冒険者とシラハ鳥
「チッ! これだからモンスターは」
黒い凶刃を避けながら、レニーは頭の中で戦い方を考える。
完全に日が落ちて影を全力で使えるようになったとしよう。
ネガティブバインドを使おうものなら上空に逃げられる。しかも苦手な魔法のせいで隙が出来て首を取られて終わりだ。
ありったけの身体能力バフをかけたとする。速度は出るだろうが仕留めきれるほど時間が持たないだろう。
身体能力強化したところで速度と攻撃力に優れたラフィエでも有効打にならなかったのだ。戦闘特化ではないレニーの身体能力なぞたかが知れている。
レッドロードなどはシャドーハンズやネガティブバインドを避ける術がない。注意を引き、足元に忍ばせるか、近接攻撃時に挟み込めば拘束できる。
魔弾で牽制しまくっているが、それをやめた途端、シラハ鳥は上空に逃げ、空から黒い刃を飛ばしまくるだろう。そうなるとレニーは何もできない。
空という鳥のテリトリーに今のレニーの攻撃は通じない。
しかもこのシラハ鳥。脚で加速して翼を振るうだけでも段違いで脅威だ。
距離をとったと思ったら一瞬で間合いを詰めて翼を振るってくる。早撃ちで攻撃タイミングをずらして避けられているものの、剣士に振り回されているようでまるで活路が見いだせない。
やはり木々の間を縫って全力で逃げるのが最善策か。
カットルビーになってもこれとは情けない。
距離を取るとシラハ鳥は自分の翼を研ぎ始めた。
「オレって、おいしそうに見えるかね?」
肩で息をしながら汗を拭う。
シラハ鳥が余裕ぶってる間にマジックサックとカットラスを放り投げる。
速度が命だ。もう邪魔だ。
「雷属性でもぶち込んでやりたいね」
やりたいが、バレット切り替え時の三秒の隙なんて見せたら首と体がさよならになる。
「すぅ」
魔力を杖と足に巡らせる。
それに反応してシラハ鳥が迫った。
シャドーステップを発動し、幻影と加速を付与する。更にカットレンジで瞬間加速を上げ、シラハ鳥の後ろに回り込む。
「スタッ……あぶなっ!」
魔法を使う前に振り向きざまの一撃が飛んできた。急いで残った加速効果で逃げる。
隙をつくって少しでも
「はぁ……はぁ……ムリかも」
いや絶対無理。クソが。
ラフィエが逃げ切る時間は稼げただろう。だが、魔力はもう半分以下だ。逃げ切るとしたら凶性魔力を発動させての身を削りながら脚にありったけのバフを注ぎ込んでの逃走だが、バフを注ぎ込むのに時間がかかる。
自前の魔力は持って十秒。その後は体に悲鳴を上げさせながらの逃走だ。ラフィエと違って妨害のない自分は追いかけられるだろう。
空を飛べるということはそれだけ広い視界を持てるということだ。現状スピードでやや負けているのに、撒けるだろうか。
……あれ、詰んでね?
「ははは……飛んだクソモンスだなお前」
今のうちに悪態つきまくってやろう。どうせ最期だし。
「逃げるのヤメ! 今夜は焼き鳥だ!」
精一杯の強がりでもって、レニーは自分に許される範囲の影を支配し、影の尖兵のスキルのバフをかけた。
○●○●
「ハッ……ハッ……」
走るのをやめる。暗闇の中を振り返る。
──やっぱ友達なら、もう一回あったほうがいいよ!
レニーの、最後の言葉を思い返す。
音が鳴るほどに歯を噛み締め、胸のあたりを掴む。
レニーは逃げられただろうか?
本当に自分は逃げていいのだろうか。
そんな疑問が頭の中をぐるぐると回る。
ロゼアのギルドに来てから受けた依頼で、盗賊退治を思い出す。
ヘラという冒険者の、仇討ちを手伝ったときのことだ。パーティーメンバーの仇だと、聞いた。
パーティーメンバーを失ったヘラの、憎悪に燃える姿も、寂しげな姿も覚えている。
……いいのだろうか。本当に?
