冒険者と必殺
偽物が起き上がる。鼻からは血が垂れていた。それを拭い、フリジットを睨みつける。
「あーあ。強そうだから
手をかざして、巨大な影の拳を作り出すとフリジットに向かって射出した。
フリジットは姿勢を正したまま、無造作に拳を叩きつける。
腕の力だけで振るわれた拳は、嘘のように巨大な拳を破壊してみせた。
姿が霞んだかと思うと、すでに偽物との間合いを詰めている。
「キミは呼んでないよ」
影がフリジットを包む。球体になり、そのまま収縮して、フリジットの体を圧迫する。
だが、次の瞬間。フリジットが影を破壊した。
拳を横に振っただけでどうにかしたらしい。
「はひっ!?」
間抜けな声を上げて、偽物が後ろへ跳ぶ。
レニーは反射的に魔弾を撃った。着地した瞬間の膝を撃ち、ひるませる。
「ナイス」
フリジットが大地を蹴る。間合いを詰め、拳を叩き込んだ。鳩尾に深く拳が突き刺さる。
「おえっ」
舌が出るほどに口を開けて、偽物が苦しむ。腹を抑えて、二、三歩下がる。
フリジットが追撃しようとするが、地面から生えた無数の棘がフリジットを襲った。
両手を交差させて防御態勢に入る。
棘が体を貫かんと殺到したが、全てフリジットの体に届いては砕けた。防御姿勢のまま、一歩一歩進む。
攻撃を続ける棘を全て防ぎながら。
偽物はダメージを受けた腹を抑えながら必死に後ずさる。
「これで、死んじゃえ」
偽物が影に手を入れ、持ち上げる。手に巨大な槌をまとった偽物は、それをそのまま振り下ろす。
フリジットの体を丸ごと潰す気のようだった。
またもレニーは魔弾を撃った。脇腹、側頭部、膝を撃って態勢を崩す。
「うざい!」
槌が剣に切り替わり、レニーに向けられる。距離を取っているのに刃が簡単に届く範囲であった。
薙ぎ払われた剣を、跳んで
「砕けろ」
レニーの触れた付近が砕け、巨大剣は形を維持できなくなり、影に戻る。着地し、偽物の顔を見る。
明らかに焦りが出ていた。
「レニーくん!」
巨大な狼の顎のようなものが、フリジットに横向きで噛みついていた。フリジットは両腕で攻撃を防ぎ続けながら、叫ぶ。
「五秒、こいつを何もできなくして!」
「わかった!」
レニーはシャドーステップで偽物に迫る。
「ネガティブロック!」
「カットレンジ!」
偽物の展開したネガティブロックをカットレンジでタイミングをずらして潜り抜ける。
「もう見た手法だ、引っかかるかよ」
そして地面に手を置いた。
フリジット、偽物、そしてレニーを囲うように影を全て支配する。
フリジットを拘束していた顎を解除し、偽物を鎖で拘束する。
「ぐっ、離せぇ!」
「……すぅ」
レニーが全魔力を使って偽物を拘束している間に、フリジットは左足を大きく踏み出し、右手を後方の脇のあたりで握りしめる。そこへ左手を添えるように当てる。
右手が炎を纏った。
右拳全体を包み込むように炎が収束し、光輝く。
フリジットを中心に突風が吹き荒れる。右拳に宿る炎の熱は、離れた場所にいるレニーが熱を感じるほどだった。
「や、やめろ……やめろぉ!」
偽物が必死にもがくが、レニーの拘束がそれを許さない。
そして。
「――プロミネンス」
魔法名と共に、フリジットの拳が放たれた。おそらく全力の、右ストレート。腰を捻る勢いや腕の振り、背筋の活用……体全体を使って放たれる、必殺の一撃。
フリジットの前方、偽物に命中した途端、爆発した。
強烈な爆音と熱風が、森に響く。木々が悲鳴を上げ、大地が叫ぶ。
支配していた影が吹き飛ばされ、強制的にスキルが解除された。
「ぐっ」
レニーはなんとかその場に踏み止まる。
灼熱の光の中を目をこらして、見る。やがて、爆発の余波がおさまり、炎が消えた。
視界が晴れた先には――偽物が立っていた。
「……ウソ」
そう呟いたのは偽物だった。
体は全身黒焦げで喋れるのが不思議なくらいだった。そこにスカハの原型はなく、真っ黒い人型の体と白い目だけがある。
「だって、災厄だよ? なのに、こんなところで」
「当たり前よ」
フリジットは腰に手を当てて偽物を見下す。
「だって、戦い方がド素人だもん。力に溺れてる人間なんて、きっかけ一つで簡単に崩れるわ」
「そんな、こと」
座り込んで、レニーは言う。
「体を借りただけでスカハになれたわけじゃない。オレの方が影を支配できたのが証拠だろ。それに力で遊びすぎだ」
偽物はレニーを障害と思っていない、ただスカハのスキルを持ってきてくれたおいしいエサのような態度で話をしていた。
最初から全力で叩けばレニーなんて瞬殺だろうに。
初撃でレニーの方が影の支配力が上だと思わせて容易に実力を出せないようにしたのはレニーだが、初撃ですらお遊びだった偽物だったからこそできたことだ。
油断してなければ仕込めない。
力の使い方も洗練されていないのか、場当たり的だ。
そんな状態なら相手の馬力が同等かそれ以上になった瞬間、ねじ伏せられる。力を持て余しているのならなおさら。
レニーでは無理だが、フリジットであれば叩きのめせるレベルだった。
