冒険者と居眠り
フリジットが酒場ロゼアにやってくると、珍しい姿があった。
レニーがテーブルの上に伏せていた。ジョッキを片手に、潰れている。
「ほぉ。ほぉほぉほぉ!」
ゆっくり、近づいてその顔を覗き込む。桃色の髪がテーブルと頭に挟まれて一部くしゃくしゃになっている。アメジストの瞳は完全に目蓋に隠され、口を小さく開けて呼吸をしている。
童顔で中性的な顔は、少女にも見えた。
普段介抱されるか、ほどほどで解散するかしかなかったフリジットにとって、珍しい姿だった。
テーブルを抱えるような腕の投げ出し方をしており、完全に寝入っているのがわかる。
「ムフフフ……」
左頬がぺったりテーブルにくっついている。
知り合いの無防備な姿のなんと面白いことか。
このまま眺めているのもいいが、フリジットも食事がしたい。更に言うなら閉店まで放置していると店員に起こされる。
もったいない。どうせなら自分で起こしたい。
「ちょん……ちょんっ」
指先で頬をつつく。
眉間にシワがよった。
「んっ……」
思いがけないほど女の子のような声がした。普段では絶対ないような声に、胸が高鳴る。
「え、何。今の可愛い声」
頬をもう一度つつく。
「つんつん」
「うぅん……」
顔を反らされた。反対側を向いて、もぞもぞ身じろぎする。
「起きて下さーい」
肩を叩く。優しく何度も叩くと、頭が上がってきた。
「あー、うん?」
髪がくしゃくしゃになった頭を、ガジガジかく。
状況を確かめるように左右を見渡して、目があった。
ニッコリ笑顔で返す。
「おはよ」
「……おはよ」
寝ぼけ眼のまま、大あくびする。手のひらで口の中は見えないように隠していた。
「オレ、寝てたのか。起こしてくれたのかい?」
「うん、相席したくてね」
「……どうぞ」
向かい側に手を向ける。フリジットは得意げに椅子に座り、夕飯を頼んだ。
「可愛いね、レニーくんの寝顔。役得だったよー」
「ルミナみたいなこと言うね」
「レニーくん、他の女の子の名前出さないほうがいいと思うよ?」
片目を閉じて首をかしげる。
「……なんで?」
「ふふん……ルミナさんに同じことしたら駄目だからね」
「なんだかわかんないけど……わかった」
不服そうに了承するレニー。
フリジットは身を乗り出すようにテーブルに肘を置いてレニーを見つめた。
「こんなになるまで酔っちゃってぇ。何かあったの? お姉さんが聞いてあげようか?」
怪訝そうな視線が向けられる。
「……歳上だっけ」
「歳上だよ」
冒険者の年齢は受付嬢の都合上、冒険者カードを確認する機会も多い。身分証明にもなる冒険者カードに生年が記載されている。鑑定系のスキルで測定された生年なので正確だ。そこから年齢はわかる。
「何歳?」
「……歳上だよ」
「いやだからいくつ」
「と、し、う、え。だよ?」
目を細められる。
「……ハイ」
面倒臭そうに返事をされた。
……なんで他人の感情には敏感なのにこういうのには鈍感なのか。というか関心がないのだろうか。
「それで、ここまで酔った原因は何」
「考え事しながらちびちび飲み続けたら寝てた」
「悩み事かな」
「いや全く」
「じゃあ何よ」
レニーは頬杖をついて眠そうにする。
店員が来てフリジットの前にはミートソースパスタとエールが置かれた。
「あ、水お願い」
レニーが水を頼み、フリジットはパスタを食べだす。
「ラフィエさんのこと、考えてた。元のパーティーに戻りたいのかなって」
「あー、というか十分悩みじゃない?」
「別にオレが考えなくとも、彼女冒険者としてはやってけるだろうしねぇ。大きな目標や夢を持つことが必ずしもいい事とは限らないし」
誰もが冒険を求めて冒険者になる。英雄を目指す者、ロールの道を極めようとする者……志しは立派でも、どれもこれも誰もが成功できるものではない。
伝説になったり、世界に名を轟かせるのはほんのひと握りだ。
ほとんどがカットトパーズか、トパーズで己の限界を感じて止まる。腐るものもいれば、あがき続けるもの、現状に満足する者など受け入れ方はそれぞれだ。
「レニーくんには目標とかないの。必死になれるような、さ」
