恋の話

冒険者とクゥーガハイナ

 レニーがその場面に遭遇したのは、現地調査をしているときだった。サティナスに最も近い探索地はリブの森林だが、海岸にそって徒歩で三日ほど進んでいくと森がある。草原もあり、総括して「トゥラ」と呼んでいる地域だった。


 リブの森林ほど安全性があるわけでもなく、やや強めの魔物がいるところだ。とはいえ、等級の中で上から数えたほうが早いカットルビーであるレニーが怯えるような場所ではない。


 正確に言えば、警戒しないでいい場所なんてないというのが正しい。その為、レニーはいつも通りに、フリジットから渡された資料を確認しながら、トゥラの魔物が活発になっていないか、調査しに来たのだった。魔物との戦闘はなるべく避け、あまり縄張りに入り込まないか逃げるようにしていた。


 木々を抜けて草原地帯にたどり着いたときだ。


 その草原地帯はレニーの膝あたりまで草が伸びている。身を低めて、魔物がいないか確認しつつ、それに遭った。


「はぁ、はぁ」


 肩で息をする大鎌を持った、恐らく冒険者だろう。赤いローブに、目深にフードを被っているために容姿はよくわからない。

 そのはるか後ろには木に背中を預けて座り込んでいる者がいた。ぐったりしていて動く気配がない。


 怪我人か。重傷であれば、一刻を争うだろう。


 レニーはなるべく身を低め、気配を消して、様子をうかがう。


 大鎌の冒険者の正面に戦っている魔物がいるのだが、こいつが問題だった。


 クゥーガハイナ、という。


 ハイエナに似た魔物だ。赤褐色の毛皮と黄色い瞳を持っている。目立って大きいわけでも小さいわけでもない。特筆すべきは驚異的な脚力と、額から前に飛び出した角だ。

 基本肉食の生物に角はない。角というのは防衛手段として狩られる側が獲得した部位であるからだ。しかし、無論例外はいくつも存在する。


 その内の一匹が、クゥーガハイナだった。


 身を潜めてから、獲物の急所を狙って驚異的なスピードで突撃する。その一撃必殺で獲物を仕留めるのだ。基本、貫くという行為はそう生物にとっては容易なものではない。だからこそ、防衛手段として獲得されるのだ。武器として使うのであれば、牙の方が相手を拘束できる分、汎用性がある。


