冒険者と女装
護衛依頼は何の危険もなく終えた。野宿はメリースの結界で魔物除けをしたし、ルビー冒険者三人にカットルビー冒険者一人のところに突っ込もうとうする野盗はいないだろう。
ましてやレニーの賊狩りの異名は奴らの活発さを弱らせる働きをしてくれる。今でもちょくちょく野盗討伐には出かけているし、賞金首まで捕らえているから、大っぴらに動こうものならレニーが討伐しにいく。
この異名を広めたギルドも、それを狙っての噂の流布をしていたし、その効力はロゼアでも変わらないようだった。
とにかく道中は安全で互いに旅の話を聞かせたり聞いたりするくらいで楽なものだった。
何の感慨もなく、楽団を城に送り出し、レニーたちはロゼアに戻った。
そして、数日が経ったのだが……レニーは眉をひそめて男性更衣室の前で突っ立っていた。
ギルドの更衣室など使ったことがない。当然ギルド職員用であり、冒険者はそもそも長期にしろ短期にしろ、契約している宿で着替えたりするものだからだ。
従ってフリジットにカウンターの内側から通路を案内されて更衣室までたどり着いたのだが、フリジットが着替えてと持ってきた服が問題だった。更衣室のドアノブにハンガーにかけられた状態にある服だ。
「これ着ろって?」
白を基調としたセーラー服に、胸元の赤いリボン、それにロングスカートのデザイン。それはぱっと見、ワンピースにも見える。
見慣れているデザインだ。
毎日のように見ている。受付嬢の制服だ。
「着方は教えてあげるし、試着するだけだから。簡易仕様じゃないから着やすいだろうし」
「いやそういう問題じゃなくて女装なんて聞いてないんだけど」
「だってレニーくん似合うと思うし。ほら女の子に見られるときもあるでしょ? 中性的な顔してるし」
眉がひくつく。後ろに一歩下がって両手を前に出した。
「だからって受付嬢の服は……」
冒険者仲間の笑い話にされるだけだ。からかわれるに決まっている。
「ヘアピン使って、髪型変えたら割と気づかれないよ。女の人は気づくかもだけど」
というか、とフリジットは続ける。
「当日は全員受付嬢の服で接客するんだよ、酒場の店員さんもねー」
「男性店員は?」
「宣伝したり、裏方」
「いやオレもそれでいいじゃん」
ずいっと迫られる。
フリジットではなく、なぜかついてきたルミナのほうだった。
「ボク、レニーに接客してもらいたい」
純粋に目を輝かせてルミナが言ってくる。
「いやキミも手伝いでしょ」
「休憩時間、行ける」
「……面白がってる?」
首を振る。
「楽しみ」
フリジットが意地の悪い笑みを浮かべながらルミナの方に手をのせる。
「ほらルミナさんもこう言ってるよ? 需要あるって」
「キミは完全に面白がってるでしょ」
フリジットは咳払いをして、目を閉じた。右の人差し指を立ててやや声を低める。
「詳しいことはわからないから指示に従うよ」
両手を後ろにまわし、開いた瞳の、片目を閉じた。
「って言ってきたのはレニーくんでしょ?」
「え、何オレ真似されたの」
「ちょっと似てる」
「えっへん」
胸を張るフリジットに、ルミナが強く頷く。
「それは動きの話であって服装じゃ」
「レニー」
服の袖を持ってルミナの透き通った青い瞳が上目遣いで見てくる。
「ダメ?」
ダメだった。
「とりあえず、試着だけね」
冷や汗まみれのレニーの返答に、ルミナは子犬のように何度も頷いた。
意を決して男性更衣室に入って、数分後。
レニーの脳内はある言葉でいっぱいだった。
――恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい恥ずかしい!
着なれた冒険者用に調整された布製の服。魔物の素材を使ってつくられた動きやすさを重視したデザインとズボンタイプのものから一変、男からすれば全く縁のないであろうロングスカート、中は短いパンツズボンを履いているのでそれほど違和感が強いわけではないが、それでもスカートと足に大きな隙間があるというのが羞恥心を煽る。
上着も胸元にやや余裕がある。
感覚がキツイ。
見せるの? これを?
確かに女装は初めてではない。それでも女性用のローブを着たりと、盗賊団に女と勘違いさせる程度だ。フードで顔はある程度隠せるし、しぐさや立ち振る舞いで女性と誤解させて、声も高めに出して油断させる。等級の低い時によく使っていた手だ。油断を誘えるし、捕まっている人間がいれば助け出せる。
こんなにも女性的な服装は初めてだった。
「やっぱやめない?」
レニーが扉越しに二人に声をかけてみる。
「やめませんっ!」
フリジットが間髪入れずに扉を開き、受付嬢の制服を着たレニーが晒された。
「なっ、キミッ!」
「はいはい、こっち来て」
フリジットに手を握られて廊下に引き出される。マジックポーチから何かの容器を出される。
「ルミナさんちょっと持ってもらって」
「うん」
ルミナが円形の容器受け取り、フタを開ける。フリジットが軽く容器に指を入れて取る。
クリームのようだった。
「な、何それ」
「ミルクのワックスクリーム」
クリームをさらりと取ると、手になじませてからレニーの髪につけていく。
その後にヘアピンを右の前髪に着けられる。
かぁっと、顔が熱くなるのを感じた。逆に体は冷えていく。
こんな女装が、誰の得になるんだろうか。
「それじゃ、接客の練習しに行こうか」
「試着だけって話じゃなかったの!」
「練習日限られてるんだから問題ない時に練習するべきでしょ? 接客」
いやだ。
全力で抵抗したい。が、抵抗したところで最終的にはフリジットにアイアンクローでも決められて連れていかれるのがオチになるだろう。
カットルビーの等級は高いはずなのだが、生憎目の前のふたりはレニーより実力が上だ。
それに、ルミナの期待に満ちた視線が痛かった。
「可愛いよ、レニーくん?」
囁かれてレニーは顔を真っ赤にする。
頭の中で「仕事だから」と必死に言い聞かせるしか、今の羞恥心をごまかす方法はなかった。
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