冒険者とそれぞれの夜

 リンカーズと依頼に出た。

 馬車を二日ほど走らせて、岩山の麓にある村で世話になった。食事処兼宿で部屋を借りる。

 ロミィは別の個室で、レニーとストーシャ、リーは同室となった。

 二つずつ並べられたベッドのある空間で、ベッドをイス代わりにしながら、リーが深く息を吐く。


「いやぁ、往復疲れるねぇ」

「全くだ」


 レニーは黙ったまま、というか眠る準備をさっさと済ませていた。夕食は一階の食事処で済ませたし、明日岩山を登ってダイノドラゴを倒しに行くのなら十分体を休めていたほうが良いだろう。


「なぁ前から聞きたかったんだけど」


 リーが好奇心たっぷりの表情で話しかけてくる。


「フリジットちゃんとルミナちゃん、どっち狙いなん?」

「おやすみー」


 レニーはベッドに横になる。


「いや無視かい」

「狙いとか意味がわからないし」

「女性で言うところの恋バナというやつだよ。どっちが好みなのかな」


 ストーシャもリーもまだ眠るつもりはないようでベッドに腰かけたままだった。


「どっちねぇ。どっちもないけど」


 至極どうでもいい。

 どちらも美人であるし、フリジットはスレンダーで、ルミナはやや小柄で、スタイルはいい。確かに、お近づきになりたい男は腐るほどいるだろう。


「仲いいじゃないか」

「何、キミらロミィさんのことそういう目で見てるわけ」

「姫さん」

「姫様だな」


 二人が即答し、笑い合う。


「守りたい存在であるのは確かだな」

「ワイはあわよくばとは思ってるがな」

「それは下心だ」

「可愛い子は可愛がりたくなるものじゃん」


 ロクに恋愛感情を抱いてなさそうだった。とりあえずリンカーズは仲が良いのはわかる。


「ルミナさんとは依頼をこなしているし、フリジットさんとは一度恋人のフリまでしたじゃないか。何かしらあるだろう、って思わない方がおかしくないか?」

「仕事仲間でしかないよ、仕事仲間」

「ワイがレニーだったら両方狙うけどなぁ、もったいない」

「キミの辞書に二兎を追う者は一兎をも得ずって言葉がないのと、見境ないのはわかった」

「いやぁちゃんと見るよ性格もさ?」


 軽いノリで話しているだけで本気なわけではないのだろう。リーはずっと何も考えず話しているように思える。

 ある意味、話をし続けている人間というのは楽だ。こちらが話題を考える必要もなければ、適当に受け答えすればいい。重要な会話でないからこそ深く洞察する必要もなく、相手を知る機会にもなる。

