取材の話
冒険者と記者
苦笑いを浮かべながら、フリジットは支援課の受付で立っていた。
その姿をレニーは見慣れている。主にギルドの職員や冒険者の人員不足について、だ。最近、ワイルドハントを退けたということでギルドに来る冒険者が増えたのでその悩みも解消されつつあり、最近は見られなくなっていたのだ。
だが、眉尻をピクピクと痙攣させながら苦笑いしている。
原因はレニーの隣にあった。
髪の長い女性だった。動きやすくも清潔感のある白いシャツにズボンといった格好でショルダーバッグを斜めがけにしていて、胸のラインが強調されている。
営業特有の印象のいい笑顔を貼り付けながら、彼女は元気よく声を出した。
「誰かお願いできますかね?」
「えっと、タダというのはちょっと」
遠慮気味に断るフリジットの視線。それがレニーに向く。助けて、と視線が訴えていた。
手招きされて呼び出された身だ。状況がわかってない。
「隣の方冒険者ですよね、彼とか駄目ですか」
両手でレニーを指し示される。
面倒事じゃないよな、と思いつつ、女性視線を向ける。
「タダは無茶かと」
「話が見えないんだけど」
レニーが困惑しているところに、女性がこちらにピシリと体を向け、頭を下げてきた。
「はじめまして。記者のポスト・トウカンです」
「記者?」
「街の掲示板とかに情報を掲示したり、本を出したりしています」
「はぁん」
両手を組んでポストが続ける。
「今回は冒険者の方の本を作成する予定でして、実態を取材させてほしいのです」
「へぇ、で報酬は」
「ないです」
「は?」
「ないんです、予算が」
きっぱりと答えたポストに、レニーの思考が固まる。ギギギと擬音がしそうなぎこちなさでフリジットを見て、本気か? と心で訴えかける。
フリジットは頷いた。
「命をかける冒険者の仕事、ぜひ世の中に広めたくててですね、企画は通したんですが全員に報酬を用意できるほどの予算がなくてですね、ちょっとの時間取材できればいいのでいくらか時間を頂きたいと」
ニコニコ笑顔が急に胡散臭く見えてきた。
「本にしたいんですが、その出版できるかも怪しくてですね、いいネタあれば提供して頂きたいんです」
「報酬ないと冒険者は動かないよ。というかリスク高すぎるでしょ」
個人情報を本にされるというわけだ。
「契約書もありますので」
バッグから数枚の紙が取り出される。
「全部契約書?」
「はい」
「依頼書はギルド職員ができるだけ簡略化してくれてるんだ。トパーズ以上なら問題ないだろうけどトパーズ未満はまず簡略化された依頼書しか読んでないから、契約書を理解しきれないね」
ほうほう、と。
ポストは頷く。
「フリジット、これ依頼成立しないでしょ」
言外に突っぱねて、と思いを込める。
タダ働きなんて論外だ。
「ギルド側の認可と本にされる内容の検閲代諸々と依頼に付き添いたいってことで別途に護衛依頼もされてて……でポスト様が用意できるお金がほぼなくなったの。冒険者の了承が得られるのならタダでも問題はないんですが……」
フリジットの視線がポストに向く。
「本ってお金かかるんだね」
「そうなんです」
「ギルドの信用に関わるし、こっちも神経使うんですからね」
こんな依頼主の相手をしなきゃならないなんて受付嬢は大変だ。
そんな感想をレニーは持った。
「ところでお二人は受付嬢と冒険者、と言う割には親しげですね」
「親しいですからね」
胸を張るフリジットに、レニーの頭に疑問が浮かぶ。
「親しいの?」
「え、私だけ? 親しいつもりでいたの」
「気にしたことない」
「えぇ」
レニーの答えにフリジットは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「そういうとこあるよねレニーくん」
「気にしても疲れるだけだし」
「親しいんです! いい?」
ビシっと人差し指を立ててフリジットが断言する。
「フリジットが言ってくれるなら嬉しいくらいだけど」
ポストが強く頷く。
「恋人だったりします?」
「今のやり取りでそう思うのならもっと会話内容把握したほうがいいと思うよ」
「ソウデスネ」
レニーの即答に、フリジットが不満げに同意する。
「とりあえず、レニーさんに依頼についていかせてもらうというのは、どうです。護衛依頼になりますので報酬つきますし」
「レニーくんが受けようとしてた依頼ってある?」
「薬草採取」
そういって腰のホルスターを叩く。中身はなかった。
定期的なメンテナンス中だ。
「へぇ冒険者にお詳しそうなのに駆け出しなんですね」
「ポスト様、彼カットルビーです」
「……失礼しました。てっきり等級の高い方は魔物討伐ばかりかと」
頭を下げられる。
「いいよ、覇気も威厳もないし」
ポストはぱっと顔を上げる。
「それで……薬草採取ついでに護衛依頼のほう、受けて頂けないでしょうか?」
「ギルド所属だし、まぁ難易度低い依頼だから構わないよ」
取材ではなく護衛依頼を受ける形であれば報酬は出る。受けても問題ないだろう。
面倒くさいけどね、と。レニーはため息を吐いた。
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