冒険者と手段

 薬を飲み干すと、体が熱くなった。じんわりと体温が上がっていくのがわかる。


「今更なんだけど、キミはちゃんと魔眼が効くようになるの?」

「魔眼の性質を聞くに精神汚染の類だろう。ま、試してみればわかる」


 エレノーラはアルリィを見る。


「さ、目を見せてくれ」

「は、はい」


 アルリィは戸惑いながらも前髪をかき分けて瞳を露にする。エレノーラは目を細めた。


「……なるほど」


 エレノーラはカウンターから身を乗り出す。


「どうだい」

「非常に可愛い」


 即答だった。心なしか頬を赤らめているように思える。


「男という生き物はこんなにも女性が魅力的に見えているのか。興味深いな、食べたいくらい可愛い」


 よだれを拭うエレノーラは変態のようだった。


「レニーくんはどうだね」


 言われて、アルリィに目を向ける。


「うん、変わらないね」


 青い瞳に非常に視線が吸い込まれていくのと、綺麗に感じるのは変わらないままだった。


「つまり、瞳自体に魅力を感じるのはその効果を発動させやすいようにする為のデフォルトの効果になるな。男女関係ないということだ。その先の、アルリィくんに魅力を感じる部分が男にしか効かないというわけだね。わかった、ありがとう。もう瞳は大丈夫だ、隠してくれ」


 言われてすぐに、アルリィは前髪で瞳を隠す。カーテンのようだった。エレノーラはアルリィに向けて背を向ける。


「なるほど、新たな扉を開くところだった。今凄いドキドキしてるぞ。レニーくん、胸触って確かめてみるかね」

「触るわけないでしょ何言ってるの」


 精神が男になったせいで変なところで抵抗がなくなっているのか。いつもの冗談とは毛色が違う。


「あぁ、そうだな。私は体は女……」

「いや中身も女でしょ、しっかりしな」

「今は違……ややこしいなこの状況」


 エレノーラのテンションの変わりように驚いたのか、アルリィは後退る。それからレニーの方へ顔を向ける。


「でも、あの、レニーさん変わらないんですね」

「……そうだね」


 体温が上がったくらいで特には変わった様子はなかった。


「そんなわけないだろうセクハラされたらきっと悲鳴を上げるに決まってる」

「倫理観どうなってるんだキミ」


 魔眼に当てられておかしくなったか。精神だけ性転換させる薬なんてつくるところを考えるに、元から変だったかもしれない。


「しかしこれでわかったな。本当にレニーくんには魔眼が効いてない……正気かレニーくん?」

「少なくとも今のキミよりは正気だよ」


 息を荒げて興奮気味のエレノーラは、非常にアルリィに近寄らせたくない存在と化していた。


「もしかしてだがどうせ――」

「おい、その先言ってみろ」


 ドスを効かせて声を発する。アルリィが小さな悲鳴を上げ、エレノーラは両手を挙げた。


「――おふざけがすぎた。失礼、レディ」

「いやオレ男」


 ため息を吐く。そして、アルリィとエレノーラの間に立つ。

 中身が女性になってもさっきまで男であった事実は変わらないし、体は変化がない。普通に考えてこれで女性になったというのはおかしな話だろう。


 心境の変化的にも、アルリィを目の前の獣から守りたいと思うくらいだ。薬を飲む前より想いは強いかもしれないが、普段のレニーでもうっすらと同じことを思うはず。


「……というか結局魔眼の効果を抑えるのにメガネ以外になんかあるの」

「ある」


 エレノーラは断言した。


「高くつくぞ」

「元々魔眼用のメガネも高いでしょ」

「それより高い」

「……とりあえず言ってみな」


 知らねば何にもならない。


「そうだな、これくらいか」


 エレノーラはカウンターの影から紙を取り出し、さらさらと金額を書いて提示してきた。

 それを覗き込んだアルリィが顔を真っ青にする。


「げ」


 レニーは思わず自分の杖を見た。


「コイツ並みってこと?」

「そうなる。作るのは面布めんぷだな。カチューシャ型の、額から鼻先まで布が垂れるタイプだな。ちなみに顎先にまで布を垂らす場合はもっと高額になる。布自体は透明性を高くして視界を確保する。無論冒険者として活動できるように強度も考えた場合こうなるな」

「……払える?」


 アルリィは首を必死に振った。レニーは頭をかく。


「魔物の素材、とってくる場合は」

「半額にはできる」

「……ずいぶん安くなるね」

「素材に使うのはルビー級の魔物だ」


 となればレニーだけで魔物の素材を持ってこようとするのは難しいかもしれない。ルミナにでも協力してもらうか。


「オレの杖はそこまで安くならなかったけど」

「私の心血注いだ杖だ、当たり前だろう」

「まぁまけてもらっただけ儲けものか」


 そもそもたった一人のために開発から完成まで成し遂げてくれたのだ。懐事情を気にしなければいくら払ってもいいくらいだろう。


「あ、あの半額になっても、わたし払えません」

「分割払いでも構わないぞアルリィくん」

「えっと、ここにあまり長居できなくて。居すぎるとよくないんです」


 申し訳なさそうに言うアルリィ。事情は知らないがロゼアのギルドに留まる気がなさそうだった。そうとなれば分割で払うのも難しくなってくる。


「……アルリィさん、魅了すればまけてくれるんじゃ」


 今は精神が男のエレノーラだ。もう一度魔眼で魅了すればいいのではないか。


「い、いえ。魔眼だからって魅了した相手を言いなりにできるとかそういうのじゃないですから……その、別のものを求められたりとか」

「……あー」


 魔眼で魅了したとはいえ、それはアルリィを惚れさせるという行為なのだ。無条件で従うものもいれば対価を求めるものもいる。共通しているのはおそらく「アルリィを手に入れたい」という欲求なのだろう。


 そして今のエレノーラなら対価を求めてきてもおかしくない。


「……仕方がない。立て替えよう」

「そ、そんな、こんな高いもの、ダメですよ」

「キミは魔眼で散々困ってきたんだろ。なら、これくらいは得をしなきゃね」


 素材になある魔物を倒して、その報酬も支払いに当てれば問題ないだろう。


「……どうしてそんな優しくしてくれるんですか」


 不安げにアルリィが聞いてくる。レニーは自分の髪をつまみながら答えた。


「女の子なんだから髪型変えられた方がいいだろ? オシャレしたいだろうし」


 この間フリジットはシニヨンと呼ばれる髪型にして気分転換していたし、ルミナも髪を結んでいる。


 髪は女の命という言葉もある。好きでその髪型をしているのならともかく、魔眼に人生を振り回され、あげく髪型も自分の自由にできないというのは少々酷だろう。


 レニーだって髪さえ長ければいろんな髪型を……いや、これは薬のせいか。


「返済は気長に待つさ。そのうちここに戻ってきて払えば……」


 そこまで言って、言葉が続かなくなった。


 アルリィが肩を震わせて、嗚咽を漏らす。


 泣いていた。大粒の涙が流れて、床に落ちる。


「おかしいです、そんな理由でこんな大金……払うなんて」

「いや立て替えだからね?」


 そういうも、顔を両手で覆って泣くアルリィ。


「では立て替えという方向でいいな」


 エレノーラはいつになく優しげな表情で提案してくる。

 それにレニーは頷いた。

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