冒険者と武器

 並べられた武器を眺めていく。多種多様な武器が並べられているのは言うまでもないが、質も高いのが一目でわかる。


「おい」


 ニコイルの声がし、振り返る。


 金槌が飛んできた。

 レニーは反射的に杖を引き抜く。魔弾を放ち、金槌の飛ぶ速度を追い抜いて落とした。


 床に金槌が転がる。


 ニコイルは口笛を吹いた。


「やるねぇ。その早さはオレも初めてみた」

「ちょ、ばあちゃん!」


 レニーはニコイルを睨む。


「……ここは抜き打ちテストが趣味なのかな」

「いいや? もうしないからゆっくり選んでくれ」


 レニーは金槌を拾うとカウンターに置く。そしてまた、武器を見始めた。


「触っても?」

「あぁ。詫び代わりに自由に触ってくれ」


 よく言う。

 レニーはそう思いながら、いくつか剣を握る。その中にはカットラスもあった。重さや握りやすさを確かめながら手頃なものを軽く持っていく。


 槍や大剣などは選択肢から元々ない。左手で魔弾を撃つのだから、両手持ちの武器は選択肢には入らないのだ。


「これ、かな」


 レニーが手に取ったのは手斧だった。取れる間合いはカットラスより遥かに狭い。


「ほう。良かったじゃないか、ニーイル」

「う、うん」


 ニーイルの作成した武器だったのか、少し照れ臭そうにニーイルが頷く。レニーは斧をカウンターに置いて口を開く。


「いくら」

「タダだよ」


 は? 

 ニーイルの答えに、レニーは固まる。


「失敗作なんだ、だからあげる」

「……材料費はいくらだ」

「覚えてない」


 技術は価値がある。長い年月をかけて磨き上げられたもの、それでしかつくりだせないものがあるのだ。そしてそれで命を救われる者だっている。


 どう考えても、これはタダで受け取って良いものではない。

 ニコイルに視線を向ける。


「タダでもらえるならもらっちまいな」


 レニーはマジックサックから金を出すと通常の斧の二倍ほどの金額をカウンターに置いた。


「ならこれで譲歩だ」

「律儀だねえ、もらってやんなニーイル」

「でも」

「突っぱねるほどお前の武器に価値を感じたんだ。実際の金の重さよりも重い報酬だ。肝に銘じておけ」


 戸惑いながらもニーイルは金を受け取り、頭を下げる。


「助かったよ。それじゃ」


 レニーが店を出ようとする。


「待て」


 だが、ニコイルが呼び止めた。


「買ったのは魔器じゃねえぞ。いいのかそれで」

「……武器があればとりあえずは」


 レニーの返答に、ニコイルは大笑いした。


「おめえバカか! ここに来て魔器を求めねえやつがいるかよ」

「……高いだろ」

「ぶっは! さっき金払ったやつとは思えない台詞だね。違う違う、お前は高いから買わないんじゃねえ。身の丈・・・に合わねえから適当なこと言って煙に巻こうとしてるんだ」


 カウンターを叩いて音を響かせる。射抜くような視線が、レニーに向けられる。


「表出ろ。武器をぶっ壊したスキル、見せてもらおうじゃねえか」


 低く濁った、刃物のような声で、ニコイルが言い放った。




  ○●○●




 武器の道から適当に選ばれた剣を持つ。

 庭でレニーは剣を構えた。手に入れた斧は腰に下げてある。


「さて、どんなもんかね」


 腕を組んで楽しげに観察するニコイルと、真剣な表情のニーイル。

 正直やりづらいが、見せろと言われたので見せるしかない。剣を己の影に突き刺してスキルを発動させる。


 影の女王に捧ぐで支配した影を剣に纏わせる。刀身が影に染まったところで影の尖兵のスキルを発動させて、バフをかけていく。


 レニーの目の前には試し切りの金属の棒があった。大地を蹴り、剣を振るう。あっさりと棒が切断され、切断面からずれて上の部分が落ちる。


 スキルを解いて、剣を見る。


 日中で己の影を利用しただけなのに刃がボロボロになっていた。カットラスと同じだ。


 剣を鞘に納める。二人とも考え込んだ顔でこちらを見ていた。


「バフっていうか侵食だな」


 ニコイルの呟きにニーイルが頷く。


「普通の武器なら壊れると思う」

「あー説明してくれる?」


 いまいち二人の会話の意味がくみ取れないレニーは、そういうしかなかった。

 ニーイルが、レニーに近づいて剣を受け取る。


「普通のバフは武器に付与するんだよ」


 それだけでは理解できず、沈黙したまま続きを待つ。


「武器への属性の付与、それによる副次的な性能向上。これが武器へのバフ。だけどレニーさんのそのスキルは剣そのものを一時的に変質させて身体強化してる」

「つまり、その、剣そのものをつくりかえるようなものってこと?」

「武器そのものの急激な性質変化。しかもバフが終われば元に戻る。これに武器が耐えられないんだと思う」


 ……致命的だ。そんな無茶苦茶なバフに武器が耐えられるわけがない。レニー自身としては影を纏わせているだけのつもりだったが、内情は全く違った。


「ならこの手段はナシってわけだな」

「いいや。手はあるぜ」


 ニコイルはニーイルの隣に立つと肩に手を置く。


「ニーイルに魔器をつくらせてやってくれ。貴重な経験になる。もちろん、お前専用の武器だ」

「……それでこのスキルでのバフが使えるようになるのか?」

「変質するのが問題なら、武器も変質できる・・・・・ものを用意すればいい。魔器ってのはそういうもんさ」


 ニコイルは腕を組む。


「武器の見立ては超ベテランのおれがやってやろう。武器を完成させるのはニーイルの役目だ、やれるな」


 ニーイルを睨むニコイル。


「わ、わかった。やるよ」


 ニーイルは真っすぐレニーを見る。その瞳は真剣そのものだった。


「その、やらせてほしい」


 レニーは自分の頬をかく。


 今まで、そこそこの生活ができればいいと思っていた。だけど、冒険者である以上、不意にやってくる死の危機がある。


 レニーは正直運で生き残ってきた。


 レッドロードとの戦いも、シラハ鳥の変異体も、スカハの偽物も。


 いざというとき、やはり力がほしい。

 

 ――身の丈に合わねえから適当なこと言って煙に巻こうとしてるんだ


 ニコイルの言葉を思い出す。

 スカハと出会ってなかったら、レニーは今カットルビーになれていない。そんな負い目がある。

 もっとふさわしい実力と精神を持った冒険者はいくらでもいるだろう。


 ため息を吐く。


「レニー。お前自分に自信ないだろ」

「……まぁ」

「魔器を受け取る資格がねぇ、そう思ってる。だがよ」


 ニコイルは拳を握るとレニーの胸を小突く。


「ここに来れてるのがすべてだ。受け取れ」


 その言葉はレニーの心に刺さった。断る口実をなくしてしまうくらいに、己が認められている気がしたからだ。


「……言い訳はやめだ。分割払いで、頼むよ」


 レニーが渋々そういうと、ニーイルは笑顔で答えた。


「もちろんっ」

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