冒険者と前髪
二人部屋で、アルリィはイスに座っていた。両手に紙を持って広げている。目の前にはハサミを持ったエルがいた。
もう怪我は治りきって、明日、レニーと共に依頼をこなして何も問題なければ完全復帰となる。
「本当にいいのかい、自分で」
「いいの」
戸惑いながらエルはハサミを動かす。
「でもちゃんとしたところ行った方がいいんじゃないかな」
「何かあったら困るし、最初はエルがいいかな、なんて」
今まで自分が冒険者として生きてこれたのも、エルが支えてくれたからだ。だからこれはエルにしてほしいことだった。
「変になっても文句は言わないでね」
「もちろん」
エルはおそるおそる、前髪にハサミを入れていく。アルリィは目を瞑ってそれに身を委ねた。
「片目だけって難しい注文するねぇ」
「ごめんね。まだちょっと怖くて」
魔眼の効果を抑えるマジックアイテムをもらった。カチューシャから透明の布が鼻のあたりまで垂れさがっているものだ。布が魔眼の効果を無効化してくれる。布に顔が覆われてなくともある程度は効果が適応されるので翻ったりなどを気にしなくていい。
実際につけて出歩いてみたが効果は抜群だった。引き寄せられる視線もない。布の透明度も高く、遠目では白いカチューシャにしか見えないときもあるだろう。
布の耐久性は品質の低い魔眼持ち向けのメガネよりも断然良いと言われた。
「しかしまぁ、レニーさんもよく立て替えてくれたよ。踏み倒すかもしれないしさ」
「……そうだね」
きゅっと手を握りしめる。
嬉しかった。ちゃんと自分を見てくれることが、こんなにも優しくされるのが。
「……知らない間に乙女な顔するようになったなぁ」
髪を切りながら、エルは微笑む。
「自分らのパーティーに誘ってみる?」
「いいの?」
「男手はやっぱいたほうが頼もしいしね」
切られた髪が、下に落ちる。広げた紙がそれを受け止める。
「強い人は大歓迎だよ」
「じゃあ、頼んでみようかな」
エルが頷く。アルリィはエルが仲間で良かったと心底思った。
「その前に自分はお礼しなきゃね。大事なアルリィのナイトだったんだから」
「あはは、ナイトって。恥ずかしいよ」
はさみを動かす手が止まる。軽く手で髪を払われて、それから手鏡を取り出して見せてきた。
「どう?」
右目が晒された自分の顔を見る。アルリィは右の涙袋に指先で触れた。
「わたしの目ってこんなのだったんだ」
くりっとしていて、青い、瞳。自分で思っているより大きく見えた。
右目だけやけに視界が良いのが違和感を覚えるが、そのうち慣れるだろう。
涙があふれてきた。
ずっと、隠すしかなかった目。それが、今からは隠さなくていい。
――世界を、両目で見てみたい。
それが、アルリィの夢だった。
何も気にせず、自由に。
「がんばったね、アルリィ」
頭に手を置かれる。
「ひぐっ」
エルに頭を撫でられると、感情が洪水を起こした。手に持っていた紙を、エルは取り、折りたたんでいく。
アルリィは顔を手で覆って泣いた。
肩を震わせて、嗚咽を漏らす。
「おめでとう」
紙を捨てたらしいエルがアルリィを優しく抱きしめる。その温かさに包まれながら、泣き続けた。
○●○●
アルリィとエルがギルドへ行くと、レニーは知らない女性と一緒にいた。ため息の出るほど綺麗な女性だった。金髪を後ろのほうで二つに結んでいて、顔は人形のように整っている。耳が尖っており、世にも珍しいエルフであることがわかった。
背にはその容姿端麗さに似合わない大剣が背負われている。
「あぁ、来たね」
「レニーさん、その方は」
エルフの女性が前に出る。
「ルミナ。ルビーの冒険者」
「ソロ仲間でね。キミのマジックアイテムの素材になる魔物を彼女と一緒に討伐したんだ。だから知ってもらおうと思って」
等級とレニーと共に依頼をこなすところから、レニーと親しい間柄なのがわかった。
「アルリィです。この度はありがとうございました」
頭を下げる。レニーだけじゃなくルミナがいなければ今、アルリィは右目を晒せていないのだ。
「自分はエル。仲間が大変お世話になった。ありがとう、本当に。ありがとう……」
アルリィの隣で、エルも頭を下げる。ルミナは表情ひとつ変えず、二人の肩に両手を置いた。
「……がんばれ」
とんとん、と。肩を叩かれて、手が離れる。顔を上げると、ルミナは背を向けて受付に向かっていった。
レニーはそれを視線で追う。
「あー普段あまり喋らないんだ。挨拶できればいいって感じだったし」
二人でルミナの背中にもう一度頭を下げる。そして顔を上げて、レニーと向き合った。
エルが前に出る。
「迷惑かけたね」
「体の調子は?」
エルは腕を回す。
「絶好調。レニーさんのおかげ。ありがとう、何から何まで」
深々と頭を下げるエル。
「気にしなくていいさ」
レニーは何でもないことのように言って、視線をアルリィに向ける。
「片目だけかい」
「はい。まだちょっと怖いので」
マジックアイテムがあるからといって精神的な安心がまだあるわけではない。両目ともはまだ早そうだった。
「ふぅん。まぁ少しずつ慣れていけばいいさ。それもそれで似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
褒められたのが、なんだか恥ずかしくて、目をそらしてしまった。気を紛らわせるために、自分の耳をいじってしまう。
「さて、依頼をやろうか」
掲示板に体を向けるレニー。
その背中には壊れたカットラスでも、場しのぎと言っていた斧でもなく、黒い片刃の剣があった。
「レニーさん、武器変えたんだ」
エルもそのことに気付いたのか、剣を指さしながら言う。レニーは少し視線をこちらに向けて、剣の柄を軽く叩く。
「新しい相棒さ」
そう答えるレニーの表情はどこか嬉しそうだった。
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