冒険者と進む事
それから数か月後。
「ねぇねぇ、レニーさん」
「なんだい受付嬢さん」
依頼達成の報告中、弾む声で受付嬢が話す。心なしか、頭頂部のくせ毛がひとりでに跳ねているように見える。
「この間の賊狩りの二つ名、通させて頂きました」
「本当にやったんだ」
この行動力を他に活かせないのだろうか。少し呆れる。しかし受付嬢はしてやったりと瞳を輝かせていた。
「何度も残党狩りをしたレニーさんの活躍とギルドでちょこちょこっと噂を流したり、いろいろ活動をしたおかげですね。賊の被害が去年の半分以下に減りました! わーパチパチパチ!」
笑顔で拍手をする受付嬢。そして顔を近づけた。
「このまま全滅させてしまいましょう。ラブアンドピースです」
「オレの仕事は?」
「いくらでもあるじゃないですかーやだー! 魔物退治とか、魔物退治とかぁ、魔物退治とかっ! ねっ!」
「やらせたいの間違いじゃ」
ぷくぅと、頬が膨らむ。
「だってぇ、レニーさんぜんっぜん魔物討伐してくれないんですもん。薬草採集とか、害獣駆除とか、商人護衛とか、いろいろやってくれるのは助かるんですけどぉ。やっぱり強い魔物の素材の剥ぎ取りとかトパーズならではのですねぇ」
「そのうちね、そのうち」
「むぅ、いつになることやら」
深く深くため息を吐く受付嬢。先ほどまでぴょんぴょん跳ねていたくせ毛も萎びた草のように元気をなくしていた。
「ではでは、しばらく報告に誤りがないか調査いたしますので報酬はお待ちを。これが報酬受け取りの為の紙ですね。後日またこの紙を持ってですね、この私に会いに来てくださいねっ!」
ぺろっと舌を出してアピールしてくる受付嬢。レニーはその姿を冷めた目で見た。
「へーい」
「反応薄っ!?」
カウンターを叩きながら受付嬢が愕然とする。
しかししばらくして気を取り直したのか咳払いした。
「これでシガット一味の残党と思われるものは全部狩り切ったと言えますね」
「地味に長かったな」
結局一番金になったのはシガットの武具とファングの大型ナイフだった。お宝を集めるタイプの賊ではなかったらしく、芸術品や宝が拝めなかったのは残念だ。
「次の依頼何にします?」
「うーん、芸術品盗んでる盗賊一派とかいないの」
「いませんよ。どこかの地域では怪盗っていうのがお宝盗みまくってるらしいですけど」
「なにそれ」
「何でもわざわざ予告状を出して、富豪のコレクションを盗むらしいんです」
「へぇ」
そのうち捕まえに行こう。そしてコレクション見まくろう。
「それじゃ、しばらく適当なのやるかな」
ぱっと受付嬢の表情に光が灯る。
「つまり、魔物討伐ですね!」
「他の冒険者に任せるよ」
「ガクッ」
派手に転ぶ真似をする受付嬢を尻目に、レニーはギルドを出た。
○●○●
酒場で潰れていた。
「おいおいレニー飲み過ぎじゃないのか」
店主がみかねたのか、声をかけてくる。
「ヒック、あと一杯」
「なんか一回挟め。フルーツジュースとかどうだ」
「じゃあそれで」
カウンターの上で突っ伏しながら、レニーは酒を飲みまくっていた。
ようやっと
「ほいよ。少しは酔い覚ませ」
店主に言われ、手を挙げる。ジュースの入ったコップを掴み、ちびちびと飲む。喉がカラカラだったのでやけに染みた。
なぜ同じ液体を飲んでいるのに酒は喉が渇くのか。
レニーにその答えを知る
「随分、酔ってるみたいね」
「あん?」
レニーが目線だけ向けるとそこには見覚えのある顔があった。
「えっと……ゼツさん?」
「セツよ」
「今のはアレ、喉がカラカラだったから濁音ぽく聞こえただけで」
「いや絶対忘れてたでしょ。モテないわよ」
「いらない」
「いうと思った」
隣に座ってくる。
頬杖をついて、優しい笑みを浮かべて、レニーを見下ろす。
「私ね、故郷に帰る事にしたわ」
「……そうかい」
「うん。ここにいると辛い事ばかり思い出すから」
「前に進めて何よりだ」
「逃げるようなものよ」
「生きてる証拠さ」
レニーはフルーツジュースを飲んだ。セツはサラダとエールを頼む。
「ずっと、残党狩りしてたみたいね。賊狩りさん」