「あるように見える?」
「……ないね」
肩をすくめられる。
「パーティーを組んだこともないからさ。仲間の大切さとか正直わからないんだ」
「例えばだけどさ、ルミナさんがここからいなくなるとしたら」
パーティーメンバーではないとはいえ、大切に思っている人のひとりだろう。
「同じギルド所属だからありえないだろうけど」
レニーはそう前置きをした上で、淡々と答えた。
「きっと前向きな理由でもそうじゃないとしても、オレはルミナがそう決めたのなら笑顔で送り出せると思う」
「寂しくないの? いてほしいって思わない?」
「寂しいさ。でも冒険者だし、ソロだし、そういうもんだろ。仕方ないさ」
レニーは物事を受け入れすぎだと、フリジットは思った。自分の意志はしっかり持っているが、流れに身を任せる節がある。
フリジットが以前依頼した「恋人のフリ」。普通は恋人のフリができることを喜んだり、逆に嫌がるものだ。
自分自身それなりにモテている自覚はある。普通は前者だ。他に好きな人がいれば後者になる可能性が高い。
レニーは完全に仕事と割り切っていた。割り切れることは冒険者としては才能だ。依頼をこなすという一点において、私情を挟まないのは達成の一番の近道だからだ。
知っていても人間は感情で動くものだ。実行できているということはかなりドライな性格、なのだろう。
受付嬢として見れば好ましい性格だ。けれど好意を抱く者としては悩ましいところだ。
きっとレニーがラフィエの立場だったとしてもラフィエほど悩まないし、仲間に未練も持たない。ラフィエとは真逆の性格だからだ。
そんなレニーには、ラフィエの悩みに付き添うことはできないだろう。
ただ付き添うことが正解とも限らない。人間の難しいところだ。
「人間関係って難しいからねえ」
「……支援課ってさ」
「うん」
「ギルドのためなの。冒険者のためなの。どっち?」
「どっちもだよ」
フリジットは即答した。
「私の憧れの受付嬢ね。冒険者のために全力だった。特にギルドのためとか考えてなかったと思う。だから憧れてるのは冒険者のための支援課」
でもね、とフリジットは続ける。
「その人の努力って報われてるものじゃなかったと思うの。だからそんな人たちが報われてほしい、そう思って始めたギルドだからギルドのために動きたい。だから両方」
「ちなみにその受付嬢は誘えたの」
フリジットは首を振る。
「精神病んでやめたって。別の仕事してた。勧誘してみたけどダメだった」
「そうだったんだ」
レニーは黙り込んだ。店員が持ってきた水を飲みながら、テーブルを見つめている。
フリジットは冷めきったパスタを食べきり、エールを飲み干してひと息ついた。
「レニーくんはどうしたいの」
「別段どうしたいとかではないんだ。ただ彼女には何か必要なんじゃないかなって。そう思って、自分ができることってなんだろうって、考えてた」
「いいなぁ」
「なんで?」
「レニーくんにそこまで考えてもらえるなんて。元恋人としては羨ましい限りだよ」
レニーは小首を傾げる。
「恋人のフリ、ね。だいたいキミのときもこれ以上に考え込んでたし、一時期ルミナのことも考え込んでたときもあるよ」
「……え、そうなの」
「うん」
全くそういう素振りを見せないから意外だった。
そっか。自分も大切にされてるんだ。真剣に考えてくれてたんだ。
表情がゆるんでしまう。
「明日依頼なんだ。そろそろ帰らないと。キミは?」
「うーんもう少しいるよ。ちなみに日付変わってるから今日です」
「なら尚更寝とかないと。話聞いてくれてありがとう。それじゃ」
レニーは立ち上がって酒場を立ち去る。
しばらくしてお腹が落ち着いたフリジット会計しにいくと店員は首を振ってこう言った。
「レニーさんがフリジットさんの分払って帰りましたよ」
外に出たフリジットは空を見上げた。
星々が煌めいて、空を踊っているようだった。
今度、お礼にレニーに奢ってやらねば。
フリジットはくすりと笑みを零しながらそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます