冒険者と宣言

 座り込む。

 大量の汗が流れて、呼吸が乱れる。


 勝った。


 勝てた。


 今までにない充足感と安堵で、ラフィエは思わず笑みを浮かべてしまう。

 やれたんだ。自分だけの力じゃないけど。


 後ろでドサリと倒れる音がした。


「レニーさん!」


 慌てて振り返る。

 傷だらけのレニーだが、意識はあるようで気の抜けた顔をしていた。


「……死んだかと思った」


 レニーは目を瞑って深く息を吐く。


「ありがとう」


 心の底から礼を言われる。しかしラフィエはそれどころではなかった。


「そ、それより傷は!?」

「へーきへーき。傷は左腕以外、結構浅いから。少し休めばどうにかなるさ」


 今度こそ安心した。


「キミは平気かい」

「うん。無傷だよ、レニーさんのおかげ」

「そりゃ良かった」


 ラフィエもレニーもしばらくたちあがれそうになかった。


 血の臭いがするが、死闘の果てだ。仕方ないだろう。


「いやーもうホント、動けないや」

「私も」


 お互いに笑う。

 生きてることが今までで一番うれしく感じられた。


「やっぱカットルビー行けるよキミ」

「そう、かな」

「そうさ」


 空を見上げる。満天の星が煌めいていた。


「レニーさん」

「なんだい」

「私ね、もっと強くなりたい」


 空に手を伸ばして掴む。いつかそこに届くように、と祈りを込めて。


 ラフィエの瞳はいつかのように輝いていた。




  ○●○●




「ラフィエさんから聞いたんだけどまた無理したんだってぇ……!」

「あだだだ! もげるっ、腕もげる!」


 レニーは支援課の受付でフリジットに関節技をかけられていた。左腕は包帯が巻かれている。なので右腕を後ろにねじりあげられていた。


「約束はどこいったのよ約束はーっ!」

「ほ、ほら前より軽傷だし」

「ラフィエさんいなかったら死んでたかもしれないんでしょーがっ!」

「いたたたたっ! ごめんっ、悪かった! 悪かったから離して!」


 必死に首を振る。

 右腕が解放されて、腕を振る。ビリビリと腕全体に痛みがあった。


 下手なモンスターシラハ鳥より断然怖い。


 首を左右に傾けてコキコキ鳴らされる。


「全く、レニーくんは」


 腰に手を当てて、フリジットは胸を張る。

 

 シラハ鳥は強化個体として難易度が見直され、ルビー級の依頼の報酬が支払われた。


「無茶しないでね。次は首やるから」

「……ハイ」


 こっちも好き好んで死にかけてるわけじゃないんだけどなぁ。

 言い返したら追加攻撃を食らいそうなので黙っておく。


「ところでレニーくん、ラフィエさんから聞いた?」

「何を」

「ラフィエさんのこれからのこと」


 レニーは記憶を辿るが全く思い当たる節がなかった。


 依頼をこなしたあの日からあまり話をしていない。ただ忙しそうにしていたのは傍からみてもわかった。


「じゃ、レニーくんはこれからかな。見かけたらちゃんと話しかけなね」

「わ、わかった」


 レニーは強く頷く。




  ○●○●




「相席、いいかな」


 レニーがいつものようにシーフードパスタを食べていると声をかけられた。視線を上げるとラフィエがいる。


「ぜひ」

「良かった」


 ラフィエは明るく笑うと向かい側に座った。


「今日はね、報告に来たの」

「報告?」

「私、修行の旅に出ることにしたの」


 顔の前で両手を握りしめて、ラフィエが宣言する。

 旅に出るということはロゼアからいなくなるということだ。

 レニーはじっくりその意味を噛み締めて、理解する。


「……そうかい、がんばって」


 レニーは微笑みを浮かべた。


「辛くなったら戻ってきなよ。いつでも歓迎するからさ」

「うん。今こうしていられるのも、強くなろうと思えたのもレニーさんのおかげ。だからいつか恩を返しに来るよ」

「命を助けられただけで十分さ」


 恩を売るというつもりは毛頭ない。適切な報酬を受け取ったし、命を救われた。

 であれば、特段受け取るべきものはない。


「あの特殊なシラハ鳥。私がいたら倒せなかったと思うんだ」

「いやキミいないとオレここにいないんだけど」

「そうじゃなくて」


 ラフィエは首を振る。後ろで結んでいる髪がつられて揺れた。


「最初から連携取ってたらあの一撃当てられなかっただろうし、レニーさんがシラハ鳥の体力を削ってなかったら私やられてたと思う」


 実際レニーはその判断をして逃げろと言った。

 敵が最初から二人いる状況と一人の状況から加勢が入るのとでは、同じ二人でも戦況が変わってくる。


 レニーがシラハ鳥を釘付けにしたからこそ普段出せない威力の抜刀攻撃を叩き込めたし、それで翼をもいだからこそバランス感覚を失ったシラハ鳥を仕留められた。


 それでもその威力を出せるというのは間違いなくラフィエの実力だし、状況を即座に読み取って討伐をなし得たのもラフィエだ。


 最初から二人いれば警戒される。戻ってくる意図を見せれば、同様だ。


 逃げたラフィエが帰ってきたからこそ不意打ちは成功した。要はあのシラハ鳥クソモンス、ラフィエを完全にナメていたのだ。


「東の方に剣術の盛んな場所があるらしいんだ。そこに行って技を磨いてくる。それで絶対強くなる」


 強い意志がそこにはあった。

 このギルドに来たばかりの頃は完全に自信をなくしていた。態度にもどこかしら遠慮があって、何か疎外感のようなものを感じているようだった。


 しかし今はそれがない。シラハ鳥のことで何か吹っ切れたのだろう。


 一晩考え込んだ言葉もあまり意味はないらしい。


「ラフィエさん」


 言わなくてもいいが、まぁ、言っておくか。


「未練があるうちはやったほうがいい。どれだけ怖くても、どれだけ先が悪い結果になるとしても」


 だってそれが冒険者という職業なんだから。


「だから仲間に一度でいい。あいにいってほしい。ラフィエさん自身の後悔にならないように。オレはパーティーメンバーいないし、ラフィエさんの気持ちはわからない。だからこれはオレの単純なお願いだ」


 ラフィエは一度目を見開く。それから口の端があがって、瞳を濡らした。


「……うん、絶対そうする」


 ギルド所属としてはギルドに留めるような言葉が適切だったのかもしれないが、本人のことを考えると送り出してやりたかった。

 たぶんフリジットも同じだ。


「出発はいつ」

「一週間後」

「何か食べたいものとかあるかい」


 ラフィエは頬を赤らめると、両手を擦りあわせた。


「この間のカジュウキノコのケーキ、もう一回食べたいな」

「わかった」


 キノコ狩り決定だな。

 こうして、レニーの次の予定ができた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る