(元)冒険者とポキポキ

 それから数日後のことだった。


 とびきりの美女が来た。

 ふわりとした銀髪を後ろでまとめ上げ、シニヨンという髪型にしている。それによって端整な顔立ちが際立っていた。服はおしゃれよりも動きやすさを重視しているようで、パンツスタイルだ。スタイルもスリムでシュッとしていて、綺麗だった。


 男性店員がこそこそ喋っているのが聞こえる。確かにあそこまでの美女は滅多にお目にかかれないだろう。しかも髪の艶や爪の磨き具合、肌のきめ細やかさから手入れもしっかりしているのがわかる。


「レニーく、レニー・ユーアーンの紹介できたフリジット・フランベルと申します。シルバルディって方いらっしゃいます?」

「はいただいま」


 客を送り出したあとでベッド環境を軽い洗浄、整え直したシルバルディは受付に出た。露骨に残念そうな顔をする男性店員を睨む。


 こら、下心だすな。


「フリジット・フランベル様ですね。レニー様からの紹介ということで割引いたします。コースはどのように?」

「全身コースで指名はシルバルディさんにお願いします。すごく体が軽くなるって聞いたので」

「はーい。会計を先に済ませてからとなりますので会計お願いします」


 シルバルディが促すとフリジットはポーチから財布を取り出し、支払いを済ませる。


「ではこちらへ」


 ベッドに案内し、仕切りをしめる。かごにポーチを入れてもらって、横になってもらった。


「どこを重点的にやりましょうか」

「肩と腰ですかね」

「わかりました。失礼します」


 うわ、この人クソ固。


 触りながらシルバルディはそう思った。肩の筋肉が張りすぎて石でも触っているようだった。とにかく全身の筋肉をほぐしてやらないことにはどうにもならなそうだった。


「軽くさすったりしていきますね」

「お願いします」


 手のひらを使い、押しながらさすっていく。おそらく指圧をしてもあまり指は入らないだろう。


「こってますね、だいぶ。骨も歪んでますし……お辛くないです? これ」

「辛いです……あーそこ、すごくいいです……」

「運動とかしてますか」

「たまーに。暇がないんですよねぇ。最近、目の奥が固い感じがして、頭が痛かったり……」

「相当疲れてますね。定期的に来たほうがいいかも」

「絶対来ます……はぁ」


 ひどく疲れきった声でフリジットがやりとりに応じる。なんならため息混じりだった。


「レニー様とはどういうご関係なんです……? 恋人とか」


 半分冗談で聞いてみると、フリジットは若干頬を赤く染めて、それから悩ましげに口を開いた。


「……いえ。仕事仲間、です」


 ……なんか脈ありそうだな。


「というとフリジット様も冒険者で?」

「元ですね。今は受付嬢しています」

「へぇ、色々されてるんですね」

「色々してますよ、アハハ。もうちょっとだけ仕事減らないかな……」


 切実な呟きだった。


「受付嬢と冒険者って仲良くなるものなんですか」

「いえ、全然。軽く口説かれたり、アピールされたりはなくはないですけど、仲良くなることはほぼないですね」


 そりゃそれだけ見目麗しければ口説かれるでしょうよ、とシルバルディは思った。


「となるとレニー様は特別なんですね」

「……まぁそうなりますね」


 会話をしながら指圧をしてみるが固すぎてどうにもいかない。通常のやり方だと埒が明かなそうだった。


「少し強めにやってもいいですか」

「はい」


 手を組んで軽く気合を入れる。そしてフリジットの背中に手をおいた。


「一気に行くので、言う通りにお願いします」

「わかりました……?」

「息を大きく吸って」

「すぅ」

「吐ききってーリラックス……行きます!」


 ぐっと全身の力と体重を利用して押し込む。

 フリジットの背骨あたりからポキッという音が何重にも重なって響いた。


「おォっ!?」


 驚いたのか、体が一瞬びくりとするフリジット。


 シルバルディはいい仕事ができたと息を吐いた。


「関節破壊スキルの応用、その名もボキボキマッサージです」

「え? もしかして今私殺されかけた!?」

「いえいえ関節のズレを治すものなので害はないです……成功すれば」

「成功すれば!?」


 驚くフリジットを安心させるべく、シルバルディは親指を立てる。


「大丈夫です、私しかできないですし私失敗しないので。では、仰向けをお願いします」

「は、はぁ」


 仰向けになるフリジット。その姿をみながらシルバルディは笑った。


「ようし、腕を鳴らしますよー!」

「腕が鳴るんじゃないんですか!?」

「お客様、終わる頃にはスッキリしますから」

「本当ですね」

「本当です、身を委ねてください」


 ワキワキと指を動かしながら、シルバルディはマッサージを続けた。


 ボキ、と肩を鳴らす。


「あひん」


 ポキッ、と首を鳴らす。


「おっ」


 ガッ、と腰を鳴らす。


「ふにゃあ!」


 反応がいちいち面白いな。


「はーい次座ってください」

「は、はい……うわ何体すごっ! え、すっごい軽い」


 フリジットは肩を後ろに向けて、胸を広げながら感嘆の声をあげる。シルバルディは得意になって胸を張った。


「だから言ったでしょう? あ、自分で同じようなことしないでくださいね。最悪死ぬので」


 正しいアプローチで骨は結果的に鳴っているだけだが、意図的に自分で鳴らそうとする人間もいる。間違えたやり方で神経を傷つけたりしやすいので変に真似はさせたくなかった。


「わ、わかりました。言われることは恐ろしいですけど凄い効果ですね」

「次は肩甲骨をどうにかしましょう」


 そうして体を整えること一時間。

 すっきりした顔のフリジットが立っていた。


「マッサージってすごい」

「あはは。コリの半分くらいは取れましたかね」

「半分でも凄いです!」


 目を輝かせて感想を言うフリジットに、シルバルディは思わず嬉しくなった。


「他の受付嬢にも教えちゃおうっと」

「お客様が増えるのは大歓迎ですのでぜひ」


 帰り支度を済ませたフリジットを店の外まで送る。


「水分はおおめに取ることをおすすめします。コリがひどくなりそうなら一週間後、大丈夫そうなら二週間を目安にまたいらしてください」

「絶対来ます、よろしくお願いします!」


 元気よく帰っていくフリジットの背中に喜びを嚙みしめながら、シルバルディは手を振った。


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