冒険者とクスリ

 アルリィはロゼアの酒場でレニーと話をしていた。報酬の分配と今後のことを話すためである。レニーに助けられてから二週間ほど経った。


 レニーとの依頼は非常にやりやすかった。カットルビーだからなのか、レニーのソロ冒険者としての実力なのか、常にフィニッシャーであるアルリィのことを気にかけてくれていたし、戦闘時には囮をしながらサポートに徹していた。


 魔弾で敵の足止めや追撃はもちろん、接近された際はカットラスの代わりの手斧で迎撃していたし、アルリィのタイミングを読み取って、即時離脱もやってのけていた。彼は「強い」というよりも「器用」というのがアルリィの抱く感想だった。


「そうそう。もしエルさんが復帰したら、一応様子を見るよ」

「様子、ですか」

「そ」


 レニーはイスの背もたれに体を預ける。


「脚をやられていたんだ、十分なパフォーマンス出せるとも限らないだろ? だから、キミらが問題なく以前の動きができてるのか、確認してから手伝いを終わりにするよ。それでいいかな」


 その言葉を聞いて嬉しくなる。エルが復帰すればこの関係がおしまいになると思っていたからだ。少しでもいてくれるのならそれがいい。


「はい。凄い助かります。ありがとうございます」


 両手の人差し指を合わせながら、アルリィは浮き立つ気持ちを少し誤魔化した。


 ――もっとこの人と一緒にいたい。


 アルリィはそう思うようになっていた。

 もしエルが許してくれるのなら……パーティーに誘ってもいいだろうか。


 魔眼も効いていないようだし、変にアルリィの事情に踏み込んでくることもない。こんなこと初めてだ。何かの拍子で魔眼を見られたら、という恐怖がないのはこんなにも嬉しいことだとは思わなかった。


「ところでさ」

「は、はい」


 レニーが前髪を右手の人指し指と中指で挟んで上げる。


「邪魔じゃない? その前髪」

「えっと、慣れました」


 前髪をいじりながら答える。フードを目深に被るのも、前髪を視界の邪魔になるくらいにのばすのも、今のアルリィにとっては当たり前だった。異性にしか魅了の効果は現れないのは不幸でもあり幸運でもあった。女性から恨まれることもあったが、エルと宿で過ごす時は魔眼を気にしなくてよかったからだ。


「好きでやってるならいいけど、できることなら目を晒したいとかある?」

「……気にしなくていいのなら、願ったり叶ったり、ですけど」


 魔眼の招く厄介事がなくなるのならこれ以上嬉しいことはない。


「じゃ、ちょっと時間もらえる? これから行きたい場所あるんだけど」


 戸惑いながら頷くと、レニーは立ち上がった。


「そんじゃ、付き合ってもらうよ」




  ○●○●




 レニーに続く形で、アルリィは薬瓶が描かれた看板が置かれている店に入った。

 壁際には戸棚が並べられており、部屋の中央にはテーブルがいくつか置かれている。戸棚にもテーブルにも薬品やマジックアイテムや魔法の武具が置かれており、名称と効果が書かれた紙が張られている。


