冒険者とカゲ
窓から月の光が差し込む。月を写したようにルミナの髪が煌めく。
レニーはぼうっとルミナを見ているだけだった。ここに来てからほとんどの時間をこうしている。
夢の内容が頭をこびりついて離れない。あの女はなんだ。少女に何があったのか。なぜ「逃げて」なのか。
もし夢に意味があって、それがルミナに関係があるのなら。
レニーは沸き上がるドス黒い感情を抑え込む。
関係あったところで、レニーにはどうしようもない。レニーよりも強いルミナが負けて、フリジットが調査する事態になっているのだ。レニーが行ったところで負けるのが目に見えている。
何もできないのだ。
「……ニー」
自分には今。
「レニー」
どう足掻いても。
「レニー」
肩を叩かれて、はっと我に返る。
どうやら意識が飛んでいたらしい。いつの間にか朝になっていた。
目を向けると、そこにはモートンが立っている。
「一度外に出てくれ。処置をする」
「わかった」
レニーは部屋の外に出る。昨日のようにがちゃがちゃと物音が響き、処置が始まる。
昨日ほど時間はかからなかった。
扉が開いてモートンが出てくる。
「点滴の入れ替えと洗浄、診察を済ませた。あとは夕方また点滴の中身を入れ替える」
「ちなみに目が覚めたら?」
「安静にしておくように伝えてくれ。それだけだ。特に呼ばなくていい。フリジットは調査に出た。わたしは休む」
モートンは大あくびをしながら、宿の階段を降りていく。
「ありがとう」
モートンは手を挙げて振るだけだった。レニーは部屋に戻る。
イスに座った。
二日続けてまともに横になっていない。とはいえ睡眠はとっている。
抜け殻のようにその場に座るだけだった。
ルミナが無事で目覚めるようにという想いと、ルミナの敵への憎悪だけを募らせていく。
以前、レニーが死にかけたことがあった。レッドロード相手に、無茶をして、重傷を負ったときのことだった。フリジットもルミナも、目覚めたときに怒っていた。
起きるまでこんな気分だったのだろうか。
両手を組んで、額に当てる。
ただひたすら待った。
ただひたすらに……。
…………祈る。
静かに。
「…………レニー?」
声が聞こえて、目を開ける。
か細くて、羽虫の鳴くようなものだったが、聞き間違うはずのない声だ。
いつぶりかの碧眼がレニーの顔を反射している。
窓を確認する。まだ昼か、明るい。
「やぁ、ルミナ」
「……ボク、生きてるの」
「オレが天使か悪魔にでも見えるかい」
ルミナは首を小さく振る。
「レニー」
「生きてるよ、ルミナ。ちゃんと、生きてる」
微笑んでみせる。
視界がぐわんと歪んだ。
「レニー、泣いてるの?」
「あぁ。嬉しいよ、また話ができて」
声を震わせながら、現実を噛みしめる。袖で涙を拭い、ルミナの顔を見るが、すぐに見えなくなった。
「医者が診てくれたんだ。安静に、してろだってさ」
「わかった」
「かなりの重傷だったみたい」
「うん。死を覚悟、した」
嬉しさで涙と笑みが溢れた。感情がぐちゃぐちゃになって、言葉が出ない。
――障害が残る可能性もある
今のところ障害はなさそうだ。体は完全に治癒してからでなければわからないだろう。
本人に伝えるのは後で良い。
敵なんて今はどうでもいい。ルミナが目覚めた。それだけで十分だ。
「何かほしいものとかあるか? 買ってくるよ」
「……手、握って。ほしい」
レニーは両手でルミナの手を優しく握った。
「感触、あるかい」
目が動く。
「……少しだけ」
「……ない、んだね」
「起きた、ばかり。だから」
「こうして会話できれば十分さ。オレは」
こんなに涙が止まらないのはいつぶりだろう。
最後に泣いたのがいつだったか、記憶にない。
「ははっ、ごめん。涙止まんなくて」
「……ボクの、せい。でも嬉しい」
「そっか。なら、いいか」
ルミナの手から伝わるわずかな体温を実感しながら、レニーはしばらく泣き続けた。
ただひたすらに喜びに身を震わせた。
しばらくして涙が落ち着いてくると、ぐちゃぐちゃに絡まっていた感情がほどけていく。
涙を瞬きで落とす。
「ルミナ。今、話せそうかい?」
「うん、平気」
「敵の事、聞いていい」
「……凄く強い。影、使ってた。黒い武器とか、魔法とか出してきた」
影。
それはレニーも使う攻撃手段だった。最近見た夢の内容が頭をちらつく。
「オレのスキルみたいなもんか」
「レニーより、強い」
「だろうね」
「影の範囲、自分で広げてきた」
反則だろ。
レニーは心の中で思わず突っ込んでしまっていた。影を支配できるだけでも強力なのに、自分で影の範囲を広げられるということは、レニーからすればスキル使いたい放題である。
強力なスキルは発動条件が安易ではないこと、または十分な効果を発揮させるのに手間や工夫が必要だからこそ成り立っている節がある。
ルミナのジャイアントキリングが良い例だ。敵が巨大でなければまず発動しない。だが、相手が巨大であれば絶大なバフを得る事ができる。
強力なスキルや魔法の条件を緩和できる手段は非常に有用だ。
「見た目は」
「女の子。黒髪、目は紫」
記憶がフラッシュバックする。
「……わかった。ありがとう、ルミナ」
レニーはそれ以上聞かないことにした。
ルミナにとってその戦闘がトラウマになっているかもしれない。あまり掘り下げすぎるのも良くないだろう。
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