冒険者と記憶

 夕方。

 モートンとフリジットが部屋にやってきた。


 フリジットは目覚めたルミナを見るなり、涙ぐみながらそばに寄った。


「良かった、ルミナさん……本当に……!」


 手を握ってルミナの目覚めを喜ぶフリジット。


「ごめん、フリジット」

「いいの。生きてるだけで嬉しい」


 モートンは無言で点滴の中身を変える。


 レニーはイスから離れた場所でそれを眺めていた。


 なんだかひどく眠い。

 モートンは点滴を変え終えるとレニーを見る。


「レニー、寝不足だな。食事を取って部屋で休むといい」

「……うん? あー、わかった」

「しばらく鍵を預かろう」


 モートンに鍵を渡し、レニーはルミナに手を振る。


「また後で来るよ」


 ルミナが頷くのを確認してから、レニーは部屋を出た。


 ひとまず言われた通り、食事をしてベッドで寝よう。




○●○●




 レニーは食事を終わらせて宿の部屋に入った。フリジットが借りてくれた、寝泊りのための部屋だ。


 思った以上に疲れていたのかベッドに倒れ込むなり、強い眠気が襲ってきた。


 こっそりフリジットに聞いたが、まだ敵を見つけられてないと言っていた。


「黒い髪に、紫色の瞳。おまけに影を操る能力か」


 その容姿にレニーは覚えがあった。単なる偶然もあるが、夢を見たせいで偶然とは思えなかった。

 レニーに闇属性魔法の適性を与え、影の女王に捧ぐ、影の尖兵などのスキルを継承した少女。


 災厄の女王、影の女王スカハ。


 世界から光を奪い、闇に堕としたと伝えられている。英雄たちによって封印され、そして今は光を取り戻した世界が続いている……といった感じだ。冒険者の世界では、伝説上の話で実在自体は疑われていることのほうが多い。子どもの頃に読み聞かせられる話の一種だ。


 レニーも正直信じていなかった。


 スカハに出会うまでは。




○●○●




 ――邪教徒集団の討伐。

 それはスカハを信仰する邪教徒の凶行を止める為の依頼であった。パール冒険者も何人か参加しての、集団戦であった。


 特筆すべきことは正直なかった。レニーが一番等級が高く、中枢となるメンバーを叩くのに向いていた為、パール冒険者たちに雑魚は任せて、突っ込んだ。


 敵自体は大したこともなかった。


 遺跡の高台。石づくりで円形の祭壇のような場所で、やつらを倒しきった。

 しかし、やつらが祭壇に仕込んでいた術式が、やつらの残り少ない命を残った魔力を吸い切って発動した。


 それで復活したのが、黒髪に、紫色の瞳を持った少女。


「無駄死になんてしなくていいのに」


 死体を見下ろして、少女は寂しげに言った。

 レニーは武器に手をかけながら、それでも少女と向き合う。


「キミは、何だ?」

「スカハ。世界を闇に堕としいれた女よ」


 痛々しい表情を浮かべながらスカハが答える。どこか悲しげだった。


 邪教徒たちが信仰していた対象と、この遺跡のような場所で命まで捨てて儀式をしたのだから。それがスカハであることは、現実味がないながらも一番可能性が高く、説得力があった。


 レニーは周りを見渡して、生きている人間が今は自分しかいないことを確認する。


「何をするつもり」

「……何も」

「そう」


 警戒を解く。


「どうして武器から手を離すの? 英雄になれるチャンスよ?」

「戦う意味がないからしないだけだけど」

「あるじゃない。目の前に魔女がいるのよ」

「魔女って呼ばれ方してたの。まぁどうでもいいよ、何もしないんでしょ」


 レニーは手を振る。


「敵意もないのに殺す意味なんてない」

「そこで死んでる人たちの親玉みたいなものよ? 状況くらいわかるわ、あなたは復活の儀式を阻止しにきた人で、ここの全員殺したって。復活の儀式が成功しちゃったんだから、倒すものじゃないの」

