荷運びの話

冒険者と荷物持ち

 レニーが食事をしていると、後ろから手で視界を隠された。


「だーれだ?」


 明るくはっきり耳に響く、女声だった。柔らかくもところどころ皮膚が固くなっている手の感触がまぶたから伝わってくる。


「……この声」


 レニーは女性を知っていた。今までロゼアにいなかった冒険者なのは間違いない。


「ラウラでしょ」

「正解! ちゃんと覚えてくれてて嬉しいぞレニー坊」


 肩を組まれて隣で「にしし」と笑われる。


 ラウラ・ペトラルカ。


 それが彼女の名だ。

 ダークブラウンの短髪に吊り目の青い瞳が特徴的だった。

 レニーよりも背が高く、女性にしては高身長だ。スタイルがよく、丈夫さだけで選ばれたベージュの服に革の手袋、黒のズボンといった服装だ。非戦闘員なので非常に軽装になっている。武器も腰にさげた短剣一本だ。


「依頼でこっちきたの?」

「あっはは、当たりぃ。今終わったとこよ」


 ラウラは荷持ちの冒険者だった。荷物持ちの仕事を率先して受けている。荷運びの依頼だけではなくパーティーに一時的に加わって報酬の一部を受け取ったりする。レニーもマジックサックを手に入れるまでは何度か世話になった……というか彼女から来ていた。

 冒険者としては、はっきり先輩と言える相手である。役割ロール運び屋クーリエだ。


「いやぁびっくりしたよ。ここでかわいい子探そうと思ったらさ、レニー坊がいるんだもん」

「ここ所属の冒険者になったからね」

「マジ? レニー坊が? 今等級どこよ」

「カットルビー」

「なるほどなるほどカットルビー……って、はぁああ!?」


 耳元で大声をあげられ、思わず肩を縮こませる。


「オイオイオイ! あんなかわいかったレニー坊がカットルビー!?」


 そこまで言って思い直したように天井を見た。


「あ、今もかわいいよ」


 女性を口説くように甘く囁かれる。


「男に言わないでくれ」

「何いってんの。女からのかわいいは素直に喜んどきなさい、マジで」

「はいはい」

「ところで奢ってくれる? 相席いい?」


 距離感がやたら近いラウラに、レニーはこんな性格だったな、と過去を思い出す。


「奢られる前提なの」

「このパール冒険者にお恵みを」


 組んでた肩が離れ、両手を組んで祈られる。


「とりあえず座ったら」

「さすがレニー坊、好きだよ」

「はいはい」


 ラウラは機嫌よく向かいの席に座った。

 かれこれ彼女とは数年ぶりだ。少なくともロゼアに来てからは初めて会う。


「いやぁ、かわいい後輩ちゃんがもうカットルビーとは」

「運が良かっただけさ」

「運も実力もうちってね。知り合いがカットルビーだなんてあたしも誇らしいよ」


 胸を押し上げるように腕を組んで、笑みを浮かべるラウラ。


「とりあえず注文しなよ」

「ここ甘いものおいしいらしいじゃん。レニー坊、いろいろ教えてよ」


 適当にチョコフルーツとワインを注文する。


「おっ、あたしがワイン好きだってこと覚えてたんだね」

「まぁね」


 ラウラは目を輝かせながらチョコフルーツとワインを楽しみ始めた。


「うわっ、甘いしおいひー」


 頬に手を当てながら、幸せそうにするラウラ。レニーはエールを呷った。


「ねぇレニー坊。パール等級の依頼やる気ない?」

「内容によるけど」


 等級が上がったからといって生活のために働いている面があるのは変わらない。自分の等級と同じ難易度のものばかり選んでいられない。より高い等級を目指して強力な魔物を狩ったり、ダンジョン探索をすることが冒険者の本業というわけではない。


 薬のための薬草採取、食料のためのキノコや山菜採り、狩り。村人の生活の為の害獣駆除や魔物退治。行商人や旅人のための現地調査などなど。冒険者の仕事は多岐にわたる。


 金を稼がねば人は飢える。誰かの生活を助けねば、己の生活が苦しくなる。等級が低くともどれもこれも立派な仕事だ。


「久々にあたしと一緒に仕事ができるんだぞ。喜んで受けときなよ」

「自己評価高いね」

「コンフィデンスラインが五本だからね」

「へぇ、そりゃ凄い」


 コンフィデンスライン。冒険者カードに引かれる信頼度を証明するラインのことをそう呼ぶ。

 基本的に二本だ。等級としてふさわしい人間だと判断された、昇級したての冒険者は二本でスタートする。普通に依頼をこなしていれば二本のままだ。素行が悪ければ一本になる。

 多く依頼をこなし続けて依頼人やギルド職員から良い評価を受け続けるとこれが三本になる。質の良い仕事を提供し続けている冒険者として信頼度が上がった証でもある。

 不測の事態に対応したり、より質の高い仕事をできる冒険者は四本だ。トラブルに迅速に対処できる為、頼られる存在となる。


 そして五本。


 これは自分よりも高い難易度の依頼に「参加」が可能となる。それだけ信頼されている証だ。


 冒険者といえば魔物退治、となりやすい。等級で重視されがちなのは戦闘での貢献度合いや過酷な環境でどれほど生き残れるかだ。過酷な環境となるとどうしても戦闘能力が問われてくる。


 しかしラウラのように荷物運びなどをメインとする完全非戦闘のロールを持つ冒険者は戦闘に貢献できる戦闘系のロールやサポート系のロールと違い、等級が上がりづらい。


 そこを補える、というより難度の高い依頼でも護衛さえいれば仕事を任せられると判断されたほんの一握りの冒険者がコンフィデンスラインが五本になる。


 五本目のみ試験や面接がある。無論、ほんの一部かつ護衛が必要とはいえ、身の丈より上の等級の依頼が受けられるような例外処置を受けられるためだ。


 レニーがトパーズの時はコンフィデンスラインは四本で、今は二本だ。等級が上がればリセットされる。


 コンフィデンスラインは冒険者として不遇になりがちなロールの救済処置の面が強い。ゆえに、等級が上がれば上がるほどあまり意味がなくなってくる。


 極端な話だが伝説級の紫色等トリスティン級の冒険者が五本のラインを所持したところで恩恵はゼロだ。


 トパーズでも「監督権」という自分の等級よりも下の等級の指導を行える権限が付与される。これにより冒険者の指導だけでなく、昇格試験の試験官や冒険者の昇格試験の推薦も可能になる。ギルド職員の負担軽減にもなるが、同時に、その仕事が任されるほど信頼された冒険者になったという証左にもなる。


 つまりコンフィデンスラインの本数に重みがあるのはカットトパーズまでである。それでも五本というのは最上級であるから憧れる存在である。


「久々に昔みたいな冒険しよーよ、レニー坊」

「で、依頼内容は」

「木こりの家に食料を運ぶの」

「わかった」


 断る理由も特になかったので、レニーは快諾した。

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