「そうだね」
「なんでしてたの」
「……第二の、とか出て勢力拡大させられたら苦労が水の泡だしね。あとは、憂さ晴らしかな」
目を閉じて、シガット討伐での出来事を思い出す。連れていかれそうになっていた少女を。牢でのセツの姿を。大広間での光景を。
レニーは決して正義感で動く人間ではない。
ただ単純に、不快だったから、その元凶を徹底的に潰せるのなら潰そうと思った。
それだけだった。
犠牲者が救われるわけがない。自分の心が満たされるわけではない。
ただ、安堵はできる。それだけの為だ。
「ありがとう」
「仕事なだけさ」
仕事ついでに憂さ晴らしができるならやらない理由はない。
しばらく無言になる。
元々親しい間柄でもない。会ったのも、あの日以来だ。
隣はサラダを食べ終え、エールを飲みきる。
レニーはフルーツジュースが半分ほど残っていた。
「……ねえ、名前。教えてよ」
「知ってるんじゃない?」
「そうだけど。名乗ってくれてなかったじゃない」
「……レニー。レニー・ユーアーン」
「ねえレニー」
「なんだい」
頬に柔らかいものが触れる。
それが何か自覚する前に、離れた。
レニーはセツの顔を見上げた。
「お礼。物だと受け取らないだろうし。これくらいならいいでしょ、こうするくらいの気持ちってこと」
「……キミは」
「好きとかじゃないけど……うん。あんたを驚かせたかった」
満足げに立ち上がる。
「じゃあねレニー」
好き勝手して背中を向けて去っていくセツ。
それがレニーの見た最後の姿だった。
レニーはその姿を最後まで見送ってから頬を触った。
まるで幻みたいな、儚い感触だった。
○●○●
人が、飛ぶ。
「ぎょえっ」
間抜けな声を出してさっきまで飛んでいた男は、地面に体を叩きつけられて気絶した。
荒れた道の真ん中。野宿をしていたレニーを、賊どもが囲んでいた。
「おいこいつがどうなっても、ぶへぇっ!?」
武装をしていない商人を人質にしようとした男の顔面を、マジックバレットで正確に撃つ。
「遅いね」
左手に短杖。右手には男から奪った斧。
「でやぁ!」
斧を振り下ろされる。レニーは軽く身を引き、それを避けると蹴りを敵に叩き込んだ。
「ぐへぇ」
腹を抑えて崩れ落ちる男。
賊は四人組らしかった。あまり数はいない。
「今回の依頼は商人さんと商品の護衛なんでね。足洗うっていうなら見逃すけど」
「けっ、誰が」
最後のリーダーらしき人物が斧を構える。
「あ、アニキ」
「なんだ」
蹴られた男が、リーダーに声をかける。邪魔をするなと言わんばかりにリーダーが睨むが、蹴られた男は怯えながらリーダーに訴えた。
「左手に短杖。右手に剣……今は斧だけど。さらに目に見えないほどの早さで撃たれるマジックバレット。こいつは間違いねえ、賊狩りだ!」
蹴られた男の言葉に、リーダーがみるみる青ざめていく。
「ぞ、ぞく」
「はいおしまい」
斧の側面で顎を叩く。それだけで斧の柄が折れた。
その衝撃でリーダーは白目を剥き、倒れる。
「ヒィイ!」
蹴られた男が怯える。
「自首してくれる?」
斧を捨てて、短杖の先をそちらに向ける。男は何度も頷いた。
「よし。ここらへんは覚えたから噂が立つようならすぐ潰しにくるからね。わかった?」
男は蹴られた腹を抑えながらも、頷いた。
「んじゃ、場所移しますか商人さん」
「はい」
短杖を腰の短剣用のホルスターにしまう。
商人は眠気眼ながらも立ち上がる。レニーは大きな荷物袋を持ち上げると商人の代わりに背負った。それから自分のサックと剣を拾う。
「あなたを雇って良かったよ。レニーさん」
「運が良いだけさ。それより、ひとりで商売なんて大変だねぇ」
支度を済ませて、二人で歩き出す。賊どもは当然置いていく。賞金首でもなければ依頼の対象でもない。
ひとまず放置でいいだろう。あの感じ、グラファイトでもどうにでもなる。
道を進む。
まだまだ、ソロ冒険者レニーの仕事は終わらない。
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