冒険者と護衛

 燦々と照りつける太陽の下。

 レニーの眼前には馬車が並んでいた。名も知らぬ冒険者から引継ぎの依頼資料を受け取り、流し読みする。


 川を中心とし、点々と家が建てられている村の外、馬小屋の近くで、レニーの手元にある資料をメリースやルミナ、ノアが覗き込んでいる。メリースは本来背伸びが必要だったが彼女の背丈に合わせて資料を持つ手の高さを調整していた。


「セイレーン楽団の護衛、ねぇ」


 メリースがぽつりと呟く。その声には憧れが含まれているようなうっとりとしたものだった。

 荷馬車に幌馬車ほろばしゃ数台。

 セイレーン楽団。言うまでもなく、サティナスで行われる年大祭で招かれた楽団である。


 そして今回はセイレーン楽団指名の依頼だ。


「ワイルドハントを討伐した名声と、賊狩りの異名を利用して野盗に圧をかけることが目的……良かったじゃんレニー」


 ノアに肩を叩かれる。


「初めまして」


 青年らしい低さを持った、それでいて響かせる声がレニーたちにかかる。顔を向けると、一団の中から二人、レニーたちに歩み寄ってきていた。

 片方は青年だった。くせ毛の銀髪で物腰柔らかな印象だった。一般的な布性の服にマント、バッグと旅装束を整えている。


「ロゼアの冒険者の方々。この度は依頼を受けていただきありがとうございます!」


 明るく手を差し出してくる青年。ひとまず向けられていたレニーがそれに応じる。


「わたしはセイレーン楽団で楽団長をしております。ベェン・ベイトです」

「どうもご丁寧に。カットルビー級、ソロ冒険者レニー・ユーアーンです。こちらが」


 視線をノア、メリース、ルミナに向ける。


「ノア・グルーエです、ルビーのペア冒険者ツインバスターの片割れです」

「メリース・ガーキンスですっ! ツインバスターですっ!」

「ルミナ、ルビーのソロ冒険者、です」


 メリースの輝いた瞳がベェンの隣に向けられている。


「みなさま、この度はまことにありがとうございます。わたくし、ティカ・レイディと申します」


 スカートを軽くつまみあげ、丁寧にお辞儀をしてくる少女。

 黄赤色の髪に、同じ色のまんまるとした瞳。唇は薄い桃色で、かなり整った小顔をしている。可愛らしく、保護欲をそそられる小柄な姿はまさに歌姫といったところだろうか。

 全員で頭を下げる。


「今回の依頼は資料にもございますように、皆様の名声を利用させて頂いた野盗への牽制と護衛になります。楽員の命ほど重要なものはないですが荷物の中には高価な楽器もございます。ツインバスターのお二方とレニーさんには楽員の護衛に、ルミナさんには荷馬車の護衛をお願いしたいです」


 皆一様に互いの顔を見合わせ、異論がないか確認のため頷く。


「承知しました」


 ノアがそう答えると、ベェンは笑みを浮かべて手で楽団へ向ける。


「ではご案内します。ようこそ我が楽団へ」




○●○●




 護衛依頼は無論であるが、全く襲撃などされず安全なこともあれば、魔物に襲われたり、野盗に狙われるなんて自体が起これば対処する必要がある。


 先導している楽員の乗った馬車にはツインバスターズがいる。後方の荷馬車の護衛はルミナだ。


 レニーはベェンとティカたちがいる楽員の中でも重要な人物が集まっているような幌馬車ほろばしゃの中にいた。

 楽員たちは皆、一様に雑談をしたり、それぞれの時間を楽しんでいる。


「レニーさんはどんな依頼が印象に残ってるんですか」


 ティカが好奇心に目を輝かせながらレニーに聞いてくるので、最近の依頼や出来事の話を適当にしていた。


 それをベェンやティカはもちろん、雑談をしていた楽員も耳を傾け始め、興味深そうに質問をしてくる。


 暇つぶしがてら受け答えをしながらレニーはベェンに質問をした。


「ところでどうしてオレがここの護衛に? 戦力的にはツインバスターズの方が良さそうですけど。なんならルミナでも」


 レニーの問いにベェンは首を振った。


「確かに戦いだけで考えれば他のお三方の方が頼もしいでしょう。しかし、護衛の目的は敵を倒すことではなく、大事な人や荷物を守ること。それは逃走も考えなければなりません」


 一呼吸おいて、ベェンは続ける。


「大事な楽器であればルミナさんの怪力で運んだりできるでしょう。先導している楽員たちの命はツインバスターズの方々で守れる。ただ、ここの、特にと行ってしまいますがティカの命が万一危ない状況になったとき、逃走するのに最適なのはあなただと判断しました」


 ベェンの言説には舌を巻くしかなかった。

 メリースがティカのファンの様子だったのでせっかくなら一緒にいられたらと思ったのだが、人員配置を完全に考えてのこの配置であれば異論はない。


 戦闘になればツインバスターズやルミナが頼りになる。敵を引き付けるにはツインバスターズが活躍するし、楽器ごと逃走するのであればルミナが手早く行えるだろう。スキルを生かせば馬車より早いはずだ。ティカが敵から逃げる際にはレニーの紛れ込みのスキルや、見極めのスキルによって逃走をより確実に行うことができる。


 ベェンは最悪の事態を想定している。判断力が求められるリーダーとしての素質が十分にあるようだった。


 ただ名声だけを当てにして指名の依頼を出してきたわけではない。ロールの特徴を考えている。朗らかな表情には似合わないと思える冷静さだった。


「しかしあなたは珍しいですね」

「何がです」

「普通、ティカの護衛をできると知った冒険者は喜ぶんですよ」


 視線をティカに向ける。

 太陽の笑顔が返ってきた。女性の容姿だけで考えれば絶世の美女と表現しても過言ではない。


「あなたは結構無感情というかあまり興味がなさそうに見える」

「仕事なので」


 フリジットやルミナを見慣れているし、親しさを感じる事もある二人と違って完全に赤の他人だ。今のところ魅力を感じたり、惹かれるようなものはない。


 歌姫の呼ばれ方に相応しい容姿は、素晴らしい絵画を目にしたときのような感動はあるものの、それ以上の情はわかない。仕事は仕事。

 親しくなろうと積極的には思わない。関係性というのは自然が一番だ。


「音楽が好きということは?」

「嫌いではないですが、好きでもないですね」

「ティカが燃えるタイプですね」

「燃える?」

「わたくし、歌で人を感動させられることが一番楽しみなんです。なので、あなたが歌の素晴らしさを全身で感じられるよう、がんばりますね」


 胸の前で拳を握りしめるティカ。


「なんというかレニーさんは歌に無頓着な気がします。なので、その認識をひっくり返したらきっとわたくし、とっても胸が躍ります」


 屈託のない自信に満ちた表情でティカが言う。胸を弾ませて、イベントを待つ子どものようだった。


「楽しみにしてますよ、お姫様」


 レニーは軽く笑って返した。

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