 その先のカウンターテーブルで、長髪で癖っ毛の女性が座っていた。部屋が暗いせいで黒髪なのか青髪なのかわからない微妙な髪色をしている。


 童顔でメガネをかけており、頬にはそばかすがあった。だぼっとした白衣を着ている。


「やぁまた女を連れてきたのかいレニーくんは。君には私がいるだろう全く……」


 開口一番とんでもないことを口にされる。慌ててレニーの方を見ると、うんざりしたような顔になっていた。


「オレはキミと付き合った覚えもないしひとりでくることのほうが多い。客を連れてくる分にはお得だろ」

「大歓迎だよ、レニーくん」


 どうやらこの二人の気兼ねのないやりとりのひとつらしかった。


「この子は……アルリィさん。トパーズの冒険者だ」


 レニーに紹介をされ、一歩前に出て頭を下げる。


「アルリィ・ガズウェルです」

「エレノーラ・キャンディ、錬金術師だ。好きに呼びたまえ。それとあまり堅苦しいのは苦手だから気楽に話してくれると助かる」

「は、はい」


 そう言われてもはいそうですかとなれるわけではない。普段の、一番話しやすい話し方をするしかなかった。


「この子、魔眼持ってるらしいんだけど効果を抑えられるものってある?」


 メガネがきらりと光る。


「ほう、魔眼か。メガネでいいか」

「戦闘で壊れないなら」


 エレノーラは呆れたような顔になると非常にわざとらしくため息を吐き、首を振った。


「レニーくん、この世に壊れないものなどないんだ。バカみたいに魔弾を撃って散々私を悩ませた君だ、いい加減覚えたまえ」

「いやわかってるから壊れても危険性がないものにしたいんだけど。メガネなら他の店でもいいでしょ」


 その言葉を聞いて、途端にエレノーラはカッと目を見開いた。


「なっ、ここ以外でのマジックアイテム購入は禁止だ!」


 胸の前で腕を交差させ、宣言するエレノーラ。


「もし行く場合はその正当性を論文にまとめたまえ」

「厄介すぎる……」


 エレノーラとレニーのノリについていけず、行方を見る事しかできなかった。


「パトロンは私の稼ぎになりそうなものは全て私に任せるべきだ貢げ」

「話進まないから本題に入ってくれる?」


 レニーの疲れ切った態度を見る限り、レニーもエレノーラの勢いについていけてないらしい。

 とはいえ、仲が良さそうで、その関係性が羨ましいと思った。


「魔眼の種類はなんだ」

「異性の魅了」

「まさかレニーくんが私以外に魅了されただと」

「いやどっちも魅了されてないんだけど」


 驚愕の表情を浮かべるエレノーラと、どんどんやる気をなくしていくレニー。両者のテンションは真逆だった。


「まぁさすがにその前髪だ。無差別に魔眼をかけないか」


 信頼の眼差しがアルリィに向けられる。


 ……沈黙するしかなかった。なんならアルリィは目を背けた。


「もしかして、使った?」

「仲間の冒険者が大怪我してね。それを助けてもらうためにオレに使ったらしい」


 レニーの説明に、アルリィは控えめに頷く。エレノーラは視線を再びレニーに戻した。瞳にはいくらか真剣さが宿っていた。


「何ともないのか、レニーくん」

「何ともない。確かに目には惹かれるものがあったね、宝石みたいに綺麗だった。魅了まではいかないと思うけど」

「ふむ、ちょっと失礼」


 エレノーラは立ち上がるとカウンターの奥の部屋に入っていた。


『あだっ、ほげえッ!』


 バタバタと音が響き、乙女とは思えない声が響く。しばらくして音が収まると、扉が開いて、エレノーラが帰って来た。


 二つの薬瓶を手に持っている。ひとつはピンク色の液体が入っていて、ひとつは青色だった。ピンク色の液体が入った薬瓶をレニーに差し出す。


「これは」

「女になるクスリだ」

「……なんて?」

「女になるクスリ。飲め」


 レニーは首を振る。当然だろう。


「その説明を聞いて飲むわけないでしょ」

「何、心や思考が女になるだけで体は平気さ……これは」

「すっごい不吉なワードが聞こえたんだけど」


 レニーはとりあえずなのか、薬瓶を受け取る。話が進まないと思ったのかもしれない。

 エレノーラは青い液体の入った薬瓶の蓋を開けると、飲み干した。


「こっちが精神や思考が男になるクスリ。無論体は変化なしだ。即効性を重視したら体までは難しかったんだ。効果時間は半日。ちなみに使いすぎるとアイデンティティクライシスを起こす」

「だろうね」


 精神が男になったり女になったりするのだ。自認する性別を見失うのが落ち、ということだろう。


「ちなみになんでこれつくったの」

「君を女にする為だ」

「笑えない冗談だ」

「本気だ」

「……笑えない冗談だ」


 レニーの声が初めて震えた。


「さ、魔眼の効果の確認だ。君だけじゃ参考にならない。比較もいる。わかったらぐいっといきたまえ」


 レニーがこちらを見る。何を言うでもなく、決心したように薬瓶の蓋を開ける。


「それイッキ、それイッキ」


 エレノーラに煽られながら、レニーは薬を一気に飲み干した。

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