゃないんだ、わかるさ」


 話しかけてきた男の額に青筋が立った。


「なら女と荷物を置いてきな! そしたら命だけは――おぶぅう!?」


 男が唾を飛ばしている間にレニーは接近を済ませるとその顔面を蹴り飛ばした。男の体がアーチを描くように舞い、倒れる。


「悪いけど惜しいものなんてないんでね」


 それを皮切りに全員が襲い掛かってきた。


 乱戦、とはいえ相手は賊だ。

 スキルツリーは冒険者で言うグラファイトか、良くてパール程度の強さだろう。


 峰で剣を叩きつけ、薙ぎ払う。


 造作も無い。


 今までと変わらない。一方的に力でねじ伏せられる。

 

 そう──思っていたのが間違いだったのかもしれない。


「よっと」


 ひとり。


 男がルミナの攻撃を避けた。二撃目を振るうがそれもすり抜けて、素早く子どもを抱えて走る。男は慣れた動きでルミナからもレニーからも距離を取った。そしてナイフを子どもの首筋に立てる。木の間に立ち、回り込めない位置取りだった。


 ──しまった。


 ルミナは歯噛みした。


「武器を捨てろ、冒険者ども!」


 男の怒号に、ルミナは大剣を放る。ひとまず指示に従うしかない。幸いなことに他の賊は倒せている。なんとかチャンスを作れればそれでどうにかできるはずだ。


「おいオマエもだ! 早くしろ!」


 男がレニーに向かって叫ぶ。

 だが、レニーは首を傾げるだけだった。


「なんで?」

「バカか!? ガキが殺されてもいいのかってんだよ!」


 男がナイフを子どもの顔に向ける。子どもは震えきって涙を流していた。あわあわと口を動かすが恐怖のあまりか声を出せないでいる。


「うん、だから?」


 ショートソードを向けながら、レニーは冷たい瞳でそういった。


「何か問題でも」


 ゆっくりと男に歩み寄るレニー。


 一瞬、理解が遅れた。


 人質が、ましてや子どもがいるのに、まるでそれが石ころかのように、取るに足らないものとして男に近づくレニーが信じられなかったからだ。


 遅れて、心の底から怒りが沸き起こる。そして感情のまま、口を開いた。


「……武器。捨てろ」

「お、お願いします冒険者様! でないと娘が」

「知らないね」


 歩みが止まらない。

 ルミナは男に背を向け、守るように立った。レニーと相対し、憎悪を向ける。


「……敵が違うんじゃないか?」

「敵。子ども大事……だから、オマエは敵だ」


 ルミナの胸中にあるのは失望だった。初めて声をかけてくれたときのことは幻のように、冷徹な男でしかない。


 レニーは苦笑しつつも肩をすくめた。


「素手でオレを止められるとでも? 舐められたもんだね」

「ククク、いいぞ。仲間割れは大歓迎だぜ」


 男に煽られながら、ルミナはレニーをにらみ続ける。


 レニーは大地を蹴るとルミナに剣を振り下ろしてきた。


 力任せの大振りだった。


「そんな、もの」


 片手で刃を掴む。ショートソードが込められた全力によって震える。


 ……だが、ルミナの手に負荷は何らなかった。手ごたえがない。恐らくだが、握る力・・・だけ強くしている。


「──次、上に弾いてね」


 囁かれる。


 その意味を問う前に、レニーはショートソードから手を離す。


 ルミナは直感で動いた。ショートソードを投げ捨てる。


 するとレニーは杖をゆっくり引き抜き、ルミナに向けてきた。


 ルミナはレニーの左手を殴り、杖を上に弾き上げる。


 否。


 それに見せかけて、レニーは意図的に上に杖を投げたのだと理解した。


 怯むレニー。空中を舞う杖。


 くるくると杖がレニーの後方に落ちていく。


 そこでレニーはバックステップを踏んだ。


 後ろに手を回し、落ちる杖に指先が触れたかと思うと──


 ──魔弾が飛んだ。


 ルミナの真横をかすめ、野太い悲鳴が響く。後ろを振り向くと、男が倒れていた。人質にされていた子どもは、無傷だった。


「……人質をすぐ殺すやつはいない。利用価値があるからね。人質を握っててかつ、敵が仲間割れを始めれば自分は安全地帯にいると思い込む」


 レニーはショートソードを拾いながら杖をホルスターに入れる。


 賊で意識が残っている者は誰一人いない。


「実に滑稽で狙いやすいね」


 そう言い、ショートソードを鞘に納めた。

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