冒険者と高鳴り
アルリィはその日、久しぶりにひとりで宿を借りた。ベッドに横になり、ため息を吐く。数日の疲れがどっと体にのしかかってきた。
いつもならエルと同じ部屋を取る為に、話をしながら寝たりするのだが、今日はいない。足の怪我を治すために短期入院となったからであった。アルリィ自身はレニーに教えてもらった安めの宿に泊まっている。
必要最低限の空間にベッドと棚だけがある部屋だ。
(レニー・ユーアーン、さん)
前髪をいじりながら、命の恩人を思い出す。
クゥーガハイナ相手に、誰も踏み込んでこないであろう時間帯と場所。そこにまるで英雄のように現れた。
エルを助けるために、嫌いな魔眼を使ったというのに効かなかった。純粋な善意で助けてくれた。
それが嬉しい。
キュッと胸が締め付けられるような、そんな感覚を手で抑える。全く不快さはない。むしろ逆だった。
――生まれつき魔眼を持って、異性相手に良い思い出ができたことがない。
決してその効力が絶大ではないということがせめてもの救いだった。瞳を見せれば、男はあわよくばとアルリィに近寄ってくる。
男がアルリィを自分のものにしようとしてパーティーの均衡を乱し、解散。そんなことがあってから、アルリィは女性としかパーティーを組まないようにしたし、その中で一番悩みに寄り添ってくれたのがエルだった。
前髪を伸ばし、フードを目深に被る。それで魔眼の効果を弱める。眼鏡だと万が一戦闘中にレンズが割れたとき、目を失うだろう。その為、それくらいしかやれることがなかった。
フードを外さねばならぬ場面でも前髪で瞳が見えづらくなっていれば問題はない。
瞳を見られれば、今までいい関係を保てていた相手とも途端に折り合いがつかなくなる。魔眼とはそういうものだ。
魅了の効果は永続的ではない。アルリィから離れれば離れるほど基本は効果をなくすものだ。
関係性が歪になってくれば会わなければいい。
そうやって各地を転々としてきた。
レニーはどの男とも違った。あの場で魅了すれば、エルのことを気にかけつつ、クゥーガハイナの角を手に入れてアルリィに手柄を譲ろうとしたりするだろう。もしくは礼を求めたりするのだ。
魅了とはそういう歪な行動を引き起こさせる。別の欲求も引きあげて、感覚を狂わせるのだ。そこに冷静さというものはない。
レニーはあろうことか、クゥーガハイナの素材を無視し、自分の手柄をかなぐり捨てた。素材がなければ討伐証明にはなりづらい。そこらの弱い魔物とは違う。トパーズでも敵わない魔物だ。討伐したとなれば昇格に関わってくるだろう。
だが当たり前のように、エルの命を優先した。
無論、アルリィにとっては自分と同じくらい大事な友人だ。しかし、レニーは違う。
そのとき会ったというだけで、危険なクゥーガハイナ相手にソロで立ち回りあげく、こうしてサティナスにたどり着くまで手助けしてくれた。
(すごく優しい人なんだな)
断られるか不安だった、パーティーの穴埋めも二つ返事で受けた。本人がそういうことに慣れているのだろうか。冒険者にたまにいる人を助けることを生きがいにしている人間なのだろうか。
あまりそういう風には見えないが。
(もっと知りたいな、あの人の事)
髪をいじる。
目を瞑りながらアルリィは思った。
今日はいい夢を見れそうだ。
○●○●
リブの森林を歩く。
レニーの後ろにはスキップでもするように歩いてついてくるアルリィがいた。俯いていて目線はあまり合わせてこない。そんな姿を見てると、小動物でも連れているような気分だった。
ここら辺の地理を教えつつ、魔物討伐や薬草調達をするのがレニーの役目となった。レニーが先行しながらどういう場所かを教えていき、依頼をこなす。
今日はベノムモセットというパール級の魔物の討伐が目的だった。特に苦戦するような相手ではない。
「その、レニーさんとあの受付嬢さんって仲、いいですよね」
歩きながら、アルリィが話しかけてきた。
「受付嬢?」
「ほら、銀髪の凄く綺麗な人」
言われて、フリジットを思い浮かべる。
「あぁ、うん。そうだね」
以前、親しいかどうかの話題で怒られたので肯定しておく。
「なんかきっかけあるんですか、仲良くなった過程……みたいな」
一体その話題のどこに興味があるのだろう。しかし前髪の奥で輝く瞳が好奇心を訴えてきていた。
「恋人のフリかな」
「……え?」
石化の魔法でも受けたのではないかというくらい、アルリィがぴたりと動きを止めた。
「フリジットにしつこい男がいてね。依頼を受けたんだ、そいつが諦めるまでの恋人のフリ」
ゆっくり時が動き出したかのようにアルリィが調子を取り戻し始める。それを確認して、レニーも一時やめていた歩みを再開させた。
「諦めたんですか」
「いいや」
レニーは過去の記憶を掘り起こす。
ダンジョンに取り残されて、そして殺した相手のことを。別に後悔も何もしていないが。
「死んだよ」
殺した、という言葉を呑み込んで、そう告げる。
「依頼中の事故でね。それで恋人のフリは解消ってわけさ」
「……その時関わったから今も仲が良いんですか」
「そうだね。ロゼアに設置されている支援課の存在も大きい。それの手伝いも依頼内容に含まれてたからね」
「……羨ましいなぁ」
アルリィが呟く。フリジットと仲良くなることが、だろうか。確かに男どもからは羨ましがられることもあった。
「わたし、この目があるから誰かと仲良くなるなんてなかったんです。エルくらいで」
前髪をかき分けてアルリィが瞳を晒す。視線が吸い込まれそうな透き通った瞳だと思うが、それ以上は何も思わない。
「だから誰かと仲良くいられるって羨ましいなって思うんです」
魅了が本人の意思に関係なければ、それは厄介事を生む種でしかないだろう。その苦労をレニー自身体験しているわけではないが、
人の関係は様々な思惑がからむ。純粋な関係というのは、眩しく思えるのだろう。
「……そうだね」
ソロで活動してるとはいえ誰かと関われるのは楽しさを生む。フリジット然り、ルミナ然り、ツインバスターや出会ってきた冒険者たち。そういった人たちとの関わりがなければレニーの日常はもっと淡々としたものになっていただろう。
足を止める。
ある木の上に、鳥を鷲掴みにして喰らっている魔物の姿があった。
赤黒い体毛、猿のような体に、長い腕と爪。顔は丸く、大きな目が二つある。顔と同じぐらいのボリュームの白い毛が耳のようにくっついている。
ベノムモセット。毒を持つサルの魔物だ。
「雑談の続きは後でにしようか」
「はい」
アルリィが鎌を出し、レニーの前に出る。レニーは杖に手をかけて、後方にさがった。カットラスは背中にはない。クゥーガハイナとの戦いで使い物にならなくなったきりである。
ベノムモセットはこちらに気付くと、鳥を放り投げる。そして牙と歯茎を剥き出しにして咆哮を上げた。
レニーはアルリィの小さな背中を見る。
さ、お手並み拝見といきますか。
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