冒険者と質問攻め

 リブの森林の少し深く潜ると、滋養強壮に良い薬草が生えている。

 それを採取するのがレニーの依頼だった。


「ほら」

「ありがとうございます」


 木の根や土でできた斜面を登りながらレニーは後ろに手を伸ばす。ポストの細い腕を掴んで引き上げた。大きな坂ではないものの、躓きやすい足場をしている。

 冒険者ではないポストには慣れない場所であろう。護衛任務を引き受けてしまったので、気を付けなければならない。


 道中は餌を探すゴブリンや泉や川に釣られる子スライムなどモンスターもいるが、刺激をしなければ戦闘になることはない。


「それでソロ冒険者のことなんですけど」


 ボードに挟んだ紙に、メモを取りつつも、ポストはスラスラとレニーに質問を続けていた。冒険者そのものの性質や仕組みについて冒険者自身がどれくらい理解しているかや、どんな依頼をうけているか等、質問の内容は多岐に渡っていた。レニーはそれに答えつつ、道なき道を進んでいた。


「酒場で相席をするのが少なくないとか」

「そうだね、まだパーティーを組めていない人とか、依頼内容によって適切なロールの人が必要だから、誘われることもあればお願いすることもある」


 リブの森林は調査を終えたばかりの場所なので最深部でも行かない限りは危険性は少ない。それに、レニーは周囲を探知できる魔法とスキルを備えていたため、不穏な空気を感じたら探知の魔法を使えばいい。


 そうやって野盗の根城を襲撃したこともあるし、邪教徒集団相手に奇襲したこともある。


「レニーさんはパーティーを組まないんですか」

「他のパーティーと合同か、こういう軽い依頼であればソロの方が多いね」

「何か特別な理由があるとか」


 レニーは立ち止まる。

 目的の薬草が生えている泉のそばまでたどり着いたからだ。木の影からモンスターがいないことを確認しつつ、少しずつ泉に近づく。


「ないよ」


 マジックサックの中から薬草の写生を取り出し、探す。

 薬草は基本的に草の部分を刈り取るだけだ。茎の中の成長点と呼ばれる部位を刈り取ったり、根から引き抜いて土壌に影響を与えたりすることはなるべく避けるように説明を受ける。


 写生にある注意書きにもどこが成長点か、採取の仕方の解説が軽くのっている。その指示に従って、正しく刈り取ることでギルドで高額で買い取ってもらえるのだ。逆に根ごとや成長点まで刈り取ってしまっていると値段が下がってしまう植物もある。


 環境を破壊することが冒険者の仕事ではないからだ。

 環境を守り、乱れを正す。同時に人々の悩みを解決していくというのが、採集依頼で主に求められる要素だ。


 その説明をしながら薬草を刈り取っていく。

 数が少なすぎても、多すぎても依頼としては減点対象だ。駆け出しの冒険者がこれで散々苦労する。


「ソロ冒険者であることに誇りを持っていたり、とか」

「誇りではないね。実力も圧倒的ってわけじゃない。ただ、その方が気軽なだけさ。人と深く関わるのが苦手でね」


 薬草を必要数、ナイフで刈り取って採取用の皮袋に入れていく。


「フリジットさんとは仲良さげだったじゃないですか」

「パーティーっていうのは親密な関係を続けなきゃいけないんだ。今は良いけど続けられるかはパーティーメンバー次第。仲が悪くて解散することもあるし、逆に特定の人物だけ親しくなりすぎてもパーティーは長続きしない」

「なるほど」


 メモを続けているポスト。その朱色の瞳には好奇心に満ちていた。


「ところで冒険者の取材なんてどうしてしようと思ったの」

「英雄に憧れてなる者も多いですが、多くが夢に破れる職業でもあります。命がけの仕事であるからこそ、荒くれものも多い。怖いとか、近寄りがたい人が冒険者になっているイメージがあります」


 頼れる仕事ということはそれだけ悦に浸る人間も多い。態度の悪い冒険者もいないわけではない。ロゼアでは比較的少ない方ではあるが、ガラの悪い傭兵の延長線のような認識の人もいる。


「わたしは昔、村を冒険者に救われたことがありましてですね。グラップボーアってわかります?」

「大型のイノシシの魔物だっけ」


 牙が発達しており、気性が荒い。畑を荒らすので獣害扱いされるモンスターの一匹だ。


「襲われたことがありまして。そのとき助けてもらったんです、討伐依頼を受けた冒険者の方に」

「冒険者に憧れはしなかったんだ」


 そういう経験で冒険者に憧れてなる人間も多い。誰しもが自分の中の理想の英雄像があって、その姿を追って冒険者として強くなっていく者もいる。

 憧れるもの、目標は当然ながら多種多様、十人十色だ。


「わたしにはハードルが高すぎたというか、こうやっていろんな人の話を聞いて、記事にする方が好きだったんです。ですけど、冒険者のイメージを少しでも明確化できたらなと、企画をさせていただきました」


 レニーは目標数の薬草を手に入れると立ち上がる。

 そして、右を見た。泉の先に、木槌を構えたゴブリンがいた。ゴブリン・ロガーという。ソルジャーほどではないが、筋力が発達しており、成人男性の半分より少し高い背丈はある。力自慢だからか斧やハンマーを持つことが多い。


 レニーはナイフをマジックサックに収納する。後ろにいるポストをかばうようにゴブリン・ロガーとの間に立った。


 昼ということもあり、影が薄い。木漏れ日が濃い影を形成するのを妨害していた。杖はメンテナンス中で手元にない。


 ゴブリン・ロガーは叫び声を上げながら木槌を構えて突っ込んでくる。大方、食料を見つけたとでも思ったのだろう。

 レニーは屈むと自分の影に手を置く。


 散々探索したリブの森林だ。

 武器なしで潜り込んだときの対処くらいできる。


「カットレンジ」


 足に魔力を集中させながら発動した瞬間加速の魔法と共に、己の影から剣を引き抜いた。身を屈めて己の影を濃くし、それによって武器を生成したのだ。


 影を武器に変える、身に纏うことも自由自在。影さえあれば利便性と強力さでは随一のスキル、「影の女王に捧ぐ」の能力の一部でつくった武器だ。


 振りかぶるゴブリン・ロガーとレニー。

 カットレンジに、幻影と加速効果のあるシャドーステップを上乗せする。


 一瞬でゴブリン・ロガーの後ろに回り込む。空振りしたゴブリン・ロガーは右足をぐらつかせながら何度も踏み止まろうとした。


 レニーはそのうなじに影の剣を振るう。


 その一撃でゴブリン・ロガーを葬った。影の剣は影の濃度と込めた魔力が薄かったために、すぐに自然消滅し、影が霧散した。


 レニーはポストに目を向けて言った。


「魔物討伐を間近で見られたし、万々歳でしょ。戻るよ」


 その声かけにポストは息を呑みながらも頷いた。

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