冒険者と揉みほぐし

 二日後くらいだっただろうか。


 とびきり可愛い子が来た。

 錦糸のような金髪を二つ束ねて下げており、碧眼は宝石でもはめ込んだような静かな輝きがあった。

 小柄ながらも成長しているところはしっかり大人で、精巧に作られた人形のような可愛らしさと美しさが両立されていた。


 世にも珍しい尖った耳をみて、シルバルディはなぜこの美少女が来たかを確信する。


「えっとレニー様のご紹介でしょうか」


 こくり、と。無表情のまま頷かれた。


「全身コース。シルバルディさん、指名」

「かしこまりました、料金前払いなのでこちらにお願いします」


 震えながら料金を受け取る。


 あの男。どうしてこんな見目麗しい女性と知り合いになってるのか。


 こっそり仕切りの隙間から部下が少女を見ている。シルバルディはサボりを睨みつける。サボりは小さく悲鳴を上げながらさっと仕事に戻っていった。


「お名前をお伺いしても」

「ルミナ。ルビー冒険者」

「るる、ルビー!?」


 思わずカウンターを叩きながら驚いてしまう。


 ルビー冒険者なんて滅多に知り合えるものではない。賊狩りのレニーなんてせいぜいトパーズだろう。なのに、こんなビッグな知り合いがいるとは思えない。


「えっとちなみにレニー様は」

「カットルビー」


 げぇ。


 血の気が引いていくのが自分でもわかった。絶対に正体がバレないようにしよう。


「ささっこちらへどうぞ」


 いつものようにベッドに案内する。


「うつ伏せでお願いします」


 ルミナは僅かに頷くとうつ伏せになる。


「失礼します」


 緊張しながら布をかけ、体の具合を確かめていく。


「……肩こってます?」

「ん。仕事で大剣使う。ツヴェイヘンダー」

「はえぇ。エルフはみんなそうなんですか」

「そんなことない。みんな、魔法が得意」


 深堀してはいけないような話題な気がして、それ以上話すのをやめる。ルミナは気にしてないようで目を瞑ってシルバルディに身を委ねていた。


 それにしても。


 シルバルディは大腿部などを触りながら思う。


 凄い筋肉だな。


 女性らしい容姿とは裏腹に、体は強靭だ。相当な鍛錬を積まなければこうはならないだろう。弾力のある感触が脂肪が限りなく少ないことを伝えてきた。


 全体的に緊張をほぐすだけでも違うだろう。少なくともフリジットのように大きな問題はなかった。


「疲労は溜まっているでしょうけど冒険者として働いているからかコリは強くないですね」


 軽く押したり揉んでいく。


「どうです?」

「すごく、気持ちいい」


 表情はあまり変わらないが声から若干力が抜けていた。


 大丈夫そうだと思い、同じ要領で続けていく。


「ちなみにレニー様とはどういう関係なんですか」


 先日来たフリジットを思い出しながらルミナにも質問をしてみる。


「……ソロ仲間」

「ルミナ様はレニー様のこと、どう思ってるんです」


 フリジットのときとは違い、もっと踏み込んだ質問をした。単純にこんな子が、レニーのことをどう思っているのか、気になったのだ。


「……その」


 ルミナは顔を赤らめて、それから俯いた。


「好きな、人」

「ほほう」


 反応からして「ほの字」だろう。シルバルディは楽しくなってきた。


「どういうところが好きなんですか~」


 からかうように明るく聞いてみる。


「……優しい、ところ」

「優しい、ですか」


 シルバルディにはその優しさはわからなかった。関係が浅いだけで、親しくなればその優しさを感じることもあるのだろうか。まぁ、シルバルディでは親しくなることはないとは思うが。


「ルミナ様みたいな方に好かれてレニー様も幸せものですねぇ……通じないのも当然か」

「通じない?」

「……いえこっちの話です。ところでどこか重点的にしてほしいところはありますかね」

「腰と、背中」

「承知しました」


 シルバルディは笑顔でルミナの体をほぐしていった。

 



  ○●○●




 あれから結構な固定客が増えた。


 フリジットやフリジット経由の受付嬢の存在が大きかった。彼女らは体のコリやそれに伴う体の不調を抱えている者も多く、マッサージはもちろん、普段気を付けるべきものや意識してやることを伝えると大層喜んだ。


 女性客が増えたことで、男の店員たちは喜んでいる。不純極まりないが、やる気に繋がっているようだった。


 セクハラでもしようものなら首をへし折るつもりでいるし、若干脅しながら指導しているが、今のところ心配なさそうだった。


「いやぁ、レニー様のおかげでリピーターも増えております。ありがとうございます」


 レニーの背中をほぐしながら、シルバルディがほくほく顔で言う。レニーは目を瞑ったまま、マッサージを受けていた。


「まぁ、せっかく足洗ったんだからがんばってもらわなきゃね」

「え」


 笑顔のまま、シルバルディは固まる。


 バレた? 最初の時はあんなにも初対面のように接していたのに。


「盗賊団にいたアサシンの子だろ」


 そうだ。

 シルバルディは盗賊団のアサシンとして、邪魔者を排除する仕事を担っていた。女であることを利用して色仕掛けを仕掛けたこともある。


 レニーもそうした相手の一人であった。


 しかし、作戦は失敗。レニーはシルバルディを歯牙にもかけなかった。

 今思えば、ルミナのような見目麗しい知り合いがいるのであれば、納得ではあるが。

 そうして返り討ちにあい、盗賊団は壊滅。命からがら、シルバルディは逃げたのだった。


「……私をどうするつもりですか」

「どうもしないよ。気持ちいいしね、マッサージ」

「本当に?」


 顔をあげて、レニーがちらりとこちらを見る。


「逆に、何かしてほしいのかい」

「いえ」

「ならいいんじゃない。オレにキミを捕まえる依頼なんて来てないしね」


 シルバルディの過去に興味がないとばかりに、レニーは言ってのけた。


「ちなみに最初から気付いてたんですか」

「顔を合わせたときにね」


 初日であった。こちらは内心焦ったり、安心してたりしていたというのに。


「おすすめされてきたのは本当だし、気に入ってるよここ」

「あ、ありがとうございます」

「その喋り方疲れない? もっと男みたいな口調だった気がするけど」


 シルバルディは空笑いする。


「仕事ですので。結構好きなんですよ今の仕事」

「……そう。良かったね」


 マッサージを終えて、レニーを送り出す。


 店の外でシルバルディは、こっそりレニーに聞いてみた。


「……もし、私がまた昔のようになったらどうします?」

「うん?」


 レニーは考える素振りも見せず、ただ淡々とこう言った。


「依頼が出たら捕まえに行くさ。出なければ気にしない。冒険者だからね」


 手を振って道に消えていくレニーにシルバルディは深々と頭を下げた。


 ――――ところで。


 レニーをおすすめしてくれた知り合いはいったい誰だったんだろうか?

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