冒険者と三秒

 一点突破というのは言うほど簡単ではない。レプリカント・ドラゴンゾンビなんて出されようものならトパーズ級の冒険者十人以上は必要であるし、目の前にいるデュラハンも最低でも二人はいる。


 討伐ではなく足止めで、だ。


 全てはルビーの冒険者がリッチを倒すまで、である。それさえどうにかできれば、上空にある黒雲が晴れて、アンデットは消えていく。


 リッチという指揮官が軍隊のような形に固めているからこそワイルドハントは脅威なのであって指揮官さえ倒せば崩壊していくのだ。


 周りのアンデットはほぼいない。皆、リッチを守る為にメリースが戦っている場に向かっているか、斬り刻まれているレプリカント・ドラゴンゾンビのパーツになるべく向かっているのだ。

 間にいるレニーの障害はデュラハンのみ。


 レニーはずっと、左手で杖を持ちながらデュラハンの攻撃を避けていた。馬に乗ろうものなら脚から撃ち抜いて落としてやろうと思ったのだが、それを不利だと理解しているのか、デュラハンは降りた状態で大剣を振り回していた。

 避ける。ひたすらに避ける。


 カットラスで受けられないからだ。

 大剣を振るう度に地面がえぐれ、土が飛ぶ。レニーはただひたすらデュラハンの動きを観察し続ける。

 以前戦ったブオグという盗賊の頭より明らかに力が強い。まともに打ち合えない。デュラハンは生粋の戦士系アンデットだ。レニーのロールでは近接戦闘を挑むことが無謀。


 アンデットはだいたい火や雷といった熱を伴う属性を苦手としている。


 前衛向けのロールがデュラハンを抑え込み、魔法系のロールが中位の弱点属性の魔法を何度か叩き込んでやっと倒れる相手だ。

 杖が改良され、威力が向上したとはいえ、マジックバレットやカースバレットは短期で決着をつけられない。火力面ではエンチャントカートリッジを使う必要がある。


 カートリッジを切り替える手順はこうだ。

 ストッパーを親指で押して外し、右側にシリンダーを出す。中心部の円筒状のカートリッジを外し、ベルトにある別のカートリッジに入れ替える。さらにシリンダーを元に戻し、ストッパーをかける。


 レニーがトパーズのころは、エンチャントサーキットと呼ばれる部分だった。今のシリンダーからではなく、持ち手の底面を外し、中身を入れ替える形式だ。


 仕方がないとはいえ、レニーはどちらの作業も手間に感じていた。わざわざ属性を変えるより、魔弾を数発、連射したほうが敵を倒すときには手っ取り早いからだ。

 ただ、その認識を改めたのはレッドロードとの戦いだった。マジックバレットでもカースバレットでもただ撃つだけでは火力が足りなかった。


 火力を出すためのエンチャントカートリッジ。しかし火力を出すには時間がかかる。


 ぼんやりと、遠くでの激闘を見つめる。

 レニーの最大火力なんて笑ってしまうほどの大出力の魔法のぶつけ合いがされていた。無論、メリースとリッチのものだ。そこへ向かって光が走っている。アンデットを薙ぎ払いながらノアが加勢へ向かっているのだ。


「おっと」


 よそ見をしていたら頬を大剣の刃がかすめた。赤い線が頬にできる。

 浅いが、集中力を切らしてはいけない。


 振り切った剣に魔弾を当てる。

 一撃を防ぐためではない。空振りを悪化させるためだ。

 数秒の隙。

 レニーはストッパーを押し、シリンダーを右側に出す。


 一。


 カートリッジを素早く抜き差しし、入れ替える。


 二。


 シリンダーを戻し、ストッパーをかける。


 三秒。


 そして魔力射出によって一気に魔力を流し込む。

 ここで大剣が右から迫る。レニーは後ろに跳びながら杖のシャフトをデュラハンに向けた。狙いを定めて、魔弾を放つ。


 雷属性を纏った魔弾がデュラハンの大剣と衝突する。

 三発叩き込む。

 魔力を十分に込めた一撃ではないので、以前メイルヘッジ・リザードスを一撃で葬ったような強力なものではない。

 それでもデュラハンの動きが鈍くなる。

 感電、しているのだ。


 鎧相手にはレニーの剣技など通じない。関節の隙間を狙ったところでデュラハンの中身は空っぽだ。ルミナやノアのように鎧を無視して斬り刻めるようなスキルも武器も技術もない。今回、カットラスを使うという選択肢は元よりなかった。


 レニーは今度は火属性のカートリッジを装填する。

 三秒。

 カートリッジの切り替えにかかる時間の最速がこれだ。

 レッドロードとの戦いでは切り替えるのにネガティブバインドで拘束しなければ不可能だった。あのときはかなりの賭けだった。属性の切り替えの速度を上げなければ死ぬ、そう学習して、研鑽を重ねての最速三秒。


 苦し紛れに振るった大剣を飛び越えて、レニーは杖を、鎧の本来首のある襟口の空洞部分に向ける。デュラハンには頭がない。狙うならそこだった。


 二発。


 衝撃に体が浮く。鎧が破裂するように凄まじい金属音と共にバラバラになった。


「よっと」


 着地を済ませて後ろに振り返る。デュラハンの弱点は鎧の中だ。見た目は空洞だが、デュラハンを構成しているのは鎧の中身である。


 鎧の襟口から攻撃を叩き込む。


 これがデュラハンの攻略法だ。デュラハン自体は強いゆえに襟口を狙うことさえ難しい。だからこそ、トパーズ以上の連携の取れたパーティーでないと難しい。


 レニーはメリースの戦っている方向を見る。


 戦いはまだ続いているようだった。

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