冒険者と不適合
酒場ロゼアに夕食を食べにくると、端の方の席にルミナがいた。
別にそれはいいのだが、向かい側に男が座っている。ひとりではなさそうで周りにも二人いる。
ルミナと目が合う。濡れた瞳がこちらに向けられていた。
レニーは自分を指さしてからルミナの座っている席を指さす。ルミナが頷いたのを確認して歩み寄った。
「おっと」
二人の、まぁ冒険者だろう……がレニーの行く手を阻む。
「悪いな、今取り込み中なんだ」
「野暮はよしてくれよ」
二人のうちひとりが顔をのぞき込んでくる。
「おっよく見たら可愛いじゃん」
「嬢ちゃんは俺らと遊ぼうか」
下品な笑みを浮かべる二人。
……うわぁ。
レニーは感情を隠さずに表に出した。
ギルドロゼアは今、訪れる冒険者が増えている。冒険者として、人格部分も保証される等級はトパーズからだ。逆に言えばカットトパーズまでは素行の悪い者もいなくはない。
それでも昇格や評価に響くので表立ってやらずにこっそりやろうとするのが多いが、これは隠す気がなさ過ぎる。
しかも酒臭い。酔っているのだろう。余計に
レニーは自分の鼻を摘む。
「ルミナ、こいつら相席?」
「ボク、レニーとがいい」
「ご指名頂きありがとうございます……待って、答えになってなくない?」
男のひとりがレニーの方に手を置く。
「なぁ俺らといいことしようぜ、この子と一緒にさぁ」
「悪いけど──」
レニーは男の腕を掴んだ。
そして投げた。
床に男の後頭部を叩きつける。床が壊れたら困るので加減はしている。そのせいで意識までは断てなかったが、まぁいいだろう。
「オレは男だ」
女と間違われる事の方が少ないが、ないわけではない。しかし、勘違いされるのはいい気分ではなかった。
そういう理由があるから、投げてもいいよね? と、レニーは思う。無論、心の底から思っているわけではないが。
仲間が投げられたことを認識し、もうひとりの男が動き出す。
「てめえ何しやがっ……!?」
レニーは言葉も待たずに、金的を蹴った。
声にもならない悲鳴をあげて、もうひとりの男は股間を抑えながら座り込む。
「……え」
ルミナの向かい側に座っていた男が唖然とする。レニーは拳を鳴らしながら、座っている男に詰め寄る。
テーブルには男が頼んだようなものは置かれていない。
「オレ、そこ座りたいんだけど」
見下しながら言うと、座っている男は舐められてると思ったのか、額に青筋が立った。
レニーは背中からマジックサックをおろし、そこに手を入れる。
「てめえ、何様のつも」
「カットルビー」
レニーは相手の言葉を遮る。笑顔で、マジックサックから出した冒険者カードをみせた。その冒険者カードはルビー級を示す赤色をしており、またギルド所属であることが明記されている。
「彼女もオレもギルド所属だから、報告しとくね、君らの素行」
座っている男の顔がみるみる青ざめ、即座に立ち上がった。
「すっすいませんでしたァ!」
座っていた男と投げられた男は、金的を受けて悶絶している男を抱えて逃げるように去っていった。
レニーは冒険者カードをしまい、ため息を吐きながら席につく。
「災難だねえキミも」
「……そうでもない」
なぜか少し嬉しそうなルミナの物言いに疑問を抱くが、気にしないことにした。
やがて、店員が目を輝かせながら寄ってくる。
「注文はいつものパスタとエールでいいですか」
「お願い」
「いやはや格好良かったですよレニーさん」
からかうように店員が告げる。レニーは浮かれるでもなく淡々と返した。
「そう。パスタよろしくね」
「はーい」
店員が席から離れていく。ルミナはそれを目で追ってから、口を開いた。
「……最近、レニーと一緒にいる子」
「アルリィさんのこと?」
ルミナは頷く。
「どうして、手伝ってる、の?」
ここ最近は、アルリィと何度も依頼をこなしていた。
通常、ソロがパーティーに加わるのは現状では達成することが困難な依頼を達成するための一時的なものだ。つまりひとつの依頼をこなせばだいたい終わる。何度も同じパーティーと組むことはあるだろうが、それでも断続的だ。
しかしアルリィの場合は少し事情が違った。ルミナはそこが気になったのだろう。
「仲間が怪我してて、しばらくそれの代わりなってるだけさ」
ルミナが疑わしげな視線を送ってくる。
「……それだけ?」
「それだけ」
沈黙が訪れる。
しばらくして、店員がやってきた。おまたせしました、と。レニーの前に出来立ての料理が置かれる。レニーはフォークを持ってパスタを食べ始めた。
「お下げしますね」
ルミナの皿はもう空になっていた。それを店員が回収する。
「ボクもエール。ほしい」
「かしこまりました」
ルミナが注文を済ませると、珍しく考えるような素振りをみせた。
「……相手はそうじゃない、かも」
アルリィの話の続きのようだった。
「パーティーメンバーの代わりのやつ? そうかな?」
ルミナには確信があるようで、頷かれた。
「きっとレニー、パーティーに入れたい」
「パーティー……ねぇ」
冒険者ギルドはパーティーを組むことを推奨している。それはソロとパーティーでは単純に生存率が違うからだ。自分の所属したいと思えるパーティーを求めてソロで活動している冒険者もいる。
逆にパーティーに入れたいが為にソロ冒険者を誘う者もいる。
「誘われたらどうする?」
ルミナに質問されるが、レニーにとっては答えは決まり切っていた。
「断る、かな」
「どうして」
「オレはソロが一番、気が楽だから」
店員がルミナの分のエールを置いていく。レニーはジョッキを持つと、ルミナと軽く乾杯した。互いにジョッキを傾けて、一口飲む。
「オレはね、目標だとかやりたいことだとかそういうのは明確にないんだ。だから他人の手伝いはできる。けどそれが
誰かのやりたいことは手伝える。それは自分にやりたいことがないからだ。一時的だから関われる。自分にあるのは打算に妥協に、一時的な自分の欲求だ。
パーティーの目的、方向性、目指す場所。
それが人生の柱のようにそびえ立つとなると、レニーは心底うんざりするのだ。
「ついていけないんだよ、パーティーの方向性とやらに」
長くもって、一年かそこらだろう。実際に長期的にパーティーに加入したことはないが、容易に想像できる。
レニーには一生かけて苦楽を共にするだとか、そういうことは非常に難しいのだ。課題がなくて、気ままに生きられる
「そ。良かった」
ルミナはジョッキを置く。
「良かったって?」
「これからもソロ仲間なら、良い」
その呟きは、精一杯の吐露に思えた。
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