冒険者と夢


「ねえレニー」

「なんだい」

「ボクが死んだら、どう思う?」


 いつのことだったか、明確には覚えてない。何かの依頼の帰りであったことは確かだ。


 二人並んで歩きながら、ルミナはそんな会話を切り出してきた。


「どうって。そりゃ悲しいだろうね」

「レニーも、悲しむ、の?」


 ジロリと横目で見る。ルミナは目をぱちくりさせていた。


「キミ、オレを何だと思ってるわけ」

「優しい」

「いやなんでその認識で悲しむのかと言う疑問が出るんだ」

「レニー、あんまり喜んだりとかしないから」


 レニーは肩をすくめる。あまりルミナにそういうところをみせた覚えがないし、直近で嬉しいことと言われても思いつかなかった。


「……場面がないだけさ。ところで急にどうしたんだい? 死んだらなんて物騒な話題出してさ」

「……ボク、お礼言われるの、好き」

「公言する人初めてだな」

「そのために、冒険者してる」

「……へ?」


 驚いて表情を確認するが、至って真剣そうだった。


「それだけ?」


 コクリ、と頷かれる。


「……あ。あとご飯」


 肉を食べるルミナの姿が容易に思い出せた。こっちのほうがレニーにはしっくり来た。


「うん、納得」

「他の冒険者キラキラしてる」

「そうかな。オレは濁りまくってない?」

「レニーは別」

「あ、ハイ」


 冗談のつもりで言ったがストレートに肯定されてしまった。


「ボク、そういうのない。いつ死ぬかわからない。あとソロ。今までお礼を言われて満足してた。けど、死んだら何か残るのかなって。ちょっと思った」


 レニーはルミナが話し終えるまで静かに聞いた。

 少し考えてから、レニーは人差し指を顔の前に立てる。


「誰も気にしてないと思うよ。死んだあとの事なんて。いや考えたくないっていうのが正しいかな」

「どうして」

「そりゃ、ほらこうやって話をしてる方が楽しいからさ。パーティーメンバーとかとね」

「ボク、いない」

「オレもいない」


 胸を張る。


「よしじゃあ、こう考えよう」

「なに」

「オレらはソロ仲間だ」

「うん」


 ソロ仲間。

 初めて会ったときに、言った言葉だった。

 大して考えもせずに出した言葉だったが、あれから何度も一緒に依頼をこなすうちに現実感が出てきていた。


「だから、お互いのことを絶対に忘れない。そしたら記憶に残るだろ?」

「残る」

「目的がない者同士、ソロ冒険者同士、パーティーじゃなくとも、ちゃんと仲間だ」

「……仲間」


 ルミナは自分の胸に手を当てる。


 その胸中にどのような感情が渦巻いていたのかレニーにはわからない。ただ言えるのは、嫌ではなさそうだということだけだ。


「……名前」

「ん?」

「呼んで」

「ルミナさん?」


 ルミナは首を振る。


「呼び捨て。ソロ仲間だから」

「わかった、ルミナ」


 ルミナは顔を背けて、口元に手を当てる。心なしか顔が少し赤いように見えた。


「……嬉しい。ソロ仲間」

「そりゃ良かった」


 二人で並んで歩く。

 いつかこの関係が終わるとしても、きっと大事な思い出だ。




  ○●○●




 正直に言うと、地獄のような時間だった。どれほど時間が経ったのか、レニーにはわからない。一日経過してても驚かないくらい長く感じたが、日は落ちていないし、一日経過してるのならフリジットは一度戻ってきたりするだろう。

