冒険者と在り方
「あぁ、そうそうセツさんね。覚えてる覚えてる」
「適当な返事ね。ま、いいんだけど」
セツは手を挙げて、店主に酒を頼む。レニーは飲んだことのない度数の高い酒だった。
セツはやってきた酒を一気に飲み干して、追加を頼んだ。
「ぷはぁ」
「おぉ、いい飲みっぷり」
追加で来た酒には口を付けず、レニーへ体を向ける。
「ギルドの受付嬢からあんたがよくここに来るって聞いたの。というか男でびっくりした」
「男だよ。それで、何の用で」
「お礼」
セツは姿勢を正した。そして頭を下げる。
「あんたのおかげで私は生きてられる。だから……ありがとう」
「感謝される筋合いはないね」
頭が上がる。驚いた顔がそこにあった。
「キミのパーティーメンバーは死んだんだろ。最後のあの子は?」
「……壊れてた」
俯いて、セツは自分の腕を掴んだ。指が肉に喰いこんでいくのがわかる。
「故郷帰ったよ、どうしようもできないから」
「そ」
レニーは返答すべき言葉を見つけられず、短く相槌を打つことしかできなかった。
精神が崩壊して続けられなくなる。道半ばで死ぬ。冒険者であればいつ起こってもおかしくないことだ。しかし、覚悟していても、わかったつもりでいても、自分の元にそれが落ちてきたときには受け入れられるものではない。
レニーに仲間はいない。だから落ちてくるとすれば己自身だ。ある意味気が楽なのかもしれない。
残される心配はないから。
「キミは助かってない。オレが助けたのはあそこに連れていかれる予定だった
「でも、地獄の日々を終わらせてくれた。それだけで十分」
レニーの手を、セツが握って引く。
「今更って思われるかもしれないけど、お礼がしたいの。私にできることなら何でもする。だから……」
身を寄せられた。
温かい肌の熱が感じられる。腕に、柔らかい感触が否が応でも伝わってくる。
「やめときな」
レニーはただ、静かに視線をそらした。
「……彼女いるの? 経験は」
「ないね」
「なら使い捨てでもいいから経験してみない?」
甘く囁かれる。
レニーはセツの表情を一瞥する。
「オレはキミに同情しないし、感謝されたいわけでもない。だから期待してるものなら手に入らないよ」
別に清く正しく、なんて恋愛観を持っているわけではない。ただ、今隣にいる彼女は溺れたくて仕方がないのだ。
現実から逃げる為に。忘れる為に。
逃避に付き合ってやるほどの間柄ではない。
セツはレニーから体を離し、酒を一気に飲んだ。
「……私じゃお礼にならない? 魅力、ない?」
「最初から言ってる。オレはキミを助けてない……理由はそれだけだ」
「他のモノは? あんたのほうが等級上だから、稼ぎはアレだけど」
「くどいね。キミからもらうものは何もない」
カエル肉を食べ終えて、エールを飲み干す。
「おっさん! エール追加」
「はいよ」
ジョッキが入れ替わる。
セツは俯いて、膝の上に拳を置いた。唇を噛みしめ、肩を震わせる。
「私、何に
「……さぁね」
涙がぽたぽたと拳の上に落ちる。
冒険者は誰かを助ける仕事だが、誰もが救われる仕事じゃない。だからレニーはセツの心の傷を癒せない。
それには長い時間が必要で、たまたま居合わせたレニーに背負えるものでない。そのつもりはないし、己に適性があると思えない。
「冒険者を続けるつもりは」
「わからない。でも生きる為には仕事はしないと」
「金は?」
「しばらくは生きていける」
「なら、とりあえず泣けばいい」
「それで何か変わるの」
「さてね。変わるかもしれないし、変わらないかも」
「適当に言うのね」
「何が正解かわからないからね。吐くほど飲むのもいいかもしれないし、死ぬほど寝るのもいいかもしれない。ひとつ言えるのはオレがキミに寄り添ったとしても破綻するだけってことさ」
「自分が背負うのが嫌なだけじゃないの」
「そうともいう」
レニーがきっぱり返すと、セツは涙を拭った。
「ひどい男」
キッと睨んで恨み言を吐いたセツに、レニーは淡々と答えた。
「こちとら
エールを飲み終えて立ち上がる。
「キミは残るかい? オレは帰るけど」
「帰るわ」
「そ。なら勘定はオレがしとくよ」
「私が払うわ。助けてもらったし」
「助けてないし助けられない」
二人分の会計を済ませて、外に出る。
意外と財布にダメージの入るお値段だった。
「……ごめん」
「何が」
「今日は本当に、お礼に来たんだ。だけど、いざ会話になるとわけわかんなくなって、助けてほしくなっちゃって、八つ当たりしちゃって……ダメね、私」
「いいんじゃないかな。八つ当たりでも何でも」
レニーはセツに振り返る。
「だってキミ生きてるじゃないか」
死ねば終わりだ。
諦めれば終わりだ。
それはそれで、楽なのかもしれない。
「終わりにすれば苦しくなくて済む。生きてれば必ずいい方向に転がるとは言わない。もっと苦しむことだってあるかもしれない。それでもキミはもがきたいからオレに縋ろうとした」
レニーは責めない。
それほど相手のことを知っていないから。それほど相手に関わるつもりもないから。
でもだからこそ言える。
「いいことさ。好き勝手しなよ。少なくとも、オレは責めはしないさ」
セツは俯くとただぼそりと呟いた。
「拒否はするのに」
「それはオレの権利だから」
「……無責任」
「一番楽でしょ?」
「そうね。楽ね」
ゆらゆらとレニーに近づくと、レニーの胸に自身の頭をぶつける。
「ねえ。ひと気がないところ行こう」
「なんで」
「泣きたいの。今日だけ付き合って」
「わかった。今夜だけね」
今は夜中だ。街の人たちは寝静まっている。適当に道から外れた場所に行くだけで、目的は達成された。
前を歩いていたレニーの背中にしがみついて、セツが静かに泣き始める。
レニーは慰めない。ただ、黙って、背中を貸した。
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