冒険者と魔器

 カウンターに置かれたボロボロのカットラスを見ながら、鍛冶屋の主人であるジンガーは長考していた。

 先日、新たなものをつくってもらおうと依頼したときに、状態を見たいから預からせてくれと言われて預けたものだ。

 レニーはジンガーが口を開くのをじっと待つ。


 やがて首を振られた。


「こいつは俺の手には負えないな」

「どういうこと」

「俺は刃物に関してはわかるが、魔法についてはからっきしだ」


 ジンガーはカットラスを指差す。


「普通の使い方じゃこうはならねえ。もちろん武器はバフに耐えられるようにしてある。なのに、こうもあっさりボロボロになるってこたぁ、普通の使い方じゃねえってことだ。このままじゃ、新しいのをつくっても壊すだけになっちまう」

「それは避けたいんだけど」

「ならスキルでのバフをやめるんだな」

「うぅん」


 自らの切り札的な攻撃手段がバンバン武器を壊すのは非常にまずい。別の方向性を考えるべきか。

 しかしせっかく見つけた切り札を簡単には捨てたくはない。


「武器を壊さねえようにつくり始めたってのに、壊される羽目になるとはな」

「……ごめん」

「気にするな。俺の実力不足でもある」


 ため息を吐き、頭をかくジンガー。やがて歯噛みをしながら頭を下げてきた。


「無理だ、すまん。これ以上のものは俺には作れねえ」

「そうか」


 レニーはどうしたものかと考え込む。日用品専門だったとはいえ、そこらの武器屋より武器の完成度は雲泥の差だったのだ。ジンガー以上の武器をつくれる人間はそうはいまい。


「でもコイツがないと困るんだ。とりあえずつくってもらえない?」

「……いや、ここに行け」


 メモ紙を渡される。


「これは」

「武器屋だ、魔物・・の素材も使う」

「なんか違うの」


 通常の武器屋でも魔物の素材を使った武器はある。その程度であればジンガーでもできるはずだ。


「全く違うさ。何せここはマギ合金をつくる技術を持ってる」


 マギ合金。それは魔物の素材と金属と掛け合わせてできる特殊な金属である。魔物であれば通常の鉄などに匹敵する部位を持つ種も多く存在する。クゥーガハイナの角が良い例だろう。あれはそのまま柄の部分を作成するだけで刺突用の短剣になるほどだ。


 通常武器屋に売り出される魔物の素材の使われ方は加工することが主だ。金属まで魔物の素材を混ぜ合わせることはしない……否、できない。


 マギ合金はそもそもつくれる人間が少ない。魔物の素材と金属の掛け合わせをうまくできる人間がごくわずかなのだ。


 マギ合金をつくれるものが魔器マギ……例えば魔剣の類をつくりあげ、そして英雄の伝説の一助となる。魔器には魔物のスキル・・・・・・も残る。魔力を通せば、魔物のスキルがそのまま発動し、戦闘を大きく有利にする場合もある。魔器も武器であることに変わりなく、性能そのものはピンキリだが、単純に回路が刻まれた武器とは強度も効果の強さも違うと考えたほうがいい。


「……なんでお前露骨にイヤそうな顔してるんだ」


 震える手で紙を受け取り、レニーは答えた。


「だって絶対高いじゃん」


 口角をひくつかせるレニーに、ジンガーはため息を吐いた。


「お前ってやつは……」


 額に手を当てて、ジンガーが笑う。


「本当はお前の武器は最後まで俺がつくりたかったんだ」

「なんで」

「冒険者なのにわざわざここに来て武器を頼まねえし、解体用に使えそうなナイフをくれって言われたのは初めてだったからな。あげくパトロンになるとか面白いやつだよ。武器つくってやりてぇって思うくらいにはな」


 解体用のナイフなぞは武器屋に行けば武器とセットで購入できるものだ。それでもわざわざジンガーの元に足を運んだのは、単純に評判が良かったからだ。

 肩に手を置かれる。


「大事なパトロン様だよ、お前は。だから、もっとビッグになれ。応援してるよ」

「……ジンガー」


 メモ紙を確認する。

 ひとまず、行ってみるしかなさそうだ。




  ○●○●




 サティナスの端のほうに、四角の辺をひとつ削り取ったような形状の建物がある。特に看板が掲げられているわけではないので、小さな倉庫か何かだと思うような場所だ。


 メモ紙でここで合っているかを確認する。


 間違いなさそうだった。木製の扉を叩いてみる。


『どうぞ』


 扉を開ける。

 印象に残ったのは武器の道だった。ずらっと壁に立てかけられた武器たちの奥にカウンターがあり、そこに店員が座っている。


「何か御用で」


 あからさまに上擦った声だった。肩に余計な力が入っていて、遠目でも緊張しているのがわかる。

 作業用のオーバーオールを着た、少年がいた。赤みがかった茶髪と瞳に、そばかすが特徴的だ。


「ジンガーに紹介されてきたんだ。マギ合金扱えるって」


 武器の道を歩きながらカウンターを目指す。


「あ、あぁ、ジンガーの兄貴の。ということは、レニーさん」


 全く明後日の方向を見ながら話す少年。人と話すのが得意ではないのだろう。

 レニーは少年の真正面を避ける形で、カウンターの前に立った。少年の見ている方向とは真逆だ。これで少しはマシだろう。見えづらい位置にいたほうが気が楽なはずだ。


「カットラスがほしいんだって?」

「いや使えるなら何でもいいけど」

「え? あ、そ、そうなんだアハハ」


 ぎこちなく笑う少年の脳天に拳が突き刺さった。


「ギャァ!」


 びくりと体が跳ね上がり、痛みで頭を抑える少年。その横にため息を吐きながら女性がやってきた。


 白髪で顔もたるみや皺が目立ってきている。しかしその眼光の鋭さや姿勢の良さから、老いを感じさせない。中身は衰えていなさそうなのが窺えた。


「いてて、何すんだよばあちゃん」

「アホ。客なんだ、ちゃんと仕事しろ」


 レニーを見て、女性は笑みを浮かべる。


「おれはニコイル。こいつは跡継ぎのニーイルだ。よろしく頼むぜ」


 手を差し出されて、応じる。がっしりとしたたくましい手だった。


「冒険者のレニー・ユーアーンだ」

「ジンガーから話聞いてるよ。武器をぶっ壊すのが得意なんだって」


 からかうように肩を小突くニコイル。レニーはニコイルがわざと大袈裟に言っているのだと読み取った。


「……正直困ってるんだ。最近物騒らしいからね。場凌ぎでも武器を買わせてもらえればいい」


 正直適当によさげなものを購入して帰ろうと思っていた。ジンガーが紹介してくれたとはいえ、良い店とも限らない。試しで一本武器を使って、手に馴染むようならまた来ようという考えだった。


 ニコイルはレニーを射抜く様に見ると、頷いた。


「そこに並べてある中で好きな武器を選びな。話はそれからだ」


 まるでこちらを品定めでもするかのような話し方だった。

 

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