冒険者と魔眼

 カットラスを納刀しようとして刃を見る。月明かりで煌めいた刃がボロボロになっていた。加減したのにこれか。


「げ」


 この間も修理したばかりだというのに。いっそのこともっといい武器にしてもらうか?

 今使っているものはオーダーメイドの杖ほどではないが値が張る。こう何度も使い壊しては懐が寒くなる一方だ。


 現実から目を背けるように鞘にカットラスを納め、大鎌の冒険者の方へ向かう。


 本当はクゥーガハイナの角を剥ぎ取りたかったが状況把握が先だ。


 大鎌の冒険者の方へ歩み寄り、声をかけた。


「やぁ、大丈夫かい」

「は、はい。エル……仲間も大丈夫そうです」


 エルと呼ばれた女性は申し訳なさそうに笑う。

 女性にしては長身でありそうだった。足も長い。暗い赤髪のミディアムヘアで、橙色の瞳をしている。どこか快活な雰囲気を思わせた。


 右の大腿部に包帯が巻かれている。おそらくそこをやられたのだろう。戦闘には参加できまい。


「あのすいません」


 対照的に大鎌の冒険者はかなり小柄なほうだ。下手をすれば子どもと見間違えるかもしれない。背中にある鎌の存在感がより際立っていた。


 大鎌の冒険者はおもむろにフードを脱ぐ。


 薄い茶髪を持つボブカットの少女だった。幼い顔立ちをしており、前髪を長くして瞳が若干隠れるようにしている。髪の毛の隙間から、青い瞳がのぞいていた。


「助けていただいてありがとうございました」


 頭を下げて、そして前髪をかき上げる。やや太眉だった。


 随分綺麗な瞳だな、と思った。不思議な輝きを持つ、どこか吸い込まれそうな、そんな瞳だ。


「ちょ、アルリィ」

「……エル」


 何か抗議しようとするエルに対してアルリィは名を呼ぶだけで言葉を打ち切る。


「あの私、アルリィ・ガズウェルっていいます。こっちはエル・ガドウズ。私もエルもトパーズの冒険者、です」

「どうも。オレはレニー・ユーアーンだ」

「……お強いんですね、レニーさんは」


 ひょこ、と音がしそうな歩み寄り方でアルリィが迫る。瞳がきらきらとしていて、視線がそこに引き込まれる。


「クゥーガハイナを倒せるなんて」

「ギリギリだよ。魔力はもう空っぽ」


 肩をすくめて事実だけを言う。


「そうなんですか。あの、頼みたいことがあるんですけど」

「何だい」

「ここを抜けるまで、守ってくれませんか」


 服の裾を握りしめながら、不安げに言う。


「構わないよ」

「良い、んですか」

「断る理由もないしね。そこのエルさんは無理しない方がいいね、大腿部をやられてるなら出血多量で失神もありうる。傷口を開く真似はやめたほうがいい」


 レニーは手を出した。


「鎌を貸してくれ。ぶっちゃけオレのカットラスはもう使い物にならない」

「わたしの、ですか」

「そう。オレが護衛で、キミが彼女を運ぶ……できるね?」


 一瞬鎌に目線を向ける。それから鎌を引き抜くとレニーに渡した。レニーは肩に担ぐ。


 アルリィはエルを背負う。大腿部に負担をかけないように臀部を支えた。エルは足を曲げてなるべく地に足がつかないように気を付けていた。


「それじゃ行こうか」

「ま、待ってください」


 レニーが先導する形で、歩き出そうとすると、アルリィが呼び止める。


「クゥーガハイナの素材持っていかないんですか」


 アルリィの問いに、レニーは遠くにあるクゥーガハイナの死骸に目を向ける。


「あー、いいかな」


 首を振って否定する。


「でもクゥーガハイナの角、高く売れるんですよね」


 確かに高く売れる。武器として加工すればかなり強いものになる。槍の穂先や刺突用ナイフが妥当だろうか。


「ま、行こう行こう。命あっての物種だしね」


 怪我人を待たせて魔物の素材を優先する趣味はない。

 クゥーガハイナの骨は非常に固い。角だけ持って帰るにしても時間がかかるだろう。その間に二人が襲われれば危険であるし、別段危険を冒してまで討伐証明をする理由も素材を得る理由もない。


