冒険者と諦め

「でもさ、キミイ」


 勝利を確信したように偽物が笑う。


「魔力大して持ってないんでしょ? ここら一帯を支配したらソッコーで尽きるくらいには」

「さて、どうかな」


 偽物は両手を広げて上にあげる。影から巨大な腕が何本も生えてくる。


「支配の強度はキミのほうが上。認めるよ、元はスカハのスキルなんだろうし。けど支配範囲は圧倒的にワタシのほうがある。この体の圧倒的な魔力とワタシのスキルを持ってすれば、ね」


 無言で魔弾を撃つ。

 しかし、偽物を囲うように影の茨が発生して魔弾を防いだ。


「攻撃手段は魔弾、剣、そしてワタシの影を乗っ取ること。随分貧弱な手札だねぇ!」


 茨を解除しながら、得意げに語られる。

 レニーは舌打ちする。


 腕の数は十本で、しかもそこらの木を鷲掴みにできそうなほど巨大な手だ。

 支配し返しても一本が限度だろう。


 カットラスを握りしめる。

 相手が面で制圧しようとしてくるのなら点で攻略するしかない。どうにかくぐり抜けて、斬る。


 ──できるか?


 疑問が心を弱くする。しかしやるしかない。

 例え、命尽き果てようが、倒す以外、レニーは認めない。


 人の仲間をズタボロにして、人の体で好き勝手しているあの偽物はここで仕留めなければならない。


 腕が殺到する。

 レニーはその群れに突撃した。

 シャドーステップで加速し、目前の手をカットレンジでくぐり抜ける。

 そうして、偽物に近づいていく。


 一歩一歩が遠かった。


 それでも走り続けた。


 最後の一本を跳び上がって抜けきる。


「取った」


 カットレンジで偽物の前までたどり着き、カットラスを振るう。


 だが、体が動かなくなった。


「アハッ」


 何度も体を動かそうとするが、どうにもならない。


「ネガティブロック。特殊なフィールドをつくって拘束する魔法だよ。ピンポイントで閉じ込めなきゃだから、拘束力が高い代わりに扱い難しいんだ。戦士相手なら捉えきれないし力も相まって抜け出されることもあるし、魔法使いは近付かない。同レベルの相手なら効かないんだ」


 魔法なら影じゃない。支配できない。そして意図的に体を宙に浮かせられている。魔法で体を拘束されているのなら地面の影を利用したいところだ。しかし、体が触れていなければ影は支配できない。


 レニーは無言で杖の方に視線を落とす。正確にはベルトに収納されているエンチャントカートリッジだ。


「せっかくだからじっくり苦しめてやろうかしら」


 顔を近づけて、満足げに微笑む。


「……早く殺したほうがいいと思うよ」

「はっ、キミに権利なんかないよ」


 レニーは笑う。


 魔力は十分練ってある。あとは全ての魔力をエンチャントカートリッジに注ぎ込んで爆破させればいい。


 通常と同じ魔弾を撃つ使い方なら爆破できないが、間違った注ぎ方をすれば爆発させられる。レッドロード相手にシルカットを爆発させたのと同じような仕組みだ。


 そしてその爆発でレニー自身の体と偽物の体を消し炭にするくらい、わけないことだ。


 最初から相手を油断させて自分ごと消し去るのが目的だった。

 本当にスカハに関係があるのなら、そしてルミナを倒す力を持つのなら野放しにできない。

 スカハの力が世界に害を為すのであれば、完全に能力を得られなくすればいい。


「それでもならず者ローグってのは何でもやるのさ」


 レニーは勝利にこだわらない。


「アッハハ、ローグだったんだぁ、凄いねえ。そのロールでその強さ。まさにスカハのスキルのおかげって感じぃ」


 影から剣を生成し、引き抜く。


「でも確かに。キミ何かやらかすかもしれないし、死んでもらお」


 剣が振るわれる。レニーは仕込みを発動させようとして──


 ──顔面を横から殴られ、視界から追放される偽物を見た。


「……え?」


 視界の中心には拳。革と鉄が組み合わされた篭手をつけている。拳が引かれ、思わず目で追う。


 風に揺れる白銀の髪に、強い意志を宿した水色と朱色のオッドアイ。

 見間違え……なわけはない。


 フリジットがそこにいた。


「ふ、フリジット」

「レニーくん」


 いつもの明るい声ではなく、真剣味の帯びた、どこか怒りを感じさせる落ち着いた声。

 視線の先には殴り飛ばした偽物がいる。


「アイツ、倒すよ」


 ガンッ、と。

 篭手がぶつかりあった音が響く。

 両の拳を叩きつけて、フリジットは宣言した。

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