冒険者とデート

 数日に分けて練習を続け、女装での対応も慣れてきた。

 正直言うと慣れたくないのだが。


 恥ずかしさは消えないものも、着替えも対応もスムーズになってきた。なりたくないのだが。


 そして、飾り付けを手伝ったり、依頼をこなしたりして日常を過ごし、年大祭の日がやってきた。


 ギルドの掲示板には「ダミー依頼区画」が設けられた。目玉の高難易度依頼など夢を魅せるような依頼が掲示板に貼ってある。ドラゴン討伐や巨人討伐、秘宝の捜索などおとぎ話に出てくるような依頼ばかりだ。


 無論受けられるわけはなく、条件も厳しめに設定されており、もし条件をクリアできるような冒険者であればダミーの依頼で受けられないことがわかるような意匠が施されている。


 よくできてるなぁ、と掲示板を見ながら思う。


「おまたせ」


 鈴のような声で名前を呼ばれる。振り返るとルミナがいた。いつもの冒険者の格好ではなく、受付嬢の姿だ。


 レニーはいつもの冒険者の格好でいる。


「待ってないよ、掲示板見てたし」


 ルミナは並べられたダミーを訝しげに見る。


「普段仕事してるから、変な依頼ばっかりに見える」

「一般人が雰囲気を味わえればいいのさ。子どもとか」


 子どもはやはりおとぎ話や英雄譚に憧れるものだ。親子連れの子どもに、未来の冒険者がいるかもしれない。


 雰囲気は大事だ。例え幻想に終わるものだとしても夢を見ることは悪いことではない。憧れを魅せることは大事だろう。


「ルミナも憧れとかあっただろう?」


 ルミナは首を振った。


「昔過ぎて忘れた」


 エルフだからだろうか。人間と比べて子どものころの過ごし方が違ったりするのかもしれない。


「レニーは?」


 レニーは顎に手を当てて、考え込む。


「うーん、憧れはあったかな。うん」


 盗賊退治やドラゴン退治後の金銀財宝に。


 レニーは苦笑いを浮かべる。


「ひねくれて今はこんなんだけどね」


 レニーの夢は英雄だとか大魔法使いだとかではない。家を買うことだ。

 飾りたいものを飾って、のんびり余生を過ごすための、家。


 まぁ、今は冒険者をやれていればそれでいい。貯金して余生をゆっくり過ごせればいいのだ。今急ぎで考えることでもない。


「レニーは今のままがいい」


 身を寄せて、ルミナが断言する。


「ありがと。さて行こうか」


 レニーの胸にも、ルミナの胸にも、首から下げられたタグプレートがあった。

 そこには「冒険者ギルド兼酒場ロゼア」の文字が書かれている。


 祭りを楽しむついでに宣伝をするのだ。胸元のタグプレートを目に留めてもらうだけでも宣伝にはなるため、祭りを純粋に楽しめばいい。


 今は昼頃。酒場で仕事をするのは夕方あたりからだ。

 数時間ほど祭りを楽しむ時間はある。

 レニーはひとりで適当にぶらつこうと思っていたがルミナに誘われてふたりでまわることになった。


 冒険者と受付嬢セットで宣伝したほうが良いだろう。まぁ実際は冒険者同士なのだが。


 フリジットとまわれば正真正銘冒険者と受付嬢のセットだが、元冒険者であることを考えるとあまり変わらない気がする。何にしても祭りで大事なのは見た目だ。


 冒険者風の男と受付嬢風の美女、十分宣伝になる。


 ロゼアには女性人気のデザートもあるし、他の露店で購入したものをギルド内で食べることもできる。提携店だけだが。


 外部から来た人たちにも存在を知らしめれば良いのだ。


 レニーとルミナはふたりでロゼアを出る。噴水の周り、つまり広場にも多くの屋台が並んでいた。


 見知った顔もあれば知らない顔も無論ある。


 いつもと違う賑わい、飾り付けの豪華さに圧倒される。


「レニー、ボクとで良かった?」

「まわる相手かい」


 不安げにルミナが頷く。


「気楽でいいよ、依頼のときみたいでさ」

「良かった」

「そもそも嫌なら断る性格だってわかってるだろ?」


 ルミナは顔をのぞき込んでくる。


「そうでもない」

「なんで」

「そうでもないから」


 子どものように頬を膨らませて、ルミナは歩き始めた。レニーもそれについていく。


「飲み物と食べ物買って適当にぶらつこうか」

「うん」


 レニーの提案を首肯し、隣に移動する。


「レニー、これって」


 ルミナは言いかけて固まる。

 やがて諦めたように息を吐くと、首を振った。


「やっぱり何でもない」

「なんだい、気になるじゃないか」

「気にしないで……」


 ほんのり頬を赤らめてルミナは俯く。あまり追及されたくないのか、顔を少しそらされた。


「わかった」

「レニーのそういうとこ、楽で良い」


 ボソリと呟かれる。


「ま、とりあえずまわろうか」

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