冒険者と報告

 二日後、ギルドにて。

 頭頂部のくせ毛がぴょんと跳ねる。


「レニーさんじゃないですか! やだーお久しぶりですっ!」

「相変わらず元気だね受付さん」


 目を輝かせる受付嬢。

 ここはロゼアではなくカルキスにある冒険者ギルドだった。ラウラの依頼報告の都合上こちらに来たのである。


「こちらに戻ってきたんです?」

「いや、ラウラの手伝いに来ただけだからすぐサティナスの方に行くよ」

「レニー坊、ギルドロゼアの所属冒険者になったんだよ。しかもカットルビー!」


 ラウラがからかうように言うと、受付嬢は衝撃を受けたように固まり、そのくせ毛を揺らした。


「ほ、ホントですか」

「ホント」

「ガーン、うちももっとアプローチしとけば……とほほ」


 あからさまに頭を下げて落ち込む受付嬢。

 ギルド所属の冒険者というのはギルドの宣伝になる。ギルド所属の冒険者に安定した依頼を提供し、冒険者はギルドの宣伝と業務の一部負担を担う。


 等級の高い冒険者であればあるほどギルド所属にして囲い込みたいのだ。


「それより依頼報告させて。あとこいつの換金してよ」


 ラウラが背中にあるものを見せつける。


「モンスターの素材ですか? 珍しいですねラウラさんが持ってくるなんて」

「ふっふーん。レニー坊が狩ったリトルヘッドベアの素材さ」

「り、リトルヘッドベア……あのもしかしてお肉なんかも」

「オレが持ってる」

「……ジュルリ」


 口元を拭う受付嬢。それから身を寄せてきた。


「お肉、いくらで売ってくれます?」


 欲望丸出しだった。


「ちゃんと働きなさい」

「だって状態良いお肉だと絶対競りに出されちゃうじゃないですか! いいなぁ、お肉食べたい! ね、ラウラさん」

「後ろ詰まってるから切り替えてねー」

「ラウラさんまで冷たいっ!?」


 あからさまに落ち込みながら、受付嬢は他のギルド職員を呼ぶ。


「あの……量が多いんで運んでもらっても」

「はいはい。レニー坊、売るお肉ちょーだい」

「はい」


 マジックサックから肉の入った皮袋をいくつか取り出し、ラウラに渡す。

 その様子を受付嬢が羨ましそうに見ていた。


「依頼報告よろしくレニー坊」


 ラウラはギルド職員に連れられて素材の査定に行った。


「……食べました?」

「鍋でね」

「今度私も呼んでください」

「そんな無茶な」

「それでは依頼報告お願いしまーす」


 完全にすねた受付嬢を相手にレニーは依頼の報告をした。




 ○●○●




 宿屋と酒場のメーケ。

 何もかもが久しぶりだが、店内の雰囲気にあまり変わりはなかった。


「さてさて。いるかなぁ」


 額に手を当てて、店内を眺めるラウラ。やがて「あっ」と声を漏らし、カウンター席のひとつを指差す。

 そこには少女がいた。


「あの子だね。どうする? 他の子も見つけようか?」

「ひとりでいい、ありがとう」


 ラウラは笑みを浮かべると、頭を撫でてくる。


「そんじゃ、あたしは疲れたし、寝るわ。臨時収入ありがとうね」


 リトルヘッドベアの素材はそこそこの値段で売れた。肉の方は競売にかけられて、後日ロゼアのほうから料金が払われる仕組みになっている。ラウラに素材を運んでもらったので、三割ほど報酬として渡している。


「その内また会おうね、レニー坊。というか会いに来ていいんだからね」

「気が向いたらね」


 ラウラが拳を出し、レニーもそれに応じて突き合わせる。


「では、少年よ。さらばだ」

「また」


 ラウラは背を向けて、宿屋のメーケに繋がる階段を上っていった。その背中を見送ってから、少女に歩み寄る。


「ペイリーナイツのメンバーってキミ?」


 ペイリーナイツ。かつてラフィエが所属していたパーティーの名前だった。受付嬢にラフィエのパーティーのことを聞き、顔を知っているラウラからメンバーを教えてもらったのだ。

 少女が振り返る。眉尻が上がり、怪しいものを見る目がそこにあった。


「ラフィエって子覚えてるかい」


 名前を聞いた途端、即座に立ち上がってレニーに詰め寄ってきた。


「知ってるの? 今、ラフィエがどうしてるか!」


 瞳には期待の光がこもっていた。レニーは首を振る。


「今どこにいるかとか、何をしてるかはわからない」


 正直に答えると、少女はがくりと肩を落として俯いた。


「ただ、トパーズには上がったよ。たぶん、カットルビーにもなれると思う」

「本当!?」

「本当さ。彼女、サティナスのロゼアギルドにしばらくいたんだ。オレはそこの所属冒険者でね。昇格試験、担当させてもらったよ。今は修行の旅に出ちゃっていないけどね」


 ばっと少女の顔がこちらを向き、明るくなる。


「だからきっといつか、強くなってあいに来るだろうから待っていてほしい」

「……言われなくても、待ってる! 絶対に!」


 レニーは安堵の息を漏らす。

 少女の反応や言葉から、ラフィエが決して疎まれていたわけではないと実感できたからだ。


 満足したレニーは踵を返す。


「それじゃ。伝えたいこと伝えられたし、失礼するよ」

「待って」


 去ろうとするレニーを少女は呼び止める。

 胸に手を置いて、ひと呼吸おくと、口を開いた。


「名前を聞かせてほしい。自分は、メイフ・ノラートだ」


 レニーは静かに答えた。


「レニー・ユーアーン。ソロの冒険者さ」

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