冒険者と優しさ

 リブの森林を歩く。

 レニーを先頭に、後ろにアルリィとエルがついていく形だった。


 依頼の魔物の生息地近くまで来たのだが、レニーはそこで足を止めた。


「レニーさん?」


 拓けた場所だった。周りが木々に囲まれているが、広いスペースが確保されているし、近くに洞窟もある。


 ゴブリンがまれに拠点として使うような場所だ。実際、ゴブリンがここで獣を狩ったのか、骨が落ちている。


「……静か過ぎるな」


 ゴブリンが近くにいてもおかしくはない。しかし辺りは静まり返っている。不自然なほどに、だ。獣の気配すらない。

 周りを見渡す。


 そして木の影に煌めくものを見た。


「なるほど」


 魔弾を撃つ。

 レニーの背後、アルリィとエルの間でそれは叩き落とされた。


 矢、だった。


「……随分臭うから、隠れてないで出てきなよ」


 レニーがそういうと木の上から影が飛んできた。


「キエェエ!」


 奇声をあげながら、男が突っ込んでくる。相手のナイフが振るわれると共に、レニーは剣を引き抜き、すれ違い様に斬り裂いた。


 首への一撃を避け、腹を裂く。


「ぐえっ」


 足場の邪魔にしかならない為、男の襟首を掴んで、さっさと木の影に放り込んだ。


「レニーさん!?」

「アルリィさん、エルさん。自分の身は自分で守れよ」


 レニーは忠告しながら武器を構える。

 木の影から、洞窟からぞろぞろと人間・・が出てきた。ざっと三十人はいる。


「よぉ、久しぶりだなアルリィ。強そうな用心棒雇ったじゃねえか」


 親しげにアルリィに声をかける男がひとり。

 長髪を後ろで縛り、角ばった顔や尖った鼻をしている。瞳には獣のような輝きがあった。両手にカットラスを持ち、いやらしい笑みを浮かべながら前に出てくる。


 リーダー格の男か。


「ひっ」


 アルリィの悲鳴が上がる。二人とも完全に震えてしまっていた。怯えた表情で、体を抱き合っている。


「……キミは?」

「キングバンディット。知らない?」

「へぇ。キミがボーガルだったりする? だと嬉しいんだけど」


 違法な取り引きを行う犯罪集団。盗品、麻薬、人間、何でも売る。その頭は双刀のボーガルと呼ばれていた。


 クリスを奴隷として売ろうとしていたのもキングバンディットの傘下の組織だ。


「賊狩りに知られてるとは光栄だね」

「キミらの目的は魔眼かな」

「三年前にしくじって逃がしちまってな。見つけるのに苦労したぜ? アルリィ、エル」


 二人ともすっかり青ざめて、動けそうになかった。

 なるほど。

 居すぎると良くないというのは、こいつらに見つかるわけにはいかなかったからか。


「随分いいアイテム手に入れたみてえじゃねえか。片目出しちゃってよう。魔眼の効果を無効にするアイテムか? 目玉くり抜きやすくなっていいぜ」


 刃を舐めるボーガル。


「……レニー、さん。逃げて」


 震えるあまり歯を鳴らしながら、アルリィが声を絞り出す。

 レニーは目を細めた。


「どうして」

「たぶん、ここにいる全員賞金首です。トパーズ級の依頼に張り出されるような……ボーガルたちはもっと強い、です」

「それで」

「レニーさんには死んでほしくないです。だから、逃げてください」


 と、言われても。

 周りで獲物を見つけた獣のような笑みを浮かべる無法者たちを見る。


「キミら、どうするの? この数」

「……エルだけ連れてって、くれませんか?」

「アルリィ何言ってるの。レニーさんアルリィを連れてって」


 そんな二人のやりとりにどっと爆笑が沸き起こる。


「健気な二人だねえ! 全員ここで終わりに決まってんじゃん」

「たっぷり可愛がってやるよ!」


 無法者たちが何を考えているか、想像するまでもなかった。


「……はぁ」

「レ、レニーさんなら逃げられるはずです。わたしなら大丈夫ですから」

「アルリィ、せっかく夢を叶えられそうなんだ。だめだ、レニーさんに連れて行ってもらって! 囮になるから」

「ダメ! ダメだよ、エル」


 終わりがなさそうな問答を繰り返す二人。無法者たちはそんな姿を見るのが楽しいのか、嗤うだけだ。


「……夢って何」

「え」


 レニーの質問に、アルリィが呆ける。


「夢だよ」

「えっと、いろんな場所を見たいんです。この目で、ちゃんと」

「へぇ。良いじゃん」


 聞いておいて欠片も感情を抱かなかったが。

 レニーには魔眼持ちの苦しみなんてわからないからだ。純粋に世界を見たいという願いなのだろうが、それが特別なことのように思えない。理由は至極当然、魔眼を持っていないレニーにはそれが当たり前だからだ。


「……ま、オレは別に優しくないから期待しないでくれ」


 優しさとは自分を殺す行為だと、レニーは思っている。他人の為に自分を犠牲にして、己に傷をつけて、それでも他者を優先する。

 自分を傷つけるより他人を傷つける方が怖くて、己を殺していく。


 そんな行為が「優しさ」だ。まさに、今のアルリィとエルが互いを想いあってる姿がそれだ。


 神話の英雄たちの末路は、そんな優しさによる死の末路であることも珍しくはない。優しい人間がなぜ死ぬのか、それは簡単だ。


 優しい人間が生きられるほど、この世界は綺麗じゃない。


 生きる為には綺麗事だけでは足りないのだ。嘘も打算も、他人を蹴落とすことも必要だ。


 それが人間という生き物で、この世界というものなのだ。


 従って、レニーは自分のことを優しいと思わないし、優しくしてやろうとも思わない。助けられるのなら助ける、無理ならあきらめる。それだけの話だ。


 レニーは杖の先を適当な場所へ向ける。


 そして魔弾を撃った。


 ひとりが頭を撃ち抜かれて死ぬ。それで、嗤いの渦は収まった。


オマエ・・・ら、誰の前にいるかわかってないみたいだから教えてあげるよ」


 剣を正面に構える。

 レニーには殺す自分なぞないし、嘘も打算もある。


 そして何より――――冒険者は死線を好む。


 レニーは笑みを浮かべる。


「賊狩りのレニー。オマエらみたいなのを狩ってきた、冒険者狩人だ」


 そしてボーガルに突っ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る