 それがないということは、つまり大して時間は経っていないのだ。


 扉が開いてモートンが顔を出す。


 思わず立ち上がり、詰め寄った。


「どうだった」

「……生きてはいる。意識はない。そのうち戻るだろう」


 モートンが身を引く。


「入れ。騒ぐなよ」


 ごくりと唾を飲み込む。異様に重たく感じる足を引きずるようにして部屋に入った。


 ルミナのベッドに横になっていた。ベッドに横たわってる体には全身包帯が巻かれている。腕には管のようなものが刺さっており、鉄の棒に吊り下げられた袋と繋がっている。


「点滴だ。端的に言えば血管に無理ない程度の栄養を流し込んでいる」

「ルミナの状態は」

「全身ズタボロ。出血は止まっていたがな。失血死していないのは、一重にこの子の頑丈さとスキルのおかげだろう」


 ひとまず安心する。命あっての物種だろう。


「意識がない期間があったということはそれだけ脳にダメージが入ったということだ」


 頭を指差しながら、モートンは続ける。


「障害が残る可能性もある」


 さっと血の気が引く。


「障害ってのは」

「体が動かせなくなる、意思疎通ができなくなる、いろいろ考えられる」

「なんとかできないのか」

「最善は尽くした。正常に脳が働いてくれるかどうかだ」


 レニーは静かに座り込むと、ルミナの顔を見た。

 まるで眠っているかのように綺麗な顔だった。規則正しく呼吸もできている。


「傍にいるうえで注意事項はある?」

「体に触れてもいいが、揺らすな。衝撃を与えるな。語り掛けてもいい。だが大声を出すな。以上だ」


 モートンは自分が使っていたであろうイスをベッドに横付けし、レニーに座るように促してくる。


「ありがとう」

「どういたしまして。では、わたしはいろいろ整理したいことがある。フリジットから部屋の鍵をもらっているか」


 頷く。

 手の中にある二つの鍵のうち、一つを渡す。


「鍵は預けておこう。そばにいてやれ」


 部屋の鍵を受け取る。それをきゅっと握りしめた。それからテーブルに置く。


「では、失礼する」


 モートンは用が終わったとばかりに部屋を出る。レニーは扉の鍵を閉めてからイスに座りなおした。


「ルミナ、オレだよ」


 静かに語り掛ける。当然、返事はない。


「ずっとここで、待ってるから。だから声をそのうち聞かせてくれ。それだけで、いいから」


 ルミナの頬にぽたりと、雫が落ちた。




  ○●○●




――暗闇の中に立っている。


 黒しかないのに、上下関係はわかった。レニーは黒い泉に下半身つけている。


 正面に少女が立っている。

 レニーと同じように、下半身を泉につけていた。闇に溶け込むような黒髪と、宝石のような輝きを持った紫色の瞳を持っている。


 少女はレニーに向けて何かを話しているが何も聞こえない。


『逃げて』


 なのになぜか何を言っているかわかった。


 逃げる? 何に?


 レニーの頭に疑問が浮かぶ。


 いつもと違う・・・・・・


 少女は首を抑えて苦しみだす。髪を振り乱し、叫び声を上げる。レニーは少女を助けようと、思わず手を伸ばした。


 だが。


 少女の口からひょいと指が表れた。両手で、口を無理やりこじ開けるように出現する。

 そして横に、少女の口が広げられる。


 少女は上を向き、大量の血を吐いた。黒い泉を赤に染めていく。


 絶句した。


 ありえない光景に、動けなくなる。


 少女の口から、何か這い出ていた。手で口を押し、物理法則を完全に無視して、体を出現させる。


 血に塗れているものの、体のラインはわかった。


 女性だ。

 少女の血で真っ赤に染まった女性の上半身が出てくる。カエルのような目をぎょろりとこちらに向け、口が裂けそうなほど吊り上げる。


「みぃいいつけたぁああ」


 笑う。

 肩を震わせて、全身で喜びを表現する。

 少女の体が黒い泉に沈む。


「アッハハハハ! アッハハハハ! 全部ぜーんぶワタシのもの!」


 笑い声が響き渡る。

 黒い泉が赤に染まっていく。その様子を、レニーはただ、唖然と見ていることしかできなかった。




  ○●○●




 イスから落ちそうになった体を、反射的に起こす。


「……今のは」


 レニーは頭を抑えながら、ルミナの顔を見る。穏やかであるのを確認して、ため息を吐く。

 ただの夢か、それとも。


 部屋にノックが響く。


 レニーは頭に痛みを感じながら扉の鍵を開けた。扉を開くと、その先にはフリジットがいた。


「モートンから話は聞いたわ。中入って良い?」

「たぶん、ルミナも喜ぶと思う」


 部屋にフリジットを招き入れる。二人で並んでルミナの様子を見る。


「ルミナさんの依頼主に話を聞いてきたわ。明日、ルミナさんが襲われたらしい場所を虱潰しらみつぶしに探してみる」

「……気を付けて」

「大丈夫?」


 体を寄せて、フリジットはレニーを気遣う。レニーは頷いた。


「ちゃんと自分も休めてね」

「わかってる」

「……ならいいけど」


 フリジットはルミナを見下ろしながら、拳を握りしめる。


「レニーくん」

「なんだい」

「しっかり居てあげてね。たぶん目が覚めて一番に会いたいのはレニーくんだろうから」

「……そうかな」

「そうだよ。だから私に任せてね」


 フリジットはレニーに背を向ける。


「それじゃ、そろそろ寝るね。おやすみレニーくん」

「おやすみ」


 フリジットが部屋から出ていき、レニーは扉を閉める。


 レニーはルミナの顔を見ながら、夜を過ごした。


 少しでも早く目覚めるよう、祈りながら。

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