冒険者と悪酔い
何やってんだろ、私。
体が浮いている感覚。それに身を委ねながらフリジットは考える。
「家までには酔い醒めてくれよ?」
呆れたように呟く声が、いつもより間近に聞こえた。頬を撫でる冷たい風も、それ以上に温かい背中が打ち消してくれる。
レニーがフリジットを背負ってくれていた。
「うぅん」
酔い潰れたフリをして少しだけ力を強めてみる。背負ってくれているレニーの背中の感触が頼もしく感じた。やっぱり見た目よりもしっかりしてるもんなんだな、とぼんやり感心する。
「……ちょっ……はぁ」
慌てる声とため息が鼓膜に響く。
ちらっ。
気付かれないように半目でレニーの顔を見る。酒のせいか赤いように見えた。確認を済ませて、目を閉じる。
――本当、何してるんだろ。
散々飲んで、愚痴を吐いて、あげく運ばせて。寝たのは一瞬なだけで、本当は歩けないほどじゃないのに、歩けないふりをして。
それで一体、何をしたかったんだろ。
というか。
――というか私重くないよね? 現役時代より確かにちょっとだけ重いかもしれないけど体型維持の努力を怠ったことないし、今でも適度に運動してるし、極端に体重があるタイプでもいやむしろ軽いほうだから負担に感じてほしくないというかなんというか。
「うぅーん……」
頭を巡る悩みに、唸る。
脳裏にはアルリィという冒険者と、依頼に向かうレニーの姿を思い出していた。レニーの方はいつも通りだったが、きっとアルリィのほうは違うだろう。レニーがギルドに来る前に身だしなみを気にしていたし、合流するとぱっと表情を輝かせていた。
好き、だったりするんだろうか。
報告書を読んだ限り、クゥーガハイナに殺されるところを助けられたようだし、命を助けられたところから惚れていてもおかしくはない。危機的状況を英雄的行動で救われれば誰だって、ときめくだろう。大袈裟かもしれないが白馬の王子様に見えてもおかしくはない。
……レニーはどうなんだろうか。アルリィのことを可愛いと思ったりするのだろうか。
思っていてもいいが。良いのだが、なんだか。
あんまりおもしろくない。
「家着いたんだけど。そろそろ寝てるふりやめてもいいんじゃない?」
目を開ける。呆れたような顔のレニーがこちらを見ていた。
「バレてた?」
「バレてる」
「……てへ」
舌を出して誤魔化してみる。
「それで、このまま路上に放り出されるのと降りて家に入るのどっちがいい?」
「放り出すの!? 降りますっ! 降りさせていただきます!」
足をばたつかせるとレニーは手を離し、フリジットは地に足をつける。
目の前のレニーがどき、家の扉が現れる。
「それじゃ、二日酔いしないようにしなね」
名残惜しさの欠片もない。あっさりとした態度で、手をひらひらしながら、レニーはフリジットに背を向けて歩き出そうとする。
「あっ」
その手を、フリジットは反射的に掴んだ。
思考がフリーズした。
あれ、なんで手掴んだんだろ。
レニーはぐっと顔を近づけてくる。
「何?」
「えと、その……」
目を泳がせながら、フリジットは言葉を考える。
「……わ、私の家で、その……ちょっと。ちょっとだけ、休んでかない?」
あれ? 今自分なんて言った?
レニーが唖然とする。フリジット自身も唖然とした。
「熱ある?」
怪訝そうな顔で、レニーはフリジットの額に手を当てる。
「……あるかも。ごめん」
急いで身をひいて、扉に鍵を差し込んで開けた。そして家の中に入る。扉を閉め切らずに少しだけ開けた状態で外を見る。
「その、今日のことは忘れてほしいかも」
顔が熱くなるのを感じながらレニーにお願いする。
「仰せのままに、お嬢様」
少しもそう思っていなさそうな様子でそう答えられた。それでも、誰かに話すこともないだろうし、フリジットに話題を振ることもないだろう。レニーはそういう人間だ。
フリジットはレニーのそんな性格に感謝する。
「それじゃ、おやすみ」
小さく手を振りながら、言うとレニーも返してくれた。
「あぁ。おやすみ」
扉を閉める。
ひとりになると急にぶわっと汗が拭きだして、早鐘を打った。
何だかおかしい。絶対普段ならあんなことしないし、あんなこと言わないし。そうだ、酔いのせいだ。勢いよくがぶ飲みしてるし、きっと悪酔いしたんだ。だって最近ストレス溜まってたし、人と話せるのが楽しくてもったいなかっただけ。だから、酔ったせい。そう酔ってたせいだ。
そう言い聞かせながら鼓動を抑え込む。
「――疲れた」
そして盛大にため息を吐く。
明日、まともにレニーの顔を見られる気がしない。フリジットは悶々としながらベッドへ向かった。
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