 そのセオリーを無視できるほど、クゥーガハイナの脚力とスピードは異常なのだ。


 クゥーガハイナは個体数が少なく、滅多に討伐依頼が出ない。人里に降りてくることも稀だ。


 しかしもし人里に降りてきて害をなすようになれば、それはトバーズの中でもトップクラスの難易度をほこる魔物となり、そして討伐の成功率はかなり低い。


 何度も撃退を繰り返し、その場所を狙わせないように学習させるのが精いっぱいのときもあるのだ。


 幸運なことに日が沈んでいる。レニーのスキルの「フクロウの目」の補正もあり、夜目も問題ない。


 大鎌の冒険者はあたりをせわしなく見渡していた。狡猾に駆け回るクゥーガハイナの姿を捉えようとしている。しかし、追えていない。


 武器の小回りが利かないのもマズイが、単純に実力が伴っていない可能性も高い。


 レニーは杖のストッパーを押してロックを解除する。シリンダーを右側に出して、カートリッジを入れ替える。


 そして、魔力を込めた。


 魔弾の射程距離内に入ったのを確認して、立ち上がる。暗闇に瞳の光を残すクゥーガハイナの動きを追いながら、「あたり」をつけた。


「そこの鎌の人! 屈みこんで目を瞑れ!」


 レニーが声を張り上げると、大鎌の冒険者はすぐに屈んだ。急に指示を出されて即座に従える冒険者は少ない。

 良い冒険者だ。


 レニーは雷属性の魔弾を放った。電光が暗闇を貫き、地面に当たって弾ける。その閃光がクゥーガハイナの近くで発生した為、怯んだ。


 カットレンジの魔法で加速し、大鎌の冒険者に近づく。


「あそこの座ってるやつは!?」

「仲間です!」


 女性特有の高い声から、少女のものであると判断する。


「キミ怪我は?」

「ないです。でも仲間が」


 閃光で怯んでいるクゥーガハイナを警戒しながら会話をする。魔弾やカットラスで斬りかかろうものなら気配を悟られて避けられるだろう。


「ポーションはある?」

「あります!」

「なら応急処置をしに行け! どうにかする」

「でも」

「さっさとしろ、死にたいか!」


 大鎌の冒険者は歯を食いしばると、頭を下げて、仲間の元に走っていった。復帰したクゥーガハイナが追いかけようとするが、再度閃光で牽制する。


 先程ほど効果はないが、隙はつくれる。


 カートリッジを切り替える。


 クゥーガハイナは完全にこちらへ標的を変えたようだ。こちらを睨みながら、間合いを図る。


「さっさと仕留めるか」


 クゥーガハイナは狡猾だ。今、レニーを脅威と感じているだけで、隙さえ見つければ大鎌の冒険者を襲いに行くだろう。


 レニーは自分のカットラスを引き抜くと地面に刺した。クゥーガハイナの動きを観察しながらいつでも魔弾で迎撃できるように準備しておく。


 カットラスに魔力を注ぎ込み、スキルを発動させる。


 影の女王に捧ぐ。己の影と繋がっている影を支配するだけではなく、変形させることも可能なスキルだ。それで、支配した影をカットラスに纏わせていた。


 刃が黒く染まっていく。

 そこへもう一つのスキルを発動させた。


 影の尖兵。影の総量に応じてバフを得るスキル。


 最近、いろいろ試していたレニーは気付いたことがあった。武器に直接バフはかからないが、影には・・・バフがのる、と。


 カットラスを引き抜く。


 この間はバフの加減を間違えて武器を駄目にした。それ故に、今回は慎重に調節する。影を武器に馴染ませて疑似的な武器へのバフを再現しているために、武器にも負荷がかかるのだ。一から武器を創造して威力を向上させるには、レニーの魔力量が足りない。武器に馴染ませるのが一番だった。

 クゥーガハイナはレニーが動かないと判断するやいなや突進してきた。空気を足場にするスキルで壁を蹴るように加速し、こちらに突っ込んでくる。


 こうなると目視ではクゥーガハイナを捉えられない。


 が、レニーはそれを待っていた。


 閃光が走り、うめき声が響く。クゥーガハイナが突進を中断し、止まっていた。レニーの魔弾が頭に命中したのだ。不意打ちでこそ脅威であるクゥーガハイナのスピードは「真っすぐ突っ込んでくる」とわかっていれば対処できる。


早撃ちスピードならオレも一家言あってね」


 カットラスを振りかぶる。草を斬りながら黒い刀身が伸びていった。影の尖兵のバフをまるごと黒い刃に集中させる。


「避けられるなら避けられないほどにすればいいってね!」


 カットラスを振るう。刃を何倍にも増大させたそれはクゥーガハイナの逃走範囲を全て間合いに含めており、大量の草を斬り裂きながらクゥーガハイナを襲った。


 長大な刃がクゥーガハイナの胸から臀部までのラインに当たった。皮膚に刃がめり込んでいくが、片手のせいか上手く斬れない。加速というものは体に負荷がかかる。行き過ぎれば己の体がバラバラになるほどだ。しかし、当然というべきかクゥーガハイナの体はスピードに耐えられるようにできている。だからこそ皮膚も強靭なのだ。


 いくらバフを盛りまくって強化した影の刃でも、レニーの片手の筋力では両断には届かないらしい。


 そこで、レニーは杖を仕舞って両手で持った。そして、全力で押し切る。


 一瞬、力が伝わり切らずに詰まった感覚がしたが、それだけだった。


 レニーは、クゥーガハイナの体を両断した。バタリとクゥーガハイナの体が草原に落ちて消える。


 ……勝った。


 スキルを全解除し、座り込む。


 ドッと汗が噴き出してくる。呼吸を整えながら周囲を警戒するが、他に魔物はいなさそうであった。


 魔力がもうない。


 カットラスに影を纏わせるこの方法は威力が高いことがメリットなのだが、いかんせん慣れていないのもあって時間がかかる。それに魔力の消費も激しいせいで、正確に見極めたうえでの一撃必殺にしか使えなかった。


「はぁ、きっつ」


 体に鞭をうって立ち上がる。

 とりあえず大鎌の冒険者とその仲間がどういう状況なのか確認しなければ。

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