 以前、探索で手伝いを頼まれたときも、リーは話をして、少しロミィに鬱陶しがられていた気がする。いつもの、といった感じで嫌悪感の混ざったものではなかった。


「明日はリーも戦うんだろ」

「おうよ、利き腕は使えるし、囮ぐらいの仕事はせんとな」

「なら休むことだね」


 レニーは二人に背を向けて目を閉じた。




○●○●




 四角く区切られた部屋。そこには四人の受付嬢がテーブルを囲っていた。 


「それじゃあカンパーイ!」


 受付嬢たちがグラスをぶつけ合う。

 フリジットは受付嬢だけで飲みをやっていた。最近は冒険者とギルド職員合同で飲み会をやることもあったが、受付嬢だけで飲むのは久しぶりだった。

 小部屋で分けられているようなロゼアとは別の酒場に来ている。部屋代も含めてわりと高いのだが、羽目を外すにはぴったりだった。


 もう何を食べてもいいし、何を飲んでもいい。

 各々が好きなものを頼んで好きなように食事を楽しんでいた。


 隣にいたセリアはジョッキを掴み上げると喉を鳴らしながら飲みだす。


「かぁー! もうこの瞬間のために生きてるって感じ」


 セリアが左右に束ねた髪を揺らしながら、たまらないといった表情で酒を飲み干す。すでにおかわりは用意されていた。


「セリア先輩相変わらず早いですねぇ」


 若干引きながら、真正面の受付嬢が笑う。白いカチューシャをつけていて、赤髪が短く切りそろえられている。くりっとした瞳と童顔が可愛らしい小動物を思わせた。


「ディソーもどんどん飲みなさいよー」

「あはは、ほどほどにしときます」


 苦笑いを浮かべながら正面のディソーは両手でグラスを持って酒を飲んだ。レモンの果汁で割られた酒で、塩が混ぜられている。以前勢いよく飲んで気分を悪くしたことがあったディソーはチビチビと少しずつ飲んでいた。


「フリジット先輩」


 ディソーの隣で静かに飲んでいた受付嬢がフリジットに声をかける。肩までのびた深緑の髪に、やや雲った瞳。大人しめな雰囲気の彼女は、真っすぐフリジットを見てこう尋ねた。


「レニーさんとどこまでいったんです」

「どこまで?」


 首を傾げる。


「決まってるじゃない。キスとかその先とか、いろいろよいろいろ」


 肘で肩をつつきながらセリアがからかうように言ってくる。


「ドゥーカさん、私とレニーくんはもうそういう関係じゃないし、アレもフリだし」

「でも、仲良さそうですよね」


 ディソーが目を輝かせながら話に乗ってくる。


「うーん。仕事だからかなぁ」

「にしては距離近いと思うわよ」

「そう、かな」


 三人に頷かれる。

 あまり自覚はないが、恋人のフリをしていた期間が楽しかっただろうか。少しあのときのようなやりとりをすることも何度かあった。


「レッドロードにやられたときなんか、もう乙女って感じだったでしょ」

「知り合いが死にかけたら誰だってそうでしょ」


 思い出して、胸が締め付けられる。

 かつてのパーティーメンバーでも、むろんここの受付嬢でも同じように死にかければ同じように心配するし、怒りを抱いたり、悲しんだりすると思う。


「みんなもいるんじゃないの。冒険者でそういう人」

「……ユーグリスさん良い人でしたから。死んだときは悲しかったですね」


 俯きがちにドゥーカが答える。レッドロードの犠牲者だった。


「でも昼休み全抜けするほど心配できる人って中々いないわねー」

「確かにないですね」


 セリアの言葉に、ディソーが頷いた。


「生きてるなら万々歳ってところもありますからね」


 ドゥーカはフォークを肉に差し、上品に食べる。

 冒険者は死と隣り合わせの仕事だ。多種多様な魔物退治や野盗相手、護衛、採取が困難なものを手に入れる為に危険な場所に足を踏み入れたりと、フリジット自身もよく経験した。

 怪我が原因で引退する者もいれば、当然死ぬ事も珍しい事ではない。いくら下調べをしても、どれほどサポートをしても現場での仕事は現場でしかどうにかできないからだ。


 危険性を把握し、難易度を設定する。これが精一杯だ。


「だから、ひとりにご執心って滅多にないわよフリジット」


 横目でセリアが言う。


「冒険者やってたのもあるのかな。仲間に近い認識だよ? ほら、ギルド所属だし、支援課手伝ってくれてるし」


 サラダを頬張る。


「冒険者ですかぁ。フリジットさんってカットサファイアですよね。めちゃくちゃ強いじゃないですか、恋人とかいなかったんです?」

「うーん、冒険者やるので精一杯だったかなぁ」


 パーティーは歳の差もある実力重視のパーティーであったり、仕事以外ではプライベート優先だった。仲が良いは良い。メンバーは今もギルドの運営側として仕事しているか、提携している仕事についている。ギルマスは元パーティーリーダーだし、鑑定士であるガーイェはパーティーメンバーではないものの、冒険者時代の知り合いだった。


「みんなはどういう男の人が好みなの」

「見た目」


 隣でセリアが即答した。

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