祭りの話

冒険者と祭りの話

 年大祭。

 サティナスには年に一度大きな祭りが催される。


 城の者たちが主催し、時には客人を招いての催しもある。 


 ギルドロゼアも受付スペースごと酒場の場所を増やし、受付嬢も店員にして飲食店として経営される。


 冒険者としての仕事は受注できるし、緊急性の高いものであればなおさらやらなければならないが……


「仕事の負担が大きすぎる!」


 レニーは延々と垂れ流される愚痴を聞きながら、フリジットを眺めた。オッドアイの目を見開き、勢いに任せてエールを飲む姿は受付嬢の姿しか知らない者からすれば想像もできないだろう。

 ここも、ロゼアとは別の酒場だ。フリジットも私服であるし、完全にオフの姿だ。


 祭りの準備とリハーサルも兼ねて既に、ギルド内は使えるスペースをすべて飲食のスペースにしており、並ぶ冒険者が戸惑うくらいであった。


 掲示板にデカデカと年大祭についてとギルドの催しについて説明の書かれた紙を張り出されている。


 年大祭の噂や例年を知ってか商人の護衛依頼も増えている。こちらに来るまでの護衛だ。


 別のギルドから商人とともにやってくる冒険者もいる。ついでに祭りを楽しんでから帰ろうとする冒険者も少なくない。


 レニーはというと商人の護衛依頼やら食材や薬草類など、おそらく祭りで使われるであろうものの採集依頼を中心に行っていた。


「レニーくんも店員やって!」

「ルミナは? ウケ絶対いいでしょ」

「む、そうだけど。いやビラ配りとかしてもらうしルミナさんも手伝ってくれるの! ギルド所属でしょ、助けて! ローテーションできるだけでも違うのぉー!」


 駄々をこねるように拳を上下させながらフリジットが要求してくる。


「いや、冒険者態度染み付いてるから店員向いてないよ」

「いいの、手際悪くても食事運べばいいんだから。あと厄介な客きたときの保険」

「報酬は」


 フリジットは満面の笑みになった。


「カットグラファイト級の依頼くらいかな」


 小遣い稼ぎ程度だった。わざわざカットルビー級が時間を拘束されてまでやる仕事ではない。


 採集依頼を受けてる方がマシまである。

 安い宿代込みでその日の生活が確保されて少し余るくらいだ。


「赤字覚悟の酒場の売り上げ次第な報酬となっておりまーす」


 レニーを呼んで不満をぶちまけるあたりストレス溜まっているのだろう。私服であるし休日のはずだ。


「お祭りでメニューもちょっと増えるし契約した露店の食事場提供の場になるしー、立地完璧だから繁盛しない方がおかしいよねぇー! だから多分大丈夫」

「ぶっちゃけるねー」


 話半分のつもりで聞き流す。

 レニーは静かに野菜ミルクを飲んだ。


「おいしいの、それ?」

「ちょっとドロっとしてるかな。意外といけるよ」


 訝しげなフリジットにレニーは気にせず答える。

 奇抜なくらいな食べ物や飲み物は一度口にしてみたいタチだった。

 色は緑色と白が混ざっていて濁った水のようだったが、材料を考えると飲むのを躊躇うものではない。


 こういう一見美味しくなさそうなものに手を出すのも冒険だと思っている。

 明らかに不味そうなものには手を出さないときもあるが。


「ま、ギルド所属だしなぁ」

「よし! じゃあ明日契約書やろうそうしよう」

「テンション高いねやけに」

「宣伝読んだ?」


 この街の至るところに設置された掲示板や記事売りで街の内情を知ることができる。レニーは使っている宿の近くにある掲示板をちらりと読む程度で詳細には覚えていなかった。


「今年はなんと、歌姫が来るんだよ。知ってる?」

「ちょっとだけ知ってる」


 ティカ・レイディ。

 姫というのはあだ名で吟遊詩人だ。詩曲を歌うこともあればただ一人で聖歌や讃美歌をすることもあるという。


 教会や様々な町、貴族に招かれたり、王国に呼ばれたりして旅をしながら歌だけで稼いでいる。


 リュートと呼ばれる楽器を演奏しながら歌うのが吟遊詩人のイメージだが、彼女は歌だけだ。


 ……と噂で聞いた程度で詳細には知らない。


 なぜ知っているのかと言えば吟遊詩人となれば名前の上がる人間だからというだけだ。


「所属してるセイレーン楽団の人たちの演奏や歌の実力も凄いんだけど、ティカさんの歌声は本当に凄いんだから! 笛の演奏もとっても綺麗なんだよ」

「聴いたことあるの?」

「冒険者時代にね!」


 楽しげに語るフリジットの話を聞きながらレニーは心の中できっと自分には関係のないことだと思った。


 歌は聴けるだろうが間近で聴くつもりははないし、人が多く集まるだろう。

 浮足立った集団の中に混じるのは正直面倒くささが勝つ。


「ティカさんのスキルと音響魔法で街全体で曲も聞けるし、きっと大迫力だよ」


 今から楽しみだなーと、フリジットはウキウキしていた。

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