冒険者と歌

『あーあー聞こえますかー?』


 聞いたことのある声がロゼアに響き渡る。おそらくロゼアだけではない。

 城下町、城全体だ。


『聞こえていますね? はじめまして皆様。セイレーン楽団のティカ・レイディと申します』


 魔法で町全体に声を届けているのだろう。外もウチもざわつくのがわかった。


『本日はサティナスの大事な年大祭の場に我ら楽団をお招き頂き、誠にありがとうございます』


 酒場の、特に女性が目を輝かせるのがわかる。


「いい声だなぁ」

「歌姫っていうからには可愛いんだろうなぁ」


 男の呟きもちらほら聞こえる。


「歌楽しみだね」

「あの歌姫のものだもんね。初めて聞くからワクワクする」


 女性陣は歌を楽しみにしているようだった。


 レニーはというと、接客を仕草だけで始め、なるべく音を立てないように気をつけ始めた。


『これからセイレーン楽団による歌と演奏をお届けさせていただきます。どうか心ゆくまで味わっていただければ幸いです。では、あいさつもほどほどに曲の方を始めさせていただきます』


 その言葉の数秒後に演奏が始まる。歌にも演奏にもそれに特化したスキルがある。冒険者ではおそらく一生手に入らないような珍しいスキルも多いだろう。

 それと無論であるが本人の技量と重なり合わせ、ここにいる全員に音を届け、心に響かせる。


 最初は水滴の落ちるような静かな打楽器や笛の音が響き渡る。


 そこへ少しずつティカの歌声がのせられた。同じ人物とは信じられないほどの美しく繊細な声であった。


 最初ということもあってか、静かな始まりではあった。ただ段々と音が重ねられていき、声のボリュームが上がり、テンポを上げていく。


 美しく繊細だった歌声が力強くなっていき、胸を打つ。


 セイレーンは歌声で人を魅了し、海に引きずり込む。

 伝承の話であって魔物のセイレーンは歌で人と誤認させて誘い込んで襲ってくるのだが。


 人を魅了するほどの、伝承に伝わる歌というのはティカのような歌声のことを言うのだろう。


 そう思わせるほどに、筆舌に尽くしがたい歌と音色であったのだ。

 騒いでいた男どもも黙り込み、女性はうっとりしている。


 レニーは後ろ髪を引かれる思いで、それでも仕事を再開した。


 時が止まったような空間が少しずつ動き始める。それでも音を立てないように静かに。言葉は最低限に。


 全ては歌に聞き入る為に、聞き入らせる為に。


 一通りオーダーされたメニューを配り終わった後、フリジットが静かに近づいてきて、小声で話しかけてきた。


「休憩、しようか」


 無言で頷く。

 仕事の道具を片付け、休憩していた他の受付嬢と交代する。そして女装のまま、フリジットと共に外に出た。


 外の静寂は、ロゼア以上だった。


「レニーくんは寄りたいとことかある?」

「ない、かな」


 大勢が天を見上げるように歌に聴き入っていた。


「ここで一緒に歌聞いてない?」

「そうだね、そうしたい」


 噴水の前でふたりで並ぶ。

 休憩は一時間ほどだ。無言で隣を見る。


 心地よさそうに歌声を聞いているフリジットの姿がそこにあった。

 月に照らされて銀髪がキラキラと煌めいている。


 不意にフリジットがこちらを見てきた。視線が合うとクスリと、フリジットが笑った。


「オフの顔って感じ」

「休憩中だからね」

「乙女なリジーちゃんもいいと思うけど」

「勘弁してくれ」


 額に手を当てる。手の甲には髪留めの重みが伝わってきた。


「来年はしないから」

「さぁどうでしょう」


 フリジットは頬に人差し指を当ててとぼけてみせた。その様子にため息を吐く。


 美しい歌声をバックに、小声で会話を続ける。


「何だか最初のとき思い出すね」

「オレは女装趣味なんてないけど」

「恋人のフリのこと」


 少しだけ体の間隔が縮まる。


「ありがと」

「何が」

「いろいろと。改めて、思ったから」


 フリジットが空を見上げる。


「歌のおかげかな」

「歌の、ねぇ」


 何か心を動かすものがあったのだろうか。

 レニーでさえこのまま歌を聞いていたいと思ってしまうほどだ。何かしら思うところがあったのだろう。


「もっと意識してみよっかなー」

「何を」

「秘密」


 唇に手を当てて、片目を瞑る。

 レニーは追及まではしなかった。フリジットも、レニーがそうしてこないから秘密と言ったのだろう。


 互いに空を見上げ、煌めく星々を眺め、歌に酔う。


 年大祭はそれこそ星のように瞬く間に過ぎていった。

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