 レニーが気にしないようにして歩き始めると、アルリィはしっかりついてきた。


「ねえ、アルリィ。この人……」

「でも、わかんない」


 後ろで二人がそんな会話をしているのが聞こえるが、レニーには何一つ理解できなかった。

 周りを警戒しつつ、森の中を抜けていく。日が沈んだおかげで魔物や動物の大半は眠っているはずだ。


 後ろをこまめに確認しながら歩幅を合わせる。


 ふと目がアルリィと合った。彼女が遠慮がちに小さく唇を開く。


「……大丈夫ですか?」


 主語がなく、抽象的な問いに困惑する。しばし考えて武器のことかと思った。


「鎌の扱いならある程度できる」


 ありがたいことに鎌は両刃であった。これなら押し斬ることもできる。


「剣士なのにですか」

「違う違う。オレはローグ。スキルの中に器用貧乏っていうのがあってね。大体の武器の扱いに補正がかかるんだ。代わりに技術を習熟させるのにかなり時間がかかるようになったけどね」


 雑に扱えはするが極めるとなると途端に厳しくなる。それが「器用貧乏」のスキルの効果であった。おかげでレニーは賊相手に武器を奪って戦い続けられる。一方で剣士相手に剣で戦うと高確率で勝てない。そんな身になってしまった。


「だから心配しなくても大抵の魔物は倒せるさ」

「レニーさんは何等級で?」


 エルの問いに答える。


「カットルビーだ。ま、弱い方だけどね」

「でもすごいです、カットルビー」


 アルリィの呟きにエルが頷いた。


「……レニーさん、変な質問していいですか」

「なんだい」

「わたしの、目を見る前と後で何か変わったりしてません」

「……何か変わるものでもあるの?」


 言葉の意味が理解できずに首を傾げる。


「強いて言うなら目がやたら綺麗に見えるね」

「……そんだけ?」

「そうだね」


 エルの言葉に頷く。

 二人は目を見合わせて呆けた。それからアルリィは頭を軽く振って前髪を下ろす。口の端が上がって、どこか嬉しそうだった。


「なんかあるの」

「わたし、魔眼持ってるんです」


 魔眼。

 基本的に先天性のスキルになる。瞳で何かを見ると特定の現象を引き出すものだ。


「珍しいね」


 強力な魔眼であると魔力を通さないと発動しない場合もあるが、常時発動しているタイプもある。

 魔眼は名の通り目に由来するスキルのため、瞳を隠したり、特殊なメガネをかけると効果が緩和される。常時発動しているタイプはそういったものを利用する場合もあると聞いた。


「効果はなんだい」

「魅了の魔眼。えと、その……異性を誘惑する目です」


 恥ずかしそうに、アルリィは言った。


「……もしかして仲間を助けるために魔眼を使った?」

「……はい」


 俯きながら返答するアルリィ。


 つまり、レニーがアルリィとエルを助ける気が起こるよう、魅了の魔眼を利用した、というわけだ。好意を引き出せれば無碍にはできないだろう。


 関係なく助けていたが。


「なるべく使わないようにして効果は弱めたんです・・・・・・。なので効力はそんな強くないとは思うんですが、全く効いてないとは思いませんでした」

「はぁん」


 スキルは基本的に鍛え上げてきた技術を底上げするようなものだ。弱くなることはほとんどない。スキルを使わなくても体が覚えているのだ。意図的に弱体化するような行為を続けていない限りは。


 剣に関するスキルを持っているものが斧の技術をあげてスキルツリーを伸ばしたとする。だが、それは斧のスキルを伸ばしただけだ。剣のスキルが弱体化する条件にはならない。


 意図的に剣技を間違え続ける。これを数年続ければスキルは消えるだろう。補正に逆らう形になるのだから弱体化を促せる。


 そんなことをするバカはいないが。スキルとは技術であり、誇りでもある。


 先天性の魔眼だからこそ、弱体化させるという手段が取れるのだろう。

 推測でしかないが、目を隠し続けることや目をそらし続ける等だろうか。


「だから、すいませんでした。あなたをたぶらかそうとして」


 不誠実さを謝罪される。しかし、レニーからすれば謝罪されるいわれはないし、そも、仲間を助けようと思っての行動であれば別に構わなかった。


 本人の言う通り効果は薄いのだろう。


 従ってレニーはしばらく思考し、こう返した。


「害無いし気にしなくていいんじゃない?」

「レニーさんドライ……」


 エルの呟きが闇夜に消えていった。

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