レニーが死ぬかもしれないのに。
自分は胸を張って戻れるだろうか。恩人を犠牲にして、それで、仲間に会いに行けるだろうか。
強く、強く、拳を握りしめる。血を滲ませて、己の顔を殴った。
走ってきた方向を見る。
その瞳に決意が宿っていた。
走る。
サーベルにホーリーセイバーの魔法をかけながら走る。
「ごめんなさいっ」
もしかしたら手遅れかもしれない。想いを無駄にしてしまうかもしれない。
それでもラフィエは必死に戻った。
「レニーさん。お願い生きてて」
走る。
息を切らしながら、足をもつれさせながら、それでも走り続ける。
──そして、戻ってきた。
柄を掴んで、抜刀の構えを取る。
レニーは生きていた。血まみれになりながら、それでもシラハ鳥を低空に留めている。
全身に魔力を巡らせる。ありったけの身体能力強化を自分にのせる。
サーベルにホーリーセイバーをかけ続けて威力を上げる。
「すぅ、はぁ……」
大丈夫。大丈夫。
自分ならできる。一撃で仕留める。
深呼吸して、集中力を高める。
大きく前に踏み込んで前傾姿勢を取った。少し、ほんの少しだけ刃を抜く。
目の前で鮮血が舞う。
レニーが左腕を斬られて、杖を落としたところだった。
「しまっ──」
レニーの顔が絶望に染まる瞬間、ラフィエは反射的に動いていた。
「──ウィング、スピード」
加速の魔法で一気に駆け抜ける。
白閃一刀。
全身全霊の一撃でもって、突撃する。
サーベルを引き抜き、シラハ鳥へ払う。
「でやぁ!」
反応が一瞬遅れたものの、シラハ鳥は動いた。翼をふるい、刃を衝突させる。
金属同士のこすれ合う音が響く。白き刃と黒き刃が争う。
火花が散る。
「あぁあああああ!」
叫んだ。
止められた刃を無理矢理に押し込む。両手でサーベルを押し、あらん限りの力を込める。
負けられない。
自分しかいない。パーティーメンバーもいなければ助けてくれる者もいない。負ければ自分だけじゃない。恩人まで死なせてしまう。
そんなのは嫌だ。
心を燃やして、全力を込める。
「でりゃあああ!」
やがて。
カーン、と。
甲高い音が響いた。
そしてそれを認識したころには斬り抜けていた。
急いで振り返る。
シラハ鳥は叫び声を上げながら翼をはためかせる。
片翼の半分から先が切断され、血を流している。地面に両断された翼が落ちていた。
──いける!
そう思ったのもつかの間、持っていたサーベルが軽いことに気付く。見ると、サーベルの根元近くから刃がなかった。
カラン、と。背後で音が響く。
さーっと、血の気が引いた。一瞬で希望が絶望へと変わる。
「あ、あ」
今がチャンスだというのに武器がない。
「……ラフィエ!」
レニーが左肩を抑えながら声を張り上げる。思わず、レニーに視線が吸い込まれる。
レニーはラフィエを見ていなかった。名前を呼んだというのに、その視線は全く別のところに向いている。
その視線の先に、希望の糸が見えた。
ラフィエは急いで走り出すと地面に転がっていたそれを蹴り上げた。
それをしっかり掴む。
レニーが投げ捨てたであろうカットラスだった。
引き抜いて、シラハ鳥へ迫る。
それに気付いたシラハ鳥は連続で魔法を放ってきた。翼の飛行能力を奪ったおかげで空に逃げられない。
奪ったのは左翼。相手は腕を失ったようなものだ。隙さえつければ勝ちだ。
ならば、断ち斬るのみ。
姿勢を低くし、地面を蹴って、ラフィエはシラハ鳥へ迫る。
──届け。
紙一重で連発される魔法を避けながら、走り抜ける。魔法は翼の動きに連動して放たれている。距離を詰めれば、魔法はほとんど意味をなさないだろう。
あと、少し。
──届け。
翼の刃を注視する。異様に時間がゆっくりに、ゴールが遠く感じた。
あと、一歩。されど一歩。
シラハ鳥は大きく翼を振りかぶる。
──届け!
横薙ぎに翼の刃が振るわれた瞬間、大きく跳び上がった。
足の先ギリギリを翼の刃がかすめる。片翼しかないシラハ鳥はそれでバランスを崩し、明確な隙になる。
「もらったァ!」
空中で残りの魔力を全部使う。そして、スタースマイトを放つ。
流星のごとき一撃は、シラハ鳥の頭蓋を断ち、体を真っ二つにした。
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