冒険者と女装での仕事

 酒場にて。

 フリジットから接客の説明を受けたレニーは、ヒクついた笑顔を貼り付ける。


 手を上げた冒険者の元へ行き、随分前にやったことのある、女性の演技を思い出しながら歩み寄った。


「いらっしゃいませ。ご注文はいかが致しましょうか」

「あれ? 見かけたことない受付嬢だね」


 冒険者のひとりが言い出す。


「可愛いね、君。普段何してる子?」


 パーティーのうち別の男が笑みを浮かべる。


「ギルド職員と言っても役割は色々あるので……」


 普段関わっていない、新参の冒険者たちだ。気づかれない。バレない。


 そう自分に言い聞かせながら、接客をする。


「それよりご注文の方お願いします」

「あぁごめんごめん新鮮でさぁ」


 男しかいないそのパーティーは明らかに鼻の下が伸びていた。


 レニーは笑顔を貼り付けたまま応対する。注文を記憶し、厨房へ報告する。


 そしてできた食事や酒をトレーに乗せて客の方に運んでいった。


「おまたせしましたー」


 テーブルに適当に食事を置いていき、最後に注文した伝票を置く。


「失礼します、どうぞごゆっくり」


 一礼してから戻る。そして別の注文を受けに行く。この繰り返しだった。

 繰り返しているとルミナがやってきた。普段の冒険者の格好ではなく、レニーと同じく、受付嬢の制服を身に纏っている。本物の受付嬢と言われても信じられるくらい似合っていた。

 小柄な体型に赤いリボンが可愛らしく映えているし、ロングスカートもルミナの性格や落ち着いた動きに似合っている。

 少し、見惚れてしまうほどだった。


「どう、レニー?」

「似合ってる。凄く」


 ふんす、と。拳を握りしめるルミナ。どうやら嬉しかったらしい。


「ちょっとー店員さーん」


 呼ばれて笑顔でそちらに目を向ける。しかしその笑顔がすぐに凍り付いた。


「げ」


 メリースとノアだったからだ。

 目線は明らかにレニーを向いている。受付嬢が店員をしていることもあって冒険者がこぞって来ていた。どの店員も他の客の対応中だ。


「ルミナ、行ける?」

「これからやり方教わりに行くところ」

「詰んだ」


 ……行くか。

 意を決して、レニーはふたりの元へ歩いて行った。そして、いかにも顔見知りではないですよーと雰囲気をつくりながら、笑顔で応対を始める。


「ご注文お決まりでしょうかー?」

「えっとね……あれ」


 メリースが怪訝そうな顔でこちらの顔を覗き込む。

 ヒヤリとした。


「アンタどこかであったことない?」

「ただのギルド職員なのでどこかで見かけたのでは」

「いやもっと身近なような……名前は?」

「……リジーです」


 咄嗟に偽名をでっちあげる。


「へえ、だいぶ雰囲気違うね」


 ノアが関心したように呟く。

 ……もしかして、バレてる?


「何がですか」

「他の店員さんと」


 ニコニコしながらノアが意味深げに言う。


 ……バレてない?


「ギルド職員や冒険者も混じってますから。ほら、ルビー級冒険者のルミナ様だって手伝ってくださってますし。カットルビー級のレニー様も厨房で手伝ってくださってます」

「ふーんあいつが厨房ね。ルミナは愛想良ければ完璧でしょうけど」

「ははは」

「ギルド所属の冒険者も大変だね」


 ノアがレニーを見ながら言う。


「とりあえず注文頂けますか?」

「そうねー」


 メリースは引っかかっただけで気にしなかったようで注文を済ませる。二人分の注文だった為、それを厨房に伝えた。


 遠目でノアの方を見ると唇の前で人差し指を立て片目を閉じてくる。


 ……かんっぜんに、バレてるじゃん!?


 レニーは笑みを貼り付けながら顔を手であおいだ。


 はずい。


 レニーは仕事の合間にフリーになったフリジットの袖を掴んだ。


「ちょっと」

「え?」


 身を寄せて周りに聞こえないように小声で話す。


「ノアにバレたんだけど」

「そりゃ、バレる人にはバレるというか」

「オレがそういう趣味とか思われないよね?」

「ノアさんだから大丈夫でしょ。というか胸張れるくらいなれてくださーい」


 フリジットはレニーの耳に手を当ててきて優しく囁いてきた。


「ね? リジーちゃん」


 楽しげにフリジットが離れて仕事に戻る。


 さっきの会話聞いてたんかい。


「ねぇレニー」


 小声で話しかけられる。

 ルミナだった。目を若干細めていて緊張している様子が伺える。


「ボク、がんばる」

「え、うん」

「だから一緒にがんばろ」

「そう、だね」

「それじゃあ、リジーちゃん。よろしく、ね」


 普段のルミナとは思えない上機嫌で仕事に移っていく。


 いや、キミも聞いてたんかい。


 レニーは心の中で突っ込んだ。

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