冒険者と影

 ベノムモセットは毒を持つ。爪を舐めたり、口に咥えたりすることで唾液と爪の成分が混ざりあり毒液になる。


 爪の攻撃で傷をつくると同時に、傷に毒液をつけて相手を弱らせるのだ。


 小動物であれば時間が経てば経つほど動きが鈍くなり、やがて動けなくなる。


 そこをベノムモセットは食らいにくるのだ。


 捕食対象からすれば恐怖だろう。


 このベノムモセットの厄介なところは木々の上をとび回って突然攻撃を仕掛けてくるところだ。姿が消えたと思ったら急に攻撃をしてくる。


「ギキッ!?」


 まぁそんな行動を片っ端から魔弾で潰しているのだが。


 木々に移ろうとするベノムモセットの足元を攻撃したり、移動する先に攻撃して行動を妨害し、調子を狂わせる。


 自分が不利になれば即逃走の選択肢を取るベノムモセットだが、こうも移動を妨害されれば逃走もままならない。


 ベノムモセットは頬袋を膨らませると唾をレニーに向かって吐いた。頬袋は口の中で生成した毒液を貯蔵しているときがある。それを弾のように吐き出すことで毒液を飛ばせる。


 これが当たると非常に厄介だ。とりあえず当たれば帰った後でも洗浄作業をしなければならないのは確定するし、顔にかかれば目や鼻、口を通して毒が体を巡ってくる。


 この毒を食らっても死ぬわけではないが、時間が経てば手足が麻痺する。バカが数日放置すれば動けなくなる。


 その為、解毒薬の所持やパールであれば複数人の対応が必須になっていた。


 まぁ唾を魔弾で撃ち抜いたので問題ないのだが。


 ベノムモセットが焦る。その体に影ができた。


 その背後に死神が現れる。


 鎌を持った、アルリィだった。


「ギッ」


 鎌の刃が、ベノムモセットの首に引っかかる。そして反撃の隙もなく、ベノムモセットは討伐された。


「おつかれー」


 ベノムモセットの尻尾を持って降りてきたアルリィに声をかける。


「どうでした」


 心配そうにアルリィが聞いてくる。レニーは頷いた。


「うん、いいと思う」


 答えを聞いて、安堵したように笑みを浮かべるアルリィ。アルリィのロールはフィニッシャーというものだった。強力な一撃で相手を仕留めることに特化したロールである。


 パーティーの構成によっては後衛にも前衛にもなる。ソロの場合は基本的に闇討ちをする立ち回りだ。


 今回はレニーが気を引いているうちにアルリィが不意をついて仕留めるという形にした。普段はエルが前衛で抑えているうちにアルリィが準備し、倒しているとのことだった。


 大鎌がメインということもあり、動きの制限される森林では余計不利だった。一撃を狙うための隙を作らなければならないのはフィニッシャーの弱点だが、場合によっては格上の相手にも攻撃が通じるので頼りになる。

 

 火力不足に陥りがちなレニーにとってもありがたいロールだ。


「レニーさん、凄いですね。そんなにマジックバレットを早く撃てるなんて」

「杖が壊れるから間違った使い方だけどね」


 杖を手で回しながらレニーは返す。


「その杖、オーダーメイドですよね」


 首肯する。


「壊れるからそれ用のつくってもらったんだ。バカ高いけど」

「あはは、それはそうですよね」


 レニーはマジックサックから今回の依頼に使う為に購入した洗浄液を取り出した。ベノムモセットの爪にそれを流す。

 解体用のナイフで爪を取り、素材用の袋に入れるとマジックサックに仕舞った。


「依頼達成です」

「あぁそうだね……ん?」


 物音がした気がしてレニーはそちらに目を向ける。そこには木があるだけだ。


 歩み寄ってみて周辺を探るがやはり何もない。


「……どうか、しました?」

「いや、何でもない。気のせいか動物じゃないかな」


 正体がわからないのだからそう判断するしかない。この場にいないのなら探してもわからない可能性のほうが高いだろう。


「よし、帰ろっか」

「はい」


 レニーは詮索をやめ、依頼から帰ることにした。




  ○●○●




 レニーはテーブルを挟んでフリジットと向かい合っていた。ロゼアとは違う酒場だ。依頼を済ませてアルリィとわかれたレニーに、フリジットが手招きして食事に誘われた。


「今日は勢いあるね、キミ」


 並べられた酒を一気に飲んでいくフリジットを眺めながら、レニーは苦笑する。


「そうかな。普通じゃない?」


 突き放すような物言いに違和感を覚える。食事に誘われたときもやたらとぶっきらぼうだった。


「仕事、忙しいのか」

「……まぁね」


 ため息を吐かれる。

 これは相当ストレス溜まってるな、とレニーは肩をすくめた。


「付き合う」


 エールを大きめのジョッキで注文して、あとは適当につまみにローストビーフを頼む。


「……ありがと」


 ジョッキを突き合わせて軽く鳴らした。


 とはいえこの分だとフリジットは酔いつぶれるだろう。雰囲気だけ飲んでるようにみせてほどほどにしておこう。


 フリジットの、明るく楽しげな声は今や完全に沈みきっていた。たまにこういうときがあるが、受付嬢ならではの悩みや不満があるのだろう。


「カットラスまた壊したの」

「まぁね」


 レニーは喉を鳴らしてエールを飲む。見た目だけで実際は大して飲んでない。


「代わりの武器、探しといて」

「珍しいね、そういう言い方」


 フリジットは酒を飲んでからローストビーフを一切れ、フォークでとって食べる。


「……なんか、物騒になりそうだから」

「物騒?」

「周辺の村でちょこちょこ行方不明事件が起きてるの。捜索はしてるけど行方不明者は見つからない……どころか増えてる」


 そこまで語ってフリジット唇に人差し指を置いた。


「この先、誰にも言わないでね」

「わかった」


 レニーは緩んでいた気持ちを一気に締めた。


「それでうちのカットトパーズパーティーが捜索に行って帰ってこないの。最後にギルドに届けられた報告書には怪しい集団を見つけたことが書いてあった」

「つまり、そいつを探っていて逆に捕まったかもしれないわけだ。ならかなり危険な相手かもね」


 少なくともトパーズ級パーティーで依頼を達成できないほどの相手がいる可能性がある。


 フリジットは頷いて、心底嫌そうに呟いた。


「嫌よね、人間の敵は魔物。そういう単純な話だったらどんなに楽か」


 フリジットは静かに嘆く。レニーはそれをただ聞くしかできなかった。


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