冒険者と視線の意味
じぃっと、目で追ってしまう。フリジットは業務をこなしながら、依頼の報告をしているレニーとアルリィを眺めていた。
最近、アルリィの装備をレニーが立て替えた。魔眼の効果を抑えるものなので、非常に高価だったのだろう。魔眼はコントロールできないものであったり効果が強力であるほど、悩みを抱えてしまうスキルだ。それがトラブルを招いたり、身を滅ぼすことになるからだ。それを想ってレニーがエレノーラを頼り、立て替えたというのはわかる。レニーは態度こそドライだが、基本優しいのだ。
アルリィの方はフリジットにもわかるぐらいレニーばかり見ている。話を始めれば嬉しそうにしている。距離も何となく近い。
レニーはルミナに協力をお願いして、素材となる魔物を倒していた。ルミナも喜んで協力していたし、特にそれについて思うところはないはずなのだが。
なんだかモヤモヤしていた。
「そんなにふくれっ面だと綺麗な顔が台無しですよ」
隣で作業をしているモーンが声をかけてきた。
「ふくれてないですよ」
「ほら、そのつっけんどんな言い方」
「今時聞かないですねその言い回し……」
「あら、私の言葉遣いが古いと」
そこまで言ってない。フリジットは慌てて首を振る。
「やだなぁ、そんなこと思ってませんよ」
「そうですか。ならいいです」
ずっと笑顔だからたまに怖いな、とフリジットは思った。気にしてないのか、怒ってるのかわからない。
「羨ましいですか、彼女」
「彼女って」
こっそり、指をさす。その先にはアルリィがいた。もう二週間は見ている。
「……まぁ」
たまに冒険者に戻りたいと思うときがある。現役時代は仲間とバカ騒ぎするときもあった。パーティーメンバーがそれぞれの道へ進み、フリジットも憧れていた職業につけた。
だがもしも、フリジットが冒険者を続けていたら、あんな風にレニーと依頼をこなしたり、報告しにいったりできたのだろうか。
「いいですね初々しくて」
「初々しい?」
「好きなんでしょ、彼」
……へ?
思考が停止する。思わず、モーンの顔を見てしまった。
「レニーさん、良い人そうですし」
「ま、待ってください。す、好きって」
モーンが首を傾げる。
「違うんですか」
「……だってレニーくんにはルミナさんいるし」
「お付き合いしてるんですかそのお二方」
「してません、けど」
ルミナは、純粋にレニーのことが好きだ。知らなかったとはいえ、レニーに恋人のフリを依頼してしまったのは申し訳ないと思っている。レッドロードの一件で、彼女のレニーに対する感情がソロ冒険者のよしみで済まされるものではないとわかった。
楽しげに二人でいる姿は微笑ましくて、応援したかった。
「ルミナさんはちゃんとレニーくんのこと好きだけど……私は仲間意識みたいなものですよ。距離感近いのは恋人のフリしていた名残りみたいなものですし」
「恋人のフリですか」
「はい。付きまとってくる男がいたんです。それで、男避けに依頼をしたのが、知り合いになったきっかけでした」
「なんで彼に依頼を」
至極真っ当な疑問に答える。
「支援課に協力してくれそうな人だとおすすめされたんです。それで女性にだらしない噂もないし、声をかけても私にそういう興味がある気配ありませんでしたし、下心がないなら依頼できるって、思ったんです」
仕事は仕事と割り切る。レニーはそういう人間だった。だからこそ依頼をできたし、関わりたいと思えたのだろう。
何も気にしなくていい、仲間と話すような感覚だったから。
「それで付きまとってきた男は?」
「死にました。トパーズにあがったばかりの冒険者だったんですけど、ムネアカメガバチの巣で」
それを聞いて、モーンは考え込む。会話をしながらも、互いに作業の手は止めていなかった。
「腹蜜の扱い、間違えたのかしら」
ムネアカメガバチの巣で死ぬとなれば、女王バチの持つ「腹蜜」の扱いを間違えたか女王バチに腹蜜を潰されて、そのにおいを感じ取った大量のムネアカメガバチに、物量で圧し潰されるのが大抵だった。女王の護衛バチは強めの個体であるから、それに負ける可能性もあるが、トパーズとなると勝つ可能性のほうが高い。
「レニーくんが一緒に依頼を受けたんです。それで、その男がわざと腹蜜をレニーくんにかけたって、聞きました。恋人のフリをしてくれていたレニーくんが邪魔だったんです。その男」
「その時に扱いを間違えて自分も、というわけですね」
「はい」
「……レニーさんはよく生き残れましたね。さすがカットルビー」
「いえ、当時はトパーズでした」
モーンの眉がぴくりと動く。
「……トパーズ?」
「はい。なので、スキルの相性と彼の実力でなんとか生き残れた感じでした。外に出たとき、気絶するくらいでしたし」
しばらくモーンは黙ったままだった。
「モーンさん?」
「……いえ。何でもありません」
意味ありげだったが、本人に話す意志はなさそうだった。
「……とにかく、恋人のフリをしてた時期があったんです。正直、そのときのことが楽しかったから、たまにそれっぽいやりとりで遊びたいだけで。その、好きなのとはちょっと違うというか……」
そう、これは仲間意識と恋人のフリの延長線。そのときが楽しかったから、そのときの楽しさを求めて、絡んでいるにすぎないのだ。
ルミナのように恋焦がれているわけではない、はずだ。
「ねえ、フリジットさん」
「はい」
「あなた、思ったよりも鈍感なんですね」
「……はい?」
モーンは愛おしそうに、自分の左手の薬指を触った。まるで何かを思い出すように。
「こういうのはスパッといきましょう。ズバリ、恋人になれるとしたらどうです?」
フリジットは首を振る。
「いや私は」
「いいんですどうせ妄想なんですし。恋人になれるならなりたいかなりたくないか、その二択でしかないです」
言葉に詰まる。
もしもあのときのフリがフリじゃなくなるのなら。
いつでも隣にいて、からかったりからかわれたりして、それで。
「フリジットさん」
「……はい?」
「顔、真っ赤ですよ。仲間相手にそういう顔、するんですかね」
無言で自分の頬を触る。
熱かった。今更、胸がどきどきしていることに気付く。
「……なれたら、ですか」
「はい」
口を開く。胸が苦しくて、そこにあるものを吐き出せば楽になれる気がした。
「…………わかりません」
それでも口にするのが怖くて、それが精いっぱいだった。
モーンは微笑んで、静かに言う。
「ちゃんと話、したほうがいいかもしれないですね。レニーさんにも、ルミナさんにも。まぁどんな人か、わたくしはあまり知りませんが」
それでも、と。
モーンは続ける。
「手が届かなくなったとき、後悔しちゃいますから」
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