マッサージの話

冒険者とマッサージ

 シルバルディ・リバスは戦慄していた。盗賊団の暗殺者アサシンから足を洗い、人体理解に類するスキルを活かしてマッサージ店を開いたのはいい。そこそこサティナスでの評判も上がり、店員も客も増えてきたところだ。


 やり方さえ覚えてしまえばスキルがなくとも一定のパフォーマンスは出せる。部下にマッサージの方法を教え、店はそこそこの回転率で稼げていた。


 それなのに最悪な客がシルバルディの目の前にやってきていた。

 薄桃色の髪にアメジストの瞳。中肉中背で女性と見間違えそうな中性的な顔立ち。


(ぞ、賊狩りのレニーじゃねえか)


 シルバルディはこの冒険者を知っていた。


 レニー・ユーアーン。


 昔、シルバルディのいた盗賊団を壊滅させた男だった。


「シルバルディさんっている?」

「な、なんの御用でしょうか」


 必死に営業スマイルを貼り付けながら応対する。何か目をつけられたか? 元盗賊団がばれて捕まえにでもきたか。


「マッサージがすごくいいって聞いたんだけど」


 一瞬警戒したが、レニーはただの客で来たようだった。思わず胸を撫でおろす。


「は、はい。マッサージ店ですからね」

「受けたいんだけど」


 レニーはカウンターに立てかけられたメニュー表を見つつ、尋ねる。


「全身コースで、シルバルディさん指名で」

「ありがとうございます。料金は前払いになります」


 料金を支払ってもらい、シルバルディは隣にある通路へ案内した。


「こちらになります」


 仕切りの布をめくるとマッサージ用のベッドが置かれている。ここに横になってもらい、マッサージをしていくという流れだ。この建物には六部屋ほどのスペースがあり、それぞれ仕事をしている。


「金具など、邪魔になりそうなものは予め外してこちらのかごや壁などに」

「わかった」

「時間がかかりそうであれば一度離れますが」

「いや、すぐに終わる」


 説明をしながらベッドの下からかごを出す。それをレニーは受け取って腰のベルトやらを外して中に入れていった。


「はい」


 かごを渡され、ベッドの下にしまう。


「では、ベッドに横になってください。うつぶせですね」


 レニーは特に警戒することなくうつぶせの体勢になった。シルバルディは身をこわばらせながら、レニーの背中に布をかけた。


「では始めて行きますね」

「よろしく」


 まずは軽く首から足先まで触っていく。


「結構骨歪んでますね」

「……歪むとかあるんだ」

「はい。この感じだと背中が相当コリがありますね」

「まぁ、荷物背負うし」


 シルバルディの足を洗う前に得たスキルに「身体把握」がある。このスキルの補正を利用して、今のレニーの体の状態がどんなものなのか、推理していく。


「左に重心が寄ってますかね。何かやってます?」


 初対面を装いながらシルバルディは聞くが、脳裏には短杖を壊しながら目玉の飛び出るくらいの早さで魔弾を撃つ姿が浮かんでいた。


「まぁ、左手で魔法使うから」

「どこ重点的にしてほしいとかあります?」

「左肩かな。動き悪い気がして」

「承知しました」


 まずは左の肩甲骨と右の腰を押して、背中を広げるようにする。体の不調というのは何もその不調箇所だけをほぐせば解消できるようにできていない。筋肉はあらゆるところに繋がっているし、関節の歪みは全体に響く。だから、一見関係なさそうな部位もほぐす必要があるのだ。

 その為、最初は直接肩にはいかず、腰や首をほぐしていく。


「あ……んぐっ……」

「い、痛くないですか」

「きも、ちいいよ。うっ、ふぅ……」


 熱っぽい吐息を漏らしながらレニーが言う。

 気持ちがいいのであればよかった、とシルバルディは安心した。


 というか、なんでこいつは男なのにやけに色っぽい声を出すんだ?

 本当に異性か?


「知り合いに紹介されて、来たんだけど……スッキリするって」

「お名前は?」

「……えっと……」


 数秒沈黙が流れる。


「あの、紹介してくださったお客様の名前を言ってくだされば割引しますが」


 これでも客の記録は取ってある。言われた名前と照らし合わせて本当に知っている客だったら感謝の値引きをするつもりだった。


「……えっと、ねぇ……そのぉ。知らないんだ」

「知らない?」

「酒場で何度か会話したことはあるんだけど名前を聞いてないせいで知らなくてね。だから、値引きはいい」

「はぁ、そうなんですか」

「知り合いの受付嬢とエルフの冒険者が肩こりに悩んでたんだ、ここ紹介してもいいかな? 予想以上に気持ちがいい、から」


 レニーが聞いてくる。客が増えるのは願ったり叶ったりだ。満面の笑みで答えた。


「はい、喜んで」


 腕を伸ばしたり、足を揉んだりして全身を整えるようにマッサージしていく。横向きになったときは肩甲骨はがしと呼ばれる骨の隙間に指を食い込ませて伸ばす行為などを行った。


 ほとんど無言でレニーはマッサージを受けていたが恍惚とした表情でよだれまで少し出ていたので、心底気持ちよかったのだなというのは伝わった。


「あ、おしまいですね」


 一通りやり終えたシルバルディが告げると、とろんとした瞳でレニーがこちらを見た。


「もう、終わり?」

「はい」

「……あ、よだれ」


 袖でよだれを拭い、ベッドから起き上がる。どこかぼーっとした様子で軽く体を伸ばすと、目を見開いた。


「驚いた、凄い軽くなってる」

「それは何よりです」


 レニーは立ち上がると肩を回したり、首を傾けたりして体の調子を確かめる。そして頷いた。


「うん、凄くいい。また来るよ」

「血流が良くなってるのでおおめに水分とってくださいね」

「わかった。次いつくらいに来ればいいとかある?」

「体の調子がよろしくなければいつでも。目安は一ヶ月に一回、体のメンテナンスって感覚できて下さればいいですかね」

「武器と同じね。ありがとう」


 レニーはそういうとかごから自分のものを取り出し、店を後にした。


「ありがとうございましたぁー」


 笑顔で送り出しながらシルバルディはこの言葉を思い出す。


 昨日の敵は今日の友、と。

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