「キミ、こいつらと関係あるわけ」


 死体を指差す。

 スカハは首を振った。


「ならやっぱりどうでもいいじゃん」

「でも、キミを騙してまた世界を闇に堕としいれるかも」

「ないね。見ず知らずの邪教徒に心を痛めるくらいだ。その気はない」

「断言できる理由は」

「表情と言葉、行動」


 スカハは怪訝そうな表情をみせた。


「復活したのに一度も笑ってない。言葉は消極的で、未だにオレと戦う素振りを見せない。むしろ促すだけ。むしろ死にたいのかなって思うくらいだ」


 レニーが説明してみせると、スカハは驚いたように目を見開いた。やがて、俯いて、ため息を吐く。


「もし、わたしが生きたいって言ったら?」

「いいんじゃない」

「下の生きてる人たち、仲間でしょ。どう言い訳するの」

「生贄にされそうになった子を助けた、のほうが封印が解けましたよりもよっぽど受け入れやすい事実さ」

「怖くないの?」

「何もしないなら、ただの人でしょ」


 沈黙が訪れた。

 少なくとも一分は沈黙していた。その間、レニーは黙って、続きを待った。


「……太陽が見たい」

「うん」

「朝日が見たいの」

「どうぞ」

「わたしには無理」

「なんで」

「体がないもの」


 胸に手を当てて、スカハは告げる。


「魂だけでここに封印されてたの。封印され続けた結果、弱体化してるし、体がないからすぐ戻される」

「避ける方法は?」

「キミの影に一時的に入らせて。あと魔力をもらう。それで太陽を拝むくらいまではできる」

「オレの貧弱な魔力で朝までもつかね。まぁ、どうぞ」


 レニーは自分の影を指差す。


「いいの」

「いいよ。冒険者っていうのは夢をみせるもの、らしいし」


 スカハは戸惑いがちにレニーのそばによるとその影に入り込んだ。


 邪教徒は全滅。


 パール冒険者には先に帰るように告げて、レニーは遺跡に残った。遺跡を離れすぎるとスカハの魂を戻す力が強くなってしまうとのことだった。祭壇に上がりなおして、階段とは逆の、淵に座り込む。眼下には崖と、草原が広がっている。


「死体片付けたいんだけど、ギルドの調査があるからそのままだね。情緒も何もない感じで悪いけど」

「いいの。わたしの罪と罰だから」


 影が盛り上がって、上半身だけスカハが姿を見せる。


「あなたこそ平気なの」

「トカゲの尻尾きりで信者を集団自殺させてたやつららしいし、どうでもいいかな。気にしないよ、血の匂いも」

「……あなた、名前は」

「レニー・ユーアーン」


 空が白み始める。下から吹く風が心地よかった。背後に死体がなければもっといいのだが。


「わたしのこと、スカハって呼んで」

「わかったよ、スカハ」

「ねえレニー」

「なんだい」

「ありがとう」


 スカハは微笑む。レニーは片膝を立てて、そこに腕を置いた。


「わたしが生きてたときにもレニーみたいな人がいれば良かったのに」

「オレは結構ロクデナシだと思うけど」

「変わってるのは否定しない」

「冒険者としては平々凡々さ。ならず者ローグだし、伸びしろがない」

「ふーん」


 意味ありげに、スカハはレニーを見る。


「じゃあ、プレゼントあげるね」

「じゃあってなんだ。何もらえるの」

「それはお楽しみってことで」


 太陽が昇る。

 スカハは全身を出すと、両手を広げて朝日を浴びた。


「あー、真っ暗じゃないって最高」


 くるりと一回転して、ニッコリ笑う。


「レニー、忘れないよ。たった一晩の、王子様!」


 淵から足が落ちる。

 だが、スカハは落ちなかった。日を当てて透ける布のように、体が透けて、最後には消えた。


 レニーは無言で立ち上がる。


「王子様は恥ずかしいな」


 全身で太陽を浴びながら、そう呟いた。

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