それだけの話だ。
魔力だけでゴリ押していたかと思うとフリジットを相手にできたあたり、スカハの体が相当強かったのは間違いない。
フリジットは冷めた瞳を向けて口を開く。
「そういうこと。じゃ、さよなら」
「まっ――」
何かを言おうとした偽物の額をフリジットが指で弾く。たったそれだけで、黒い人は灰となり、崩れさった。
そしてそのまま、風に連れ去られていく。残ったスカハの魔力で、わずかに生き延びていただけだったのだろうか。
「はぁ」
ため息を吐く。
フリジットのおかげで勝てた。死ぬことも覚悟していたつもりだったが、こうして生き残っていることに安堵しないわけではない。
「はぁ、じゃないんですけど」
フリジットが歩み寄って、レニーの襟首を掴んで持ち上げた。
「はぁ、じゃないんですけどっ!」
耳元で怒鳴られる。キーン、と耳鳴りがして、骨の髄まで響く。
「ねえ死ぬ気だったでしょ、レニーくん。約束は?」
「え、えと」
「や、く、そ、く、は!?」
「えと……スミマセン」
「なんで私に何も言わずに来たわけ!」
眉間に皺を刻みながら、フリジットが大声をあげる。
「そ、それはスカハ関連だったらフリジットでも勝てるかわからないし」
「尚更きみに倒せるわけないじゃない! 何しようとしてたの」
「……エンチャントカートリッジを爆破させて」
「何? 自爆しようとしてたわけ!?」
「スカハのスキルを抹消すれば少なくとも強くはならないだろ? 分けられて封印されたってことは元に戻せるってことだし。ついでに道連れに出来ればラッキーって」
「いいわけないでしょ! ねぇ!」
両手で襟を掴まれ、前後に揺らされる。カットサファイアの筋力で軽々と頭を揺らされてしまい、レニーの目が回る。
「レニーくんが死ぬくらいなら一緒に死んでやるわよ! カットサファイア舐めんじゃないっての!」
ぶんぶんと、今度は上下に揺らされる。それから盛大に放り投げられる。尻もちをついて、激痛とめまいに悶える。
「お、おえ」
「ふんっ、レニーくんのバカ!」
「ご、ごめん」
フリジットは額に手を当てながら、ため息を吐いた。
「……正直、ひとりで戦ってたらまずかったかもしれない。だからこのくらいで許してあげる」
「え、そう?」
結構圧倒してるように見えたのだが。
「レニーくんがアイツの影を操るスキルに
だから、と。
フリジットはレニーに手を差し出す。レニーが手を伸ばすと引っ張って立ち上がらせる。
「レニーくんのおかげ」
立ち上がると、更に腕を引っ張られて体を寄せられる。
そして、抱きしめられた。
心臓の鼓動が、重なっている感覚がした。肌に伝わる体温が、レニーを戸惑わせる。
「ふ、フリジット?」
「本当に生きててよかった」
耳元で囁かれる。
すぐにフリジットが体を離す。
「帰ろ、ね?」
上目遣いにそう言われる。レニーは頷いたが、気の抜けたせいか、その場に座り込んだ。
「……腰、抜けたかも」
夜空が白み始め、朝を告げようとする。フリジットは軽々とレニーを抱き上げた。
「あの、フリジットさん」
「なぁに、レニーくん」
「さすがに
「我慢してくださーい」
楽しげに歩き始めた。
「でも勢いで体消滅させちゃったけど、スカハにとっては良かったのかな」
「偽物に成り代わられるよりよっぽど良かったと思うよ」
スカハはあまり世界をどうこうしようとするような性格に思えなかった。封印された後に性格が変わったのか、元々何か誤解があったのか、知る術はない。
ただ、彼女の理想でなくとも望んだ結果に近いとは思えた。
「スキルもらったレニーくんが言うんだから気にしなくていいのかな」
「それよりどうしてオレが戦ってるってわかったの」
「レニーくんが食事しに行ったときに、ルミナさんから敵の情報を確認したの。レニーくんも確認してたって言ってた。あのね、ルミナさん心配してたよ、思い詰めた顔してたって」
フリジットは喉を鳴らす。
「他人のこと気にしてくれてることのはわかるけど、自分も気にされてるって自覚を持ちなさい」
諭すように、優しく言われる。
「……で、どうやってわかったの」
「何度も扉に耳を当てて、呼吸音を確かめたの。いなくなるならこのタイミングって思ってね。呼吸が聞こえなくなったタイミングで速攻外出たわ」
思ったよりも執念を感じる方法だった。
「なんかキミの方がよっぽど付き纏いっぽい行動してない?」
「命には変えられません! やめてほしいなら事前に相談すること。わかった?」
怒り顔で迫られる。抱きかかえられているせいで間近に顔が来た。
少しドキリとする。
「聞いてるぅ!?」
「あ、ハイ。スイマセン」
「ルミナさんにもこれからそうすること。同じソロでギルド所属なんでしょ? ちゃんとコミュニケーション取る」
「ハイ」
言い返す言葉が何一つ見つからなかった。
このまま、一生頭が上がりそうにない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます