冒険者とキノコ

 カジュウキノコという洞窟にしか生えないキノコがある。

 白い柄に、こんがり焼いたパイのような模様と薄い茶褐色の傘を持つ。傘の部分が特に美味で、砂糖でじっくり煮詰めるとアップルパイのような濃厚な甘みが楽しめる。


 ルベの洞窟に、これを取りに来たのである。

 生のままだと異様な臭いとほろ苦さがあり、それを好む奇特な人間こそいるが、魔物や動物は基本好まない。


 ラフィエはレニーの背中を眺めながらルベの洞窟を突き進む。


「あの、どうしてキノコ狩りに」

「酒場のほうで新メニューの模索中なんだってさ。できた試作品を食べれるらしい。そういうの好きなんだよねー」

「試作品が?」

「食べたことないものはだいたい食べてみたいね。ゲテモノでも何でも」


 そんなレニーの言葉がラフィエには意外に思えた。


 あまり冒険するような人に見えなかったからだ。無論冒険者という職業である以上旅や仕事を好んでやっているのはわかるが、それでも他の冒険者に感じられるような熱を、レニーにはあまり感じられなかった。


 そんなレニーに好奇心というものがあるのが意外だった。


「レニーさんにも好きとかあるんだ」


 そのせいか、ラフィエはいつの間にか、そんなことを口にしまっていた。


「そりゃあるさ。ないと冒険者やってられないね」

「そう、だね」


 普通、家の仕事を受け継ぐだろう。その中でも冒険者になる、ということはそれなりの理由や夢あってのことだ。


「レニーさんってなんで冒険者になったの」

「流れ」


 短く、具体性のない言葉で返される。


「冒険者に拾われてね。生きる術を叩き込まれて流れで冒険者になった。憧れもあったのかな」


 昔を懐かしむような優しい声音でレニーが告げる。

 冒険者に拾われた、ということは親はいないのだろうか。あまり踏み込んでいい話題ではないような気がした。


「その冒険者さんは今どうしてるの」

「知らないなぁ。なにせ行き場所も言わずにいなくなったからね。高齢だったし引退したのは間違いないんだけど」

「へぇ、どんな人だった」


 レニーに生き方を教えたということは師匠であるということだ。レニーを育てた人物のことが気になった。


「達観してる人だったなぁ。教わったのは、戦い方と生き方だったね。戦い方は軽い剣術と魔力の扱い、あとはマジックバレットだけ教わった。それ以外は全部生き方だったね」

「レニーさんがマジックバレット使ってるのもそのおかげだったりする?」

「まぁね。あの人ほど卓越した剣術使えないから今は魔弾頼りかな」


 レニーとラフィエはそこで足を止める。走る音がバタバタとこちらに近づいてきたからだ。

 ラフィエはサーベルに手をかけ、レニーもカットラスを引き抜く。

 ぽっかり空いた洞窟の暗闇から声が響いてきた。


「助けてくれ!」


 四人ほどのパーティーが走ってきた。


 その後ろを巨大な蛇に前足が生えたような魔物が追ってきていた。ホライニュートと呼ばれる魔物だ。刺激しなければ温厚のはずだが、尻尾でも踏んだか。


 トパーズより下のパール級冒険者で対応可能のはずだが、パーティーの方はパニックで戦うという選択肢が抜けているようだった。


 閃光が走ったかと思うとレニーが魔弾を撃っていた。


 ホライニュートは顎を撃たれて怯むと標的をレニーに変える。


 四人の冒険者はラフィエの後ろまで来ると立ち止まった。


「キミらコイツの尻尾踏んだでしょ」


 レニーの言葉にバツの悪そうな顔でひとりが頷く。


「まぁ初心者がよくやるね。オレもやったことある」


 巨大な口を開けてレニーを丸呑みにしようとするホライニュート。その目の間に、また魔弾を叩き込む。


「帰りな」


 ホライニュートとレニーが睨み合う。

 ラフィエはサーベルに手をかけたまま、様子を見守った。


 ホライニュートはしばらく威嚇していたが、やがて背を向けると洞窟の奥に帰っていった。


「はぁ」

「助かったぁ」

「あの、ありがとう」

「ありがとう!」


 冒険者たちが口々に言う。ラフィエは何もしていないので答える義理はない。

 レニーはカットラスを納刀しながら振り返る。


「次は気をつけなね」

「きみたち、依頼は?」


 ラフィエの質問に、ひとりが答える。


「達成して帰るところだったんだ。途中で俺が尻尾踏んじゃって」

「帰るまでが依頼だから、気を抜かないように」


 レニーはからかうように言った。

 四人の冒険者は何度も頷く。


「さ、帰った帰った。またホライニュートの尻尾を踏まないようにね」


 パーティー全員が頭を下げると洞窟の出入り口に向かって歩き始めた。


「さてオレらも行くか」


 レニーが洞窟の奥を指差す。ラフィエは頷いた。


 再び歩き出す。


「あ、そういえば」


 しばらくしてレニーは思い出したかのように呟いた。

 そしてラフィエに顔を向ける。


「キミ、これからどうしたいの」

「これからって」

「このままロゼアに残るか、仲間のとこに戻るか。ほらまだ先の話だけどさ。カットルビーになれれば戻れるわけでしょ」


 言われて足を止めた。

 レニーも歩みをやめる。


「……カットルビー、なれるかな」

「なれると思うよ。このままスキルが伸びれば。元々他のメンバーがカットルビーになれるくらいだったんだから、同じパーティーにいたキミならなれるでしょ」


 ラフィエの評価がレニーの中で高いことは素直に嬉しかった。ただ、それを素直に喜べない自分がいた。


「……戻るのは怖い、かな」


 元パーティーメンバーのほうが長く過ごしてきたし、苦楽を共にしてきた。だからこそ、パーティーにいられなくなって、戻れるくらい強くなったとしても以前のように仲間と接することができるかわからなかった。


「今のほうが居心地がいいからかな」

「……キミはなんで冒険者になったんだい」

「仲の良い友達がいたんだ。親が冒険者だったらしくて、冒険者にあこがれてていろんな話を聞かせてくれた。それが眩しくて、憧れで……私もなりたいと思ったんだ。最初はその子とのペアでそれから……」


 ずっと一緒に駆け上がれるとばかり思っていた。不意にそんな想いが蘇る。

 そうしていつの間にか視界が歪んでポロポロと涙が溢れだしていた。


「ご、ごめんなさい。いつも泣いてばかりで……依頼中なのに」

「……構わないよ」


 レニーは優しい声で返すと、ラフィエが落ち着くまで待ってくれた。


 しばらくして、落ち着いた後。


 レニーとラフィエは見つけたカジュウキノコを採取し始めた。


 一か所に大量になっているわけではないので少しずつ採取していく。


「レニーさんってどうしてそんなに優しいんですか」

「優しい? オレが?」


 レニーは意外そうな声で返した。その間も採取する手は止まらない。


「私のこと助けてくれたし、今だってほら、一緒に依頼やってくれてる」

「断る理由がないだけさ。あと目的もない」


 レニーは立ち上がる。ラフィエが採取を終えたタイミングで別のエリアへ歩き出した。


「目的があればそこを目指そうとする。それに急ぐ」


 言われてパーティーメンバーを思い出す。左腕を右手で握りしめた。


「オレは家がほしいけど急ぎじゃないし、貯金さえできればそれで叶う。順調に貯金できてるし」

「家ほしいんだ」

「ほしいよ? でも冒険者じゃなくたって叶えられるものだ。魔物討伐にこだわる必要もないし、昇級に躍起になる必要もない」


 焦るものも必要もない。レニーはそう言いたいようだった。


「余裕があるって言うとおかしいけどね。似たようなものさ。暇ならいくらでも付き合えるだろ?」

「そうかも、しれないけど。親しくないと難しいと思うんだ。そこまでするの」

「難しくないさ。何せオレだいたいのことに興味があるからね。だいたいのことはやるさ」

「私のことも?」

「気になるよ」

「……そっか」


 きっとレニーは誰でも気にしてくれているのだろう。

 ラフィエとよく依頼を受けるパール級パーティ、戦士のライや射手のテッラ、魔法使いのマール。受付嬢のフリジットに、ルビーの冒険者たち……皆同じくらい気にしてくれている。無論、仲の良さに差はあるだろうが。


 あぁ、何だか安心だな。

 そう、ラフィエは思った。


「さて。ラフィエさんはどれくらい採取した?」

「十五くらいかな」

「オレ十八。依頼は三十だから帰ろうか」


 ラフィエは静かに頷いた。


 その日、カジュウキノコでつくられたケーキをロゼアで食べた。

 舌が蕩けるほど甘かった。

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