冒険者と逃走

 シラハ鳥と呼ばれるモンスターがいる。

 白い体毛に覆われていて黒い瞳は小さくつぶらで、くちばしも平べったく短く、可愛らしい見た目をしている。


 ただ体長は成人男性ほどあり、肉食だ。馬車が襲われて馬が食われそうになることもある。


 シラハ鳥の武器は翼だ。正確にいうと広げた翼の上の方の先、半分が鋼鉄の刃のようになっている。採取できればそれをそのまま片刃のショートソードの刃として使えるほどに切れ味と耐久性がある。

 シラハ鳥はその羽根を使って空から急降下してから、獲物の首を切断するという手段で獲物を捉えている。その姿から斬首鳥とも言われている。

 白刃を持つ鳥。というわけだ。


 シラハ鳥は腐った大木や山小屋を破壊して自分の住処とする。森や山の中で生きている分には無害だが、このモンスターの行動範囲は広い。普通に近くの道を通る行商人などを襲う。


 日が沈みだすころに山に侵入したラフィエとレニーはシラハ鳥の住処を探していた。

 事前情報である程度の位置がわかるものの、正確な位置までは現地に行ってみないとわからない。


「レニーさん」

「なんだい」

「疲れてない?」

「いや、全然」


 淡々と返されるものの、レニーのテンションは明らかに低かった。血色がやや悪いようにも見える。


「無茶しないでね」

「はは、お互い様さ」


 強がるように乾いた笑いを浮かべるレニー。それから軽くあくびをした。


「シラハ鳥だろ。トパーズひとりでもやれなくはない。平気さ」


 シラハ鳥は夜は眠っている。寝ているところを最大火力で攻撃すれば簡単に攻略できる。


 ただ音に敏感なので細心の注意を払わなければならない。


 ラフィエは木の上に登ったりして、周囲を確かめながら、レニーは地上の安全を確保しながら無言で進んでいく。


 二時間は経っただろうか。


 屋根が破壊された山小屋を見つけた。

 シラハ鳥の巣だ。


 息を潜めて、山小屋に近づく。


「よし、オレがいく。ラフィエさんは外で戦闘準備」


 山小屋の近くでレニーが小声で指示を出した。

 ローグのロールだ。侵入にはなれている。ラフィエだと音を響かせてシラハ鳥を起こしてしまう可能性があるが、レニーであれば確実だ。


 レニーは静かに山小屋の入り口を開け、侵入する。


 ラフィエはサーベルを構えて魔力を注ぎ込んだ。レニーが魔弾で仕留めて終わりだろうが、念の為だ。


 数秒待った。


 開いた扉からレニーが飛び出てきた。


 体をふっ飛ばされたようで、地面を転がっていく。それでも即座に立ち上がると抜いていたカットラスを構えた。


「レニーさん!?」

「前見ろ! タダのシラハ鳥じゃないぞ!」


 急いで振り返る。山小屋から黒い影が空に飛んだ。

 翼を広げて、こちらを見下ろす。


 月に照らされて姿が見える。全身白いはずのシラハ鳥の翼が黒かった。さらには黒い瞳は赤く発光している。


 シラハ鳥は耳をつんざくような鳴き声を響かせるとその場・・・で翼を振るった。


「え」


 黒い刃がラフィエに降ってくる。

 魔法だ。シラハ鳥は魔法で戦う魔物ではない。


 ラフィエは全力で抜刀すると黒い刃を斬りさくべく、振るった。


 甲高い金属音が響く。全力で振るったというのに、一撃が止められていた。黒い刃とサーベルが鍔迫り合いのように互いの軸を震わせながら力を拮抗させる。


「このっ」


 全身に力を込めて黒い刃をなんとか断ち切る。

 安心する暇などなかった。


 低空飛行をしながらシラハ鳥が翼をラフィエに振るってきたのだ。


「っ! ウィングスピード! スタースマイト!」


 加速の魔法で跳び上がり、魔力を込めた一撃を振り下ろす。

 全体重をのせた重い一撃とシラハ鳥の翼が火花を散らしながらぶつかり合う。


 そしてラフィエの体が弾き飛ばされた。


「きゃあ!」


 空中に体が投げ出され、反対側の翼が首を狩りに来る。

 だが後ろから飛んできた魔弾がそれを遮った。そして落ちてきたラフィエの体をがっしりとした体が受け止める。


「大丈夫かい」


 レニーだ。


「う、うん。ありがとう」

「逃げれる?」


 立ち上がりながら問われる。

 思わず体が震えた。


「それって、私が足手まといってこと」

「敵が未知数だ。オレでも倒せるかわからない。動きでだいたいわかる」


 だから、とレニーはシラハ鳥を警戒しながら言葉を続ける。

 シラハ鳥は余裕そうにくちばしで翼の刃を研いでいた。


「死なせたくない。かと言って素直に二人とも逃げれるとも限らない」

「……っ!」


 ──ラフィエ、今までお前ががんばってきたのはわかるんだ。


 記憶がフラッシュバックする。


「マジックバレットならヤツを牽制できる。だけど多分、オレにはそれで精一杯だ」


 ──でももうあたしらもカットルビーだから、さ。


 トラウマが、心を弱くする。


「大丈夫。時間を稼いだら、オレもスキル全部使って逃げる・・・から」

「……逃げ切れなかったら?」


 レニーは無言でラフィエを庇うように前に出た。


「そんときはそんときさ」


 杖をシラハ鳥に向ける。


「屈め!」


 シラハ鳥が黒い刃を飛ばしてくる。

 レニーが屈んでシラハ鳥に飛び込む。そして魔弾を撃ち始めた。

 ラフィエも屈んで黒い刃を避ける。

 目を向けるとシラハ鳥の標的は完全にレニーに移ったようで、シラハ鳥とレニーの戦いが始まっていた。


「レニーさ」

「逃げろ!」


 言葉を遮られ、怒鳴られる。

 しかしそれも一瞬で、すぐに優しげな雰囲気になった。


「あと、やっぱ友達ならさ。もう一回あったほうがいいよ!」


 凶刃を避けながらそう叫ぶ。


 ──本当はこんな別れはしたくなかったんだ。悪いんだけど……


「あ、あ」


 全身硬直して震える。

 前に一歩踏み出せない。足が後ろを向きたがっている。


 本能が逃げたがっている。


「あ、あ……うあああああ!」


 ラフィエは叫びながらその場を逃げ出した。


 涙を滲ませながら、全身を責めるように叩く心臓の鼓動を感じながら。